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第四話 王都次代編
4ー48 ぼくの望んでいたことは
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ルーが次代と判明した後は、慌ただしかった。
魔力暴走を抑えるため、ルーはセツの保護下に入り、次代としての修業をはじめなくてはならない。
だからといって、無理矢理親子を引き離し、ルーを連れ去るわけにはいかなかった。
ルーにもきちんと状況を教えなければならないし、保護者であるエヴァの承諾も得なければならない。
カイから事前説明があったとは言え、やはりマスターであるセツからの説明は欠かせなかった。ロワメールもこの国の王子として、頭を下げなればならない。
国の安寧のために娘を差し出せと言うのだ。
何時間でも何日かかっても、親子が納得できるまで、丁寧に説明しなければならなかった。
しかし、ここで問題が生じる。説明には日にちを要する。だが、魔力暴走を抑えるためにルーはセツの近くにいる必要があった。だが、いくら王子と魔法使いとは言え、未亡人と幼い娘の屋敷に泊まるのは憚られる。
カイは当然の如くその問題を見越して、キイ領主アルブル侯爵邸への滞在を取り計らっていた。
ビョオビョオと湿り気を帯びた風が鳴り、天気の崩れが予想され、顔色の悪いエヴァを気にしながら急ぎ侯爵邸に向かう。
エヴァが倒れたのは、アルブル侯爵邸に到着してすぐだった。
移動の疲れかこれまでの疲労か、はたまた今回の件での心労か。エヴァはずっと、体調が悪そうだった。
すぐに客室に運んだが、折から雨が降り出し、医者の手配は見送られる。
セツからの説明も回復を待ってから、ということになり、エヴァ本人もただの疲労と言い張るので、休ませて様子を見ることとなった。
「侯爵夫人、ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」
側に付き添うカサンドル夫人に、エヴァは半身を起こし頭を下げる。
「謝罪は必要ありません。セール伯爵を亡くしてから、大変だったでしょう」
カサンドルはエヴァを寝かせてから、優しく労った。
「ルーは……」
「大丈夫。ぼくが責任を持って預かるから、心配しないで」
エヴァの容態を見に来たロワメールが請け負う。
「殿下のお手まで煩わせるなど、なんとお詫び申し上げればいいか……」
「困った時はお互い様」
恐縮するエヴァにロワメールは当然のように返答する。しかし王子という立場では、その理屈は無理があった。
「……えーと、民が困っているのに知らんぷりする王族になんて、ぼくはなりたくないし、それに体調の悪い人が目の前にいるのに、助けないなんて人としてどうなの、って話だよ」
頬を指で掻きながら、言葉を探す。
「うちの側近筆頭は、休息は効率化に必要って言うし、侍従長は休むのも仕事のうちって言ってる。だから、夫人もしっかり休んで」
スマートではない。けれど、ロワメールの気遣いはしっかりとエヴァに届いた。
夫人のキツい目元が、柔らかくほころぶ。
「わたくしも主人も、このキイの貴族は身内、みんな家族と思っています。だから、安心なさい」
「……ありがとうございます」
ダイトから嫁いで間もないエヴァは、社交辞令として慎ましく侯爵夫人の好意に礼を述べる。
「わたくしも、キイの生まれではありません。ですが、キイにお嫁に来た以上、キイの貴族です。わたくしも貴女もね」
カサンドルはエヴァの内心を見透かし、堂々と言ってのけた。キイの貴族として胸を張ればいいのだと、教え諭す。
「ゆっくりお休みなさい」
そしてエヴァの手を取り、娘を見守る母のように微笑んだ。
エヴァの部屋を後にし、ロワメールはカイとリアム、ヒューイを連れ、廊下を歩いた。現在ルーは、セツが面倒を見ている。
リアムが気遣わしげに見上げる王子の表情は、晴れやかとは言い難かった。
ロワメールの心を占めるのは、セツのことである。
次代が見つかれば、セツは喜んでくれると思っていた。
やっと自由になれるのだから。
三百年の孤独から解放され、やっと自分自身の人生を歩めるのだから、と。
(でも、セツは、ぼくの想像とは違って)
安堵の声は漏らしたけれど。
それだけだった。
ずっと、ずっと、次代が生まれるのを、待ち望んでいたはずなのに。
ギルドの文献を調べたところ、歴代のマスターはだいたい百年から、長くても二百年の間に一人は生まれていた。
セツのように、三百年も次代が生まれなかったことはない。
セツはどんな思いで、三百年もの間、たった一人で生きてきたのだろう。
オジ師匠亡き後、氷室での冷凍睡眠を繰り返し、裏切り者を殺す日々。
『冷酷無慈悲な魔法使い殺し』と、守っているはずの魔法使いに恐れられて。
それでも魔主から人々を守るために、マスターはなくてはならない存在だった。
(マスターは贄だ)
皇八島の人間は、最強の魔法使いという守護者がいるからこそ、安寧を得ている。
いつ訪れともしれない魔主の進攻におびえず、暮らしていける。
決してそれは、当たり前ではない。
マスターの犠牲の上に成り立っている。
だが、ほとんど国民はそれを知らなかった。
ぼくは、自分の浅はかさが恥ずかしい。
次代が見つかれば、セツは救われると思っていた。次代を犠牲にすることに考えが及ばなかった。
そんな簡単な話じゃないのに。
マスターの重責を、あんな幼い子に押し付けるのだ。
セツの自由と引き換えに、ルーは死ぬことを許されなくなる。
だが、現実問題として、魔力暴走を起こしているルーを放置はできないし、未来永劫、セツにマスターとしての役目を押し付けることもできない。
セツの重責のひとつでも取り除く。
そのためなら、どんなことでもするつもりだった。
権力が必要なら、それを持つ王子にだってなってやろうと思った。
(でも)
本当に、これでいいのだろうか……?
(ルーにマスターの重責を背負わせて、セツを自由にして、ぼくは本当にそれでいいの?)
(ぼくの望んでいたことは、こういうこと……?)
二色の瞳が、川面に浮かぶ木の葉のように頼りなく揺らぐ。
(ぼくは、どうしたらいいんだろう……)
どうするのが、正解なんだろう。
ロワメールに、答えは出なかった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー49 嵐の前夜 は、2/18(水)21時頃に投稿を予定しています。
魔力暴走を抑えるため、ルーはセツの保護下に入り、次代としての修業をはじめなくてはならない。
だからといって、無理矢理親子を引き離し、ルーを連れ去るわけにはいかなかった。
ルーにもきちんと状況を教えなければならないし、保護者であるエヴァの承諾も得なければならない。
カイから事前説明があったとは言え、やはりマスターであるセツからの説明は欠かせなかった。ロワメールもこの国の王子として、頭を下げなればならない。
国の安寧のために娘を差し出せと言うのだ。
何時間でも何日かかっても、親子が納得できるまで、丁寧に説明しなければならなかった。
しかし、ここで問題が生じる。説明には日にちを要する。だが、魔力暴走を抑えるためにルーはセツの近くにいる必要があった。だが、いくら王子と魔法使いとは言え、未亡人と幼い娘の屋敷に泊まるのは憚られる。
カイは当然の如くその問題を見越して、キイ領主アルブル侯爵邸への滞在を取り計らっていた。
ビョオビョオと湿り気を帯びた風が鳴り、天気の崩れが予想され、顔色の悪いエヴァを気にしながら急ぎ侯爵邸に向かう。
エヴァが倒れたのは、アルブル侯爵邸に到着してすぐだった。
移動の疲れかこれまでの疲労か、はたまた今回の件での心労か。エヴァはずっと、体調が悪そうだった。
すぐに客室に運んだが、折から雨が降り出し、医者の手配は見送られる。
セツからの説明も回復を待ってから、ということになり、エヴァ本人もただの疲労と言い張るので、休ませて様子を見ることとなった。
「侯爵夫人、ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」
側に付き添うカサンドル夫人に、エヴァは半身を起こし頭を下げる。
「謝罪は必要ありません。セール伯爵を亡くしてから、大変だったでしょう」
カサンドルはエヴァを寝かせてから、優しく労った。
「ルーは……」
「大丈夫。ぼくが責任を持って預かるから、心配しないで」
エヴァの容態を見に来たロワメールが請け負う。
「殿下のお手まで煩わせるなど、なんとお詫び申し上げればいいか……」
「困った時はお互い様」
恐縮するエヴァにロワメールは当然のように返答する。しかし王子という立場では、その理屈は無理があった。
「……えーと、民が困っているのに知らんぷりする王族になんて、ぼくはなりたくないし、それに体調の悪い人が目の前にいるのに、助けないなんて人としてどうなの、って話だよ」
頬を指で掻きながら、言葉を探す。
「うちの側近筆頭は、休息は効率化に必要って言うし、侍従長は休むのも仕事のうちって言ってる。だから、夫人もしっかり休んで」
スマートではない。けれど、ロワメールの気遣いはしっかりとエヴァに届いた。
夫人のキツい目元が、柔らかくほころぶ。
「わたくしも主人も、このキイの貴族は身内、みんな家族と思っています。だから、安心なさい」
「……ありがとうございます」
ダイトから嫁いで間もないエヴァは、社交辞令として慎ましく侯爵夫人の好意に礼を述べる。
「わたくしも、キイの生まれではありません。ですが、キイにお嫁に来た以上、キイの貴族です。わたくしも貴女もね」
カサンドルはエヴァの内心を見透かし、堂々と言ってのけた。キイの貴族として胸を張ればいいのだと、教え諭す。
「ゆっくりお休みなさい」
そしてエヴァの手を取り、娘を見守る母のように微笑んだ。
エヴァの部屋を後にし、ロワメールはカイとリアム、ヒューイを連れ、廊下を歩いた。現在ルーは、セツが面倒を見ている。
リアムが気遣わしげに見上げる王子の表情は、晴れやかとは言い難かった。
ロワメールの心を占めるのは、セツのことである。
次代が見つかれば、セツは喜んでくれると思っていた。
やっと自由になれるのだから。
三百年の孤独から解放され、やっと自分自身の人生を歩めるのだから、と。
(でも、セツは、ぼくの想像とは違って)
安堵の声は漏らしたけれど。
それだけだった。
ずっと、ずっと、次代が生まれるのを、待ち望んでいたはずなのに。
ギルドの文献を調べたところ、歴代のマスターはだいたい百年から、長くても二百年の間に一人は生まれていた。
セツのように、三百年も次代が生まれなかったことはない。
セツはどんな思いで、三百年もの間、たった一人で生きてきたのだろう。
オジ師匠亡き後、氷室での冷凍睡眠を繰り返し、裏切り者を殺す日々。
『冷酷無慈悲な魔法使い殺し』と、守っているはずの魔法使いに恐れられて。
それでも魔主から人々を守るために、マスターはなくてはならない存在だった。
(マスターは贄だ)
皇八島の人間は、最強の魔法使いという守護者がいるからこそ、安寧を得ている。
いつ訪れともしれない魔主の進攻におびえず、暮らしていける。
決してそれは、当たり前ではない。
マスターの犠牲の上に成り立っている。
だが、ほとんど国民はそれを知らなかった。
ぼくは、自分の浅はかさが恥ずかしい。
次代が見つかれば、セツは救われると思っていた。次代を犠牲にすることに考えが及ばなかった。
そんな簡単な話じゃないのに。
マスターの重責を、あんな幼い子に押し付けるのだ。
セツの自由と引き換えに、ルーは死ぬことを許されなくなる。
だが、現実問題として、魔力暴走を起こしているルーを放置はできないし、未来永劫、セツにマスターとしての役目を押し付けることもできない。
セツの重責のひとつでも取り除く。
そのためなら、どんなことでもするつもりだった。
権力が必要なら、それを持つ王子にだってなってやろうと思った。
(でも)
本当に、これでいいのだろうか……?
(ルーにマスターの重責を背負わせて、セツを自由にして、ぼくは本当にそれでいいの?)
(ぼくの望んでいたことは、こういうこと……?)
二色の瞳が、川面に浮かぶ木の葉のように頼りなく揺らぐ。
(ぼくは、どうしたらいいんだろう……)
どうするのが、正解なんだろう。
ロワメールに、答えは出なかった。
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