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第一話 野望編
1 ある王子の野望
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皇八島、キキ島王都キヨウにある王宮、陽天宮で開かれた御前会議は紛糾していた。
「横領に殺人の疑いをかけられるなど、誇りある皇八島貴族として、どう責任を取らせるおつもりか!」
「勝手に疑っておいて責任を取れとは、作為的すぎるな」
責任を問われているのは、甥が疑惑の目を向けられている宮廷の重臣、プラト侯爵だった。
伯父として、どう対処するつもりだと詰め寄られている。
本来この場で裁決すべき議題はなにひとつ話し合われず、宰相に睨みつけられるが、侯爵は微動だにしなかった。
「なら、どうして襲われたんだ!」
「ウルソン伯爵を証人喚問すべきだ!」
「父を亡くしたばかりで賊に襲われ、傷も癒えぬ年若い伯爵を、このキヨウまで呼び立てる気か!」
「犯罪被害者に対して、あまりに配慮が欠けている!」
この機会に、宮廷内でのプラト侯爵の力を削ぎたい者、それを阻止したいプラト侯爵派閥の者。どちらも引かず、収集がつかなかった。
「この場でどれほど議論しても、結局は推測にすぎません。犯人に直接聞けばいいんですよ。ウルソン伯を襲ったのは、婚約者を殺された復讐なのか、どうか」
御前会議には不釣り合いな若々しい声に、室内の視線が集まる。
「これは、第二王子殿下。甥のためにお知恵をお貸してくださるとは、痛み入りますな」
プラト侯爵は猛禽に似た眼差しを第二王子へ向け、唇の片端を吊り上げた。
「しかし、簡単に仰いますが、犯人はまだ捕まっていないのをお忘れか。それとも第二王子殿下は、報告書に目を通していないのか」
プラト侯爵の慇懃無礼な態度にも動じず、王子は微笑み返す。
「プラト侯こそ忘れているようですね。事件の容疑者が魔法使いであると。――ギルドが動く」
ザワリ、と室内がどよめいた。
通常ギルドとのみ呼ばれる魔法使いギルドは、国王統治の法治国家にありながら治外法権を有する民間組織であり、宮廷にとって目障りな存在である。
過去に何度も宮廷の支配下に置こうとしたが、力ずくで従わせようにもこの国最大の戦力を有していては、それも叶わない。
その上魔族討伐の唯一の担い手として人々の命を守る魔法使いは、国民から絶大な信頼を得ていた。
宮廷にとって、ギルドはまさに目の上のこぶである。
「そして今回の事件は、人の命が奪われている。ギルドは掟を破る者を、決して許さない」
先程まで足を引っ張り合い、罵り合っていた廷臣たちも、いつしか王子の話に耳を傾けていた。
「ギルドはマスターを、最強の魔法使いを目覚めさせる」
その名に、多くの者が王子の表情を窺った。だが、美しく整った顔に感情を読むことはできない。
「ぼくが行きます。彼と共に、犯人を捕まえる」
「なにを仰いますか! 尊い御身を危険に晒してはなりません!」
反射的に、誰かが叫んだ。
「殿下御自ら犯人を追うなど、もってのほかです!」
王子の唐突な発言に、その場の誰もが動揺する。王族が自ら事件解決に乗り出すなど、この国では考えられないことだった。
「殿下ご自身が行く必要はありません! お考え直しください!」
王子を可愛がる大勢の重鎮が、若者の暴挙を止めにかかる。危険を犯してまで、反第二王子派のプラト侯爵を助ける理由はないはずだ。
「ぼくにはウルソン伯が犯罪に加担したとは思えないし、なにより、この役はボクにしかできませんから」
反対は予想されていたのか、王子の答えに淀みはない。
「これはこれは、殿下におかれましては、ずいぶんと自信がおありのご様子ですな」
嫌味たらしく応じたのは、プラト侯爵派閥の一人だった。
「騎士家でお育ちになった殿下にはおわかりになられないかもしれませんが、ギルドを相手にするならともかく、いち魔法使いくらい、如何様にもできるというもの。殿下のお手を煩わせるものではありませんよ」
言葉遣いこそは丁寧だが、そこに王族への敬意はない。
これまで反第二王子派からどれだけ攻撃されても、王子は困ったように笑うか、受け流すだけだった。
自らの立場を理解し、なにを言われても反撃はしてこない。反第二王子派は、そう高を括っていたが。
「クク子爵、貴方は財務副大臣に就いて確か三年、でしたね?」
「そうですが、それがなんだと……」
脈絡のない質問に子爵は不快さを表そうとし、失敗した。怒りが滲んだ双眸に射抜かれ、子爵の舌先が凍る。
「数百年、たった一人でこの国を守り続けるマスターが、与しやすしと?」
たかだか三年副大臣を務めただけのくせに、身の程を知れ、と言われクク子爵は羞恥に体を震わせた。
痛烈な反撃は、隠されていた王子の牙の鋭さを物語る。
――どれほどの権力を使おうと、彼を意のままにできると、夢々思いませぬよう。
そう忠告したのは、魔法使いギルド、キヨウ支部長だったか。
「権力嫌いの彼は、ぼく以外の話なんて聞く耳持たないでしょうね。ぼくなら、彼は警戒しない」
「ロワ、わたしも反対だよ」
情勢が第二王子に傾きかけ、ここまで口を挟まなかった王太子が弟に異を唱える。
「危険がある場所に、ロワを行かせるなんて冗談じゃない。わたしはもう二度と、ロワを失いたくないんだ」
「最強の魔法使いと一緒です。危険はありません」
「相手はすでに、二人も殺している凶悪犯だ。ダメだ。認めないよ」
王太子は頑として、反対の姿勢を貫いた。しかし第二王子も引かなかった。
「王太子殿下が心配してくださっているのは承知しています。ですが、申し訳ありません。ぼくは行きます」
「ロワ!」
「ぼくはこの機会に、先に承認いただいた例の法案にも着手するつもりです。この機を逃せば、次は50年先になるか100年先になるかわからない」
「だからって……!」
「……王妃が生きていたら、同じことを言ったであろうな」
険しい表情で議会を静観していた国王が、諦観の溜め息を零す。それで、すべてが決まった。国王の一言は、王子を心配する廷臣も反第二王子派も、口を閉じざるを得ない説得力を持っていた。
「陛下の御ため、皇八島のため、必ずや成果を上げてみせます」
「よろしい。ならば、そなたに全て任せよう」
国王は信頼の表し、第二王子に全権を与える。
「ありがとうございます、陛下」
そうして第二王子はまた一歩、皇八島宮廷での足場を固めたのだった。
「横領に殺人の疑いをかけられるなど、誇りある皇八島貴族として、どう責任を取らせるおつもりか!」
「勝手に疑っておいて責任を取れとは、作為的すぎるな」
責任を問われているのは、甥が疑惑の目を向けられている宮廷の重臣、プラト侯爵だった。
伯父として、どう対処するつもりだと詰め寄られている。
本来この場で裁決すべき議題はなにひとつ話し合われず、宰相に睨みつけられるが、侯爵は微動だにしなかった。
「なら、どうして襲われたんだ!」
「ウルソン伯爵を証人喚問すべきだ!」
「父を亡くしたばかりで賊に襲われ、傷も癒えぬ年若い伯爵を、このキヨウまで呼び立てる気か!」
「犯罪被害者に対して、あまりに配慮が欠けている!」
この機会に、宮廷内でのプラト侯爵の力を削ぎたい者、それを阻止したいプラト侯爵派閥の者。どちらも引かず、収集がつかなかった。
「この場でどれほど議論しても、結局は推測にすぎません。犯人に直接聞けばいいんですよ。ウルソン伯を襲ったのは、婚約者を殺された復讐なのか、どうか」
御前会議には不釣り合いな若々しい声に、室内の視線が集まる。
「これは、第二王子殿下。甥のためにお知恵をお貸してくださるとは、痛み入りますな」
プラト侯爵は猛禽に似た眼差しを第二王子へ向け、唇の片端を吊り上げた。
「しかし、簡単に仰いますが、犯人はまだ捕まっていないのをお忘れか。それとも第二王子殿下は、報告書に目を通していないのか」
プラト侯爵の慇懃無礼な態度にも動じず、王子は微笑み返す。
「プラト侯こそ忘れているようですね。事件の容疑者が魔法使いであると。――ギルドが動く」
ザワリ、と室内がどよめいた。
通常ギルドとのみ呼ばれる魔法使いギルドは、国王統治の法治国家にありながら治外法権を有する民間組織であり、宮廷にとって目障りな存在である。
過去に何度も宮廷の支配下に置こうとしたが、力ずくで従わせようにもこの国最大の戦力を有していては、それも叶わない。
その上魔族討伐の唯一の担い手として人々の命を守る魔法使いは、国民から絶大な信頼を得ていた。
宮廷にとって、ギルドはまさに目の上のこぶである。
「そして今回の事件は、人の命が奪われている。ギルドは掟を破る者を、決して許さない」
先程まで足を引っ張り合い、罵り合っていた廷臣たちも、いつしか王子の話に耳を傾けていた。
「ギルドはマスターを、最強の魔法使いを目覚めさせる」
その名に、多くの者が王子の表情を窺った。だが、美しく整った顔に感情を読むことはできない。
「ぼくが行きます。彼と共に、犯人を捕まえる」
「なにを仰いますか! 尊い御身を危険に晒してはなりません!」
反射的に、誰かが叫んだ。
「殿下御自ら犯人を追うなど、もってのほかです!」
王子の唐突な発言に、その場の誰もが動揺する。王族が自ら事件解決に乗り出すなど、この国では考えられないことだった。
「殿下ご自身が行く必要はありません! お考え直しください!」
王子を可愛がる大勢の重鎮が、若者の暴挙を止めにかかる。危険を犯してまで、反第二王子派のプラト侯爵を助ける理由はないはずだ。
「ぼくにはウルソン伯が犯罪に加担したとは思えないし、なにより、この役はボクにしかできませんから」
反対は予想されていたのか、王子の答えに淀みはない。
「これはこれは、殿下におかれましては、ずいぶんと自信がおありのご様子ですな」
嫌味たらしく応じたのは、プラト侯爵派閥の一人だった。
「騎士家でお育ちになった殿下にはおわかりになられないかもしれませんが、ギルドを相手にするならともかく、いち魔法使いくらい、如何様にもできるというもの。殿下のお手を煩わせるものではありませんよ」
言葉遣いこそは丁寧だが、そこに王族への敬意はない。
これまで反第二王子派からどれだけ攻撃されても、王子は困ったように笑うか、受け流すだけだった。
自らの立場を理解し、なにを言われても反撃はしてこない。反第二王子派は、そう高を括っていたが。
「クク子爵、貴方は財務副大臣に就いて確か三年、でしたね?」
「そうですが、それがなんだと……」
脈絡のない質問に子爵は不快さを表そうとし、失敗した。怒りが滲んだ双眸に射抜かれ、子爵の舌先が凍る。
「数百年、たった一人でこの国を守り続けるマスターが、与しやすしと?」
たかだか三年副大臣を務めただけのくせに、身の程を知れ、と言われクク子爵は羞恥に体を震わせた。
痛烈な反撃は、隠されていた王子の牙の鋭さを物語る。
――どれほどの権力を使おうと、彼を意のままにできると、夢々思いませぬよう。
そう忠告したのは、魔法使いギルド、キヨウ支部長だったか。
「権力嫌いの彼は、ぼく以外の話なんて聞く耳持たないでしょうね。ぼくなら、彼は警戒しない」
「ロワ、わたしも反対だよ」
情勢が第二王子に傾きかけ、ここまで口を挟まなかった王太子が弟に異を唱える。
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「最強の魔法使いと一緒です。危険はありません」
「相手はすでに、二人も殺している凶悪犯だ。ダメだ。認めないよ」
王太子は頑として、反対の姿勢を貫いた。しかし第二王子も引かなかった。
「王太子殿下が心配してくださっているのは承知しています。ですが、申し訳ありません。ぼくは行きます」
「ロワ!」
「ぼくはこの機会に、先に承認いただいた例の法案にも着手するつもりです。この機を逃せば、次は50年先になるか100年先になるかわからない」
「だからって……!」
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険しい表情で議会を静観していた国王が、諦観の溜め息を零す。それで、すべてが決まった。国王の一言は、王子を心配する廷臣も反第二王子派も、口を閉じざるを得ない説得力を持っていた。
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