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第一話 野望編
7 司の責務
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「ぷっ……はあ! 緊張したぁ!」
マスターと王子の乗った馬車を見送り、張り詰めていた糸が途切れたモニクは、ぐったりと背中を丸める。
「緊張、していましたか?」
その台詞にいささか疑問を感じたジルだったが、モニクは勢いよく首を振った。
「してた! してた! してたよぉ! あんな最高の研究素材……じゃなくて、魔力の塊……じゃなくて」
モニクは終始マスターから目を離さず、穴が開きそうなほど観察していたのだ。その明晰な頭脳にどんな情報が入力されたのか、知るのも怖い。
「本音がダダ漏れじゃわい」
ガエルが呆れた。
「しかし、ワシも肩が凝ったわ」
さすがの土司も、太い首を回してゴキゴキと音を鳴らす。
「にしても、さすがはマスターだな。あの殿下と、ああも平然と話せるとは」
王族というだけでも緊張するのに、あの美貌を前にしたら、普通は尻込みするか見惚れるものだ。だがセツは、至って自然に頭を撫でるわ、お前呼ばわりするわ……思い出しても寿命が縮む。
「五年前にも会ってるんだよね? 王子様がまだユーゴにいた時に」
二人の親しげな様子をモニクは思い返した。
ロワメールが王子に戻る前、ただの少年だった頃に、セツはロワメールのもとを訪れている。
二人がどんな時間を過ごしたかは司の知るところではないが、二人を見ていればおのずと想像がついた。
「マスターが帰ってこないって、アナイスが大騒ぎしてた時だな」
ガエルが顎をさすりながら、当時を思い出す。
「大騒ぎなんてしていません。自分の用事で起きるなんて、彼の長い歴史の中で初めてで、しかも待てど暮らせど帰ってこない。半年、ギルドを留守にしていたのよ」
アナイスは、心配するのは当然だと反論した。
「半年、殿下と一緒にいた、ということか。だから殿下も、あれほどマスターを慕っておられるんだな」
ジルは二人の関係に合点がいく。六ヶ月、短いようで長い期間である。
そして、マスターにとっての半年は、とても貴重な時間であった。
氷室での冷凍睡眠を繰り返し、長き時を生きるマスターといえど、生きられる時間は己が寿命が尽きるまで。寿命が八十歳ならば、冷凍睡眠の間に起きていられる時間は八十年だけなのだ。
そして未だ次代がいない以上、セツに死ぬことは許されなかった。次代がいつ生まれるかわからないからこそ、セツの寿命は一日とて無駄にはできないのだ。
先代が亡くなった時ですら、その死を悼む間もなく冷凍睡眠に入ったセツ。
自分のためには一切時間を使ってこなかったセツが、貴重な時間を半年も、ロワメールには割いたのだ。
「私たちが思っている以上に、お二人の絆は強いのかもしれないな。マスターも、殿下を大切に思っているんだろう」
ジルも二人の様子を思い出す。
仲の良い親子のような様子は、見ていて心温まるものだった。
しかし、微笑ましい、そう感じたはずなのに、ジルの表情は曇っている。ジルだけではなく他の三人の司も、口調とは裏腹に顔色は優れなかった。
人ひとりの命を奪う決断をしたのだ。
けれど、ジルもアナイスもモニクもガエルも、どれほど心が沈もうと、それは敢えて口にしなかった。
上に立つ者は、決断と責任を担う。辛くとも、それを受け入れねばならなかった。
それが、司の責務だからだ。
だが、それを一番わかっているはずのアナイスは、どこか上の空だった。ガエルが目を眇める。
「どうした、マスターが心配か? あの調子なら、殿下とも上手くやるだろう」
権力者嫌いのセツが王子の同行を拒むのではないかと不安だったが、いらぬ心配に終わり、アナイスが気がかりなのはセツではない。
ロワメールをギルドに迎え入れた時から感じた違和感を、炎司は未だ拭えずにいたのだ。
王子は微笑みを浮かべながら、出迎えた司をはじめ、職員たちとも穏やかに挨拶を交わしていた。
上品な振る舞いの美しい王子に、ギルドの若い職員たちは、男女問わず顔を真っ赤にしたものだ。
セツには砕けた口調だったが、司にも非の打ち所ない、完璧な対応をしてくれた。
常に微笑みを浮かべ、優しく穏やかに話す王子。
けれどアナイスは色違いの瞳の奥に、刃のように鋭く、冷たいなにかを感じ取っていたのである。
マスターと王子の乗った馬車を見送り、張り詰めていた糸が途切れたモニクは、ぐったりと背中を丸める。
「緊張、していましたか?」
その台詞にいささか疑問を感じたジルだったが、モニクは勢いよく首を振った。
「してた! してた! してたよぉ! あんな最高の研究素材……じゃなくて、魔力の塊……じゃなくて」
モニクは終始マスターから目を離さず、穴が開きそうなほど観察していたのだ。その明晰な頭脳にどんな情報が入力されたのか、知るのも怖い。
「本音がダダ漏れじゃわい」
ガエルが呆れた。
「しかし、ワシも肩が凝ったわ」
さすがの土司も、太い首を回してゴキゴキと音を鳴らす。
「にしても、さすがはマスターだな。あの殿下と、ああも平然と話せるとは」
王族というだけでも緊張するのに、あの美貌を前にしたら、普通は尻込みするか見惚れるものだ。だがセツは、至って自然に頭を撫でるわ、お前呼ばわりするわ……思い出しても寿命が縮む。
「五年前にも会ってるんだよね? 王子様がまだユーゴにいた時に」
二人の親しげな様子をモニクは思い返した。
ロワメールが王子に戻る前、ただの少年だった頃に、セツはロワメールのもとを訪れている。
二人がどんな時間を過ごしたかは司の知るところではないが、二人を見ていればおのずと想像がついた。
「マスターが帰ってこないって、アナイスが大騒ぎしてた時だな」
ガエルが顎をさすりながら、当時を思い出す。
「大騒ぎなんてしていません。自分の用事で起きるなんて、彼の長い歴史の中で初めてで、しかも待てど暮らせど帰ってこない。半年、ギルドを留守にしていたのよ」
アナイスは、心配するのは当然だと反論した。
「半年、殿下と一緒にいた、ということか。だから殿下も、あれほどマスターを慕っておられるんだな」
ジルは二人の関係に合点がいく。六ヶ月、短いようで長い期間である。
そして、マスターにとっての半年は、とても貴重な時間であった。
氷室での冷凍睡眠を繰り返し、長き時を生きるマスターといえど、生きられる時間は己が寿命が尽きるまで。寿命が八十歳ならば、冷凍睡眠の間に起きていられる時間は八十年だけなのだ。
そして未だ次代がいない以上、セツに死ぬことは許されなかった。次代がいつ生まれるかわからないからこそ、セツの寿命は一日とて無駄にはできないのだ。
先代が亡くなった時ですら、その死を悼む間もなく冷凍睡眠に入ったセツ。
自分のためには一切時間を使ってこなかったセツが、貴重な時間を半年も、ロワメールには割いたのだ。
「私たちが思っている以上に、お二人の絆は強いのかもしれないな。マスターも、殿下を大切に思っているんだろう」
ジルも二人の様子を思い出す。
仲の良い親子のような様子は、見ていて心温まるものだった。
しかし、微笑ましい、そう感じたはずなのに、ジルの表情は曇っている。ジルだけではなく他の三人の司も、口調とは裏腹に顔色は優れなかった。
人ひとりの命を奪う決断をしたのだ。
けれど、ジルもアナイスもモニクもガエルも、どれほど心が沈もうと、それは敢えて口にしなかった。
上に立つ者は、決断と責任を担う。辛くとも、それを受け入れねばならなかった。
それが、司の責務だからだ。
だが、それを一番わかっているはずのアナイスは、どこか上の空だった。ガエルが目を眇める。
「どうした、マスターが心配か? あの調子なら、殿下とも上手くやるだろう」
権力者嫌いのセツが王子の同行を拒むのではないかと不安だったが、いらぬ心配に終わり、アナイスが気がかりなのはセツではない。
ロワメールをギルドに迎え入れた時から感じた違和感を、炎司は未だ拭えずにいたのだ。
王子は微笑みを浮かべながら、出迎えた司をはじめ、職員たちとも穏やかに挨拶を交わしていた。
上品な振る舞いの美しい王子に、ギルドの若い職員たちは、男女問わず顔を真っ赤にしたものだ。
セツには砕けた口調だったが、司にも非の打ち所ない、完璧な対応をしてくれた。
常に微笑みを浮かべ、優しく穏やかに話す王子。
けれどアナイスは色違いの瞳の奥に、刃のように鋭く、冷たいなにかを感じ取っていたのである。
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