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第一話 野望編
8『月光銀糸』と『海の眼』
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王子一行はギルドを立ち、一路ヨコク島へと向かった。
山間都市シノンからはまず街道を南に下り、セイカ領にある港町シズを目指す。そこから船でヨコク島へと渡るのだ。
馬車の旅が始まり、ロワメールはすこぶるご機嫌だった。
五年前、ロワメールはセツとの別れを泣いて嫌がった。セツが氷室で眠りにつけば、次はいつ目覚めるかわからない。十年先か、五十年先か、あるいは百年先か……。ロワメールが生きている間に再び会える保証はなかったのである。
それがこんな形であれ再会でき、浮かれるのは当然だった。
「……それで、国王陛下がユーゴ視察の時に、子どもたちで剣の型を披露したんです。そこで、陛下がぼくを見つけて」
ロワメールが語るのは、五年前の出来事だった。
キスイ王は、王宮に鎮座し国政を執っていたこれまでの国王とは異なり、精力的に地方へ視察に出向いていた。
そこで、死んだと思われていた第二王子を見つけたのである。
「銀の髪と色違いの瞳は十分な証拠になるだろうが……よく他の貴族も王子として認めたな」
皇八島には様々な髪色がある。黒、茶、金、赤、灰、白金などはいるが、銀の髪はいない。
色違いの瞳もめずらしいが、髪も瞳も、それを以て王子と断言できるかと問われれば、否だ。
皇八島において、ラギ王家はそれだけ特別である。王家の血の後継者に、万にひとつの不安要素があってはならないのだ。
「王家には不思議な血が流れていると、聞いたことはありませんか?」
馬車の中は、セツとロワメールの二人きりである。カイは騎馬で護衛していた。
「ああ、昔から言われてるな。始祖王ジンが月神の末裔とかなんとか……」
始祖王にまつわる話は、いわば建国神話だ。
そうではないと、ロワメールは首を振る。
「あれは、単なる物語ではなかったんです」
「ほお」
銀の髪は確かにめずらしい。しかし王家の特異性は、その希少さではなかった。
直系王族は、必ず『月光銀糸』と呼ばれる銀の髪を持って生まれる。それだけではない。直系王族にしか、この『月光銀糸』の子どもは生まれないのだ。
「『月光銀糸』?」
「この銀の髪のことです。なんでも昔の宮廷詩人がそう詠んだとかで……」
徐々に声が力を失い、ロワメールは耐えきれず、手で顔を覆ってしまった。
「なんで、こんな名前にしたんだろう」
ついつい怨嗟が籠もってしまう。
「後世の子孫のことも考えてほしい……」
自分の髪を『月光銀糸』などと曰うのは、羞恥以外のなにものでもなかった。いくらなんでも恥ずかしすぎる。
少なくとも、ロワメールには無理だった。
「まあ、そう言いたくなるほど綺麗な髪だしな」
月光を紡いだ銀糸のようだと称えたのだろう。銀の髪は詩的な表現がピッタリな、美しい髪だった。
「だが、重要なのはその髪色じゃなくて、直系にのみ必ず受け継がれる、という点だろう?」
セツが話を逸らしてくれる。
ロワメールは力なく頷いた。
「で、その髪が、決定的証拠になったと?」
「髪と、この目です」
ロワメールは左目を手で覆う。左の青い瞳が、なにより王族の証だった。
「あの時は本当に、身が竦む思いでした」
国王が突然見つけてきた第二王子に、宮廷は大騒ぎとなった。
多くの者が、十三年前に亡くなった悲劇の王子を騙る不逞の輩と思ったはずだ。
その者たちを黙らせ、ロワメールを正統なる血筋だと認めさせるために、国王はまず初めに王族と対面させたのである。
――このお方は紛れもなく、ラギ王家の血を引く御子であらせられます。
子ども心にも、あの時の衝撃は忘れられない。
皇八島を代表する大貴族が、揃ってロワメールに膝を付き、頭を垂れたのである。
宮廷中が騒然となった。
それだけにとどまらず、宮廷の中枢に位置する者たちが、次々とロワメールを王子として受け入れたのである。
絶世の美姫と謳われ、神の奇跡とさえ言われたシャルル王妃。そのシャルルに、ロワメールは生き写しだった。
彼らはロワメールのちょっとした表情、仕草に亡きシャルルを見出し、未だに涙ぐむ者までいるほどだ。
そんな彼らは王妃の忘れ形見として、今もロワメールをいたく可愛がってくれている。
「そこからは、早かったですね」
後の者たちは、王家や権力者の不興を買うのを恐れ、追従する。
「……この青い目は、『海の眼』と言うんだそうです」
左目を指差し、ロワメールは困惑を浮かべながら微笑む。
「『海の眼』同士は、特殊な反応を示す。それが、ぼくが王子である確たる証です」
『海の眼』はラギの血を証明し、王家の神聖さを物語る。『海の眼』を持つ大貴族が、ロワメールを王子と認めた理由でもあった。
しかし『海の眼』が反応すると言っても、それは『海の眼』の持ち主にしかわからぬこと。
『海の眼』を持たぬ者には、世迷言にも等しい。
「だから、ぼくを受け入れられない人も当然いて、その代表が今回の被害者ウルソン伯の叔父プラト侯なんです」
ロワメールが眼差しを落とすと、二色の瞳に影が差した。
突然現れた、死んだはずの王子。
拒否し、拒絶されるのは当たり前だ。
だが、『海の眼』を持つ者には、それは揺るぎない血族の証拠だった。それは、ロワメールにしても否定できない。
「あの日、陛下はぼくに仰いました。余の目を覗いてみよ、と」
五年前のユーゴ島を思い出し、色違いの瞳が遠くを見つめる。
ロワメールはなにが起こったのかわからぬまま、命じられた通りに国王の青い瞳を見つめたのである。
そして、息を飲んだ。
――なにが見えた?
――光が……目の中に光が見えます。すごく綺麗な光がたくさん……。
――それは『共鳴』だ。そなたの左目と、余の『海の眼』が『共鳴』しているのだ。
『月光銀糸』が直系王族の、そして『海の眼』がキスイ王の血を、緑の瞳がシャルル王妃の血を引く証だった。
――やっと見つけた! そなたは、間違いなく余の息子だ……!
国王は涙を滲ませ、ロワメールを強く抱きしめたのだった。
山間都市シノンからはまず街道を南に下り、セイカ領にある港町シズを目指す。そこから船でヨコク島へと渡るのだ。
馬車の旅が始まり、ロワメールはすこぶるご機嫌だった。
五年前、ロワメールはセツとの別れを泣いて嫌がった。セツが氷室で眠りにつけば、次はいつ目覚めるかわからない。十年先か、五十年先か、あるいは百年先か……。ロワメールが生きている間に再び会える保証はなかったのである。
それがこんな形であれ再会でき、浮かれるのは当然だった。
「……それで、国王陛下がユーゴ視察の時に、子どもたちで剣の型を披露したんです。そこで、陛下がぼくを見つけて」
ロワメールが語るのは、五年前の出来事だった。
キスイ王は、王宮に鎮座し国政を執っていたこれまでの国王とは異なり、精力的に地方へ視察に出向いていた。
そこで、死んだと思われていた第二王子を見つけたのである。
「銀の髪と色違いの瞳は十分な証拠になるだろうが……よく他の貴族も王子として認めたな」
皇八島には様々な髪色がある。黒、茶、金、赤、灰、白金などはいるが、銀の髪はいない。
色違いの瞳もめずらしいが、髪も瞳も、それを以て王子と断言できるかと問われれば、否だ。
皇八島において、ラギ王家はそれだけ特別である。王家の血の後継者に、万にひとつの不安要素があってはならないのだ。
「王家には不思議な血が流れていると、聞いたことはありませんか?」
馬車の中は、セツとロワメールの二人きりである。カイは騎馬で護衛していた。
「ああ、昔から言われてるな。始祖王ジンが月神の末裔とかなんとか……」
始祖王にまつわる話は、いわば建国神話だ。
そうではないと、ロワメールは首を振る。
「あれは、単なる物語ではなかったんです」
「ほお」
銀の髪は確かにめずらしい。しかし王家の特異性は、その希少さではなかった。
直系王族は、必ず『月光銀糸』と呼ばれる銀の髪を持って生まれる。それだけではない。直系王族にしか、この『月光銀糸』の子どもは生まれないのだ。
「『月光銀糸』?」
「この銀の髪のことです。なんでも昔の宮廷詩人がそう詠んだとかで……」
徐々に声が力を失い、ロワメールは耐えきれず、手で顔を覆ってしまった。
「なんで、こんな名前にしたんだろう」
ついつい怨嗟が籠もってしまう。
「後世の子孫のことも考えてほしい……」
自分の髪を『月光銀糸』などと曰うのは、羞恥以外のなにものでもなかった。いくらなんでも恥ずかしすぎる。
少なくとも、ロワメールには無理だった。
「まあ、そう言いたくなるほど綺麗な髪だしな」
月光を紡いだ銀糸のようだと称えたのだろう。銀の髪は詩的な表現がピッタリな、美しい髪だった。
「だが、重要なのはその髪色じゃなくて、直系にのみ必ず受け継がれる、という点だろう?」
セツが話を逸らしてくれる。
ロワメールは力なく頷いた。
「で、その髪が、決定的証拠になったと?」
「髪と、この目です」
ロワメールは左目を手で覆う。左の青い瞳が、なにより王族の証だった。
「あの時は本当に、身が竦む思いでした」
国王が突然見つけてきた第二王子に、宮廷は大騒ぎとなった。
多くの者が、十三年前に亡くなった悲劇の王子を騙る不逞の輩と思ったはずだ。
その者たちを黙らせ、ロワメールを正統なる血筋だと認めさせるために、国王はまず初めに王族と対面させたのである。
――このお方は紛れもなく、ラギ王家の血を引く御子であらせられます。
子ども心にも、あの時の衝撃は忘れられない。
皇八島を代表する大貴族が、揃ってロワメールに膝を付き、頭を垂れたのである。
宮廷中が騒然となった。
それだけにとどまらず、宮廷の中枢に位置する者たちが、次々とロワメールを王子として受け入れたのである。
絶世の美姫と謳われ、神の奇跡とさえ言われたシャルル王妃。そのシャルルに、ロワメールは生き写しだった。
彼らはロワメールのちょっとした表情、仕草に亡きシャルルを見出し、未だに涙ぐむ者までいるほどだ。
そんな彼らは王妃の忘れ形見として、今もロワメールをいたく可愛がってくれている。
「そこからは、早かったですね」
後の者たちは、王家や権力者の不興を買うのを恐れ、追従する。
「……この青い目は、『海の眼』と言うんだそうです」
左目を指差し、ロワメールは困惑を浮かべながら微笑む。
「『海の眼』同士は、特殊な反応を示す。それが、ぼくが王子である確たる証です」
『海の眼』はラギの血を証明し、王家の神聖さを物語る。『海の眼』を持つ大貴族が、ロワメールを王子と認めた理由でもあった。
しかし『海の眼』が反応すると言っても、それは『海の眼』の持ち主にしかわからぬこと。
『海の眼』を持たぬ者には、世迷言にも等しい。
「だから、ぼくを受け入れられない人も当然いて、その代表が今回の被害者ウルソン伯の叔父プラト侯なんです」
ロワメールが眼差しを落とすと、二色の瞳に影が差した。
突然現れた、死んだはずの王子。
拒否し、拒絶されるのは当たり前だ。
だが、『海の眼』を持つ者には、それは揺るぎない血族の証拠だった。それは、ロワメールにしても否定できない。
「あの日、陛下はぼくに仰いました。余の目を覗いてみよ、と」
五年前のユーゴ島を思い出し、色違いの瞳が遠くを見つめる。
ロワメールはなにが起こったのかわからぬまま、命じられた通りに国王の青い瞳を見つめたのである。
そして、息を飲んだ。
――なにが見えた?
――光が……目の中に光が見えます。すごく綺麗な光がたくさん……。
――それは『共鳴』だ。そなたの左目と、余の『海の眼』が『共鳴』しているのだ。
『月光銀糸』が直系王族の、そして『海の眼』がキスイ王の血を、緑の瞳がシャルル王妃の血を引く証だった。
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