やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第一話 野望編

11 主が寝ている間に、いい仕事しておきました

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 シノンからシズ港まで、途中の宿は街道沿いの旅籠ではなく、貴族の屋敷に世話になる。王族の逗留は名誉なため、下にも置かぬ歓待だった。


 一日目、二日目の晩とも、ロワメールは旅の疲れというより、喋り疲れてぐっすりと眠っている。
 王宮に引き取られてからのこと、国王や王太子の話に、男爵位と勲章を授与された養父母のこと、側近のカイとの出会いと、いくら時間があっても話は尽きなかった。


 主とは異なり、夜更かしを強いられているのはカイである。
 夜半、ようやく屋敷の主人から解放され、ヨロヨロとあてがわれた客室に向かう途中、談話室から明かりが漏れているのが目についた。
 覗くと、セツが一人、書物に目を落としている。


「まだ起きてらしたんですか?」 
 疲労を隠せぬまま、カイも談話室の椅子にグッタリと腰かけた。
 いつもニコニコと笑顔のカイだが、今夜は作り笑いを浮かべる気力もなさそうだった。


「気立ての良さそうな令嬢でよかったな、婿殿」
「冗談はよしてください」
 からかい半分のセツに、カイは力なく抗議する。


 カイは第二王子の側近筆頭であり、ニュアージュ侯爵家嫡男で次期当主。輝かしい未来が約束された中央貴族だ。
 屋敷の主人としては、ぜひ娘を嫁にと熱望したくもなるだろう。


 しかし、どれだけ薦められても、カイの結婚相手はロワメールとニュアージュ家にとって有益な令嬢でなければならない。角が立たないように断るのも骨が折れた。
 

「まあ、仕事の内だと思え」
 お疲れ、と労って、セツは酒の杯をカイの前に置く。透明な液体が、芳醇な香りを漂わせていた。


 セツは一口二口と杯に口をつけながら、ゆっくりと本のページをめくっている。


 昼間は暑かったが、開け放たれた窓から入ってくる夜風は涼しかった。
 白い髪が、風に揺れている。
 何気に、この魔法使いと二人きりになるのはこれが初めてだった。


「ロワメールに聞かれたくない話か?」
 カイの視線に気付いたセツに、水を向けられる。


「セツ様にお会いできたら、感謝申し上げたいとずっと思っておりました」
 セツが本をめくる手を止め、アイスブルーの目を上げる。


「ロワ様は王宮に来られた当初、やはり緊張しておられました。私はその緊張を解いて差し上げたくて、色々と話しかけたのですが、なかなか話は弾まず……」


 養父母が恋しいだろうと話を振っても、国王と兄王子を気にしてか、ロワメールの口は重い。まだ十三歳の少年の切ない配慮に、カイは胸が痛んだ。


「そんなロワ様でしたが、あなたのことだけは笑顔で話してくださいました」
 ロワメールが打ち解けてくれたきっかけは、間違いなくセツである。


 そしてセツがいたからこそ、今のロワメールとカイがあるのだ。セツには感謝しかない。


「あいつは昔から、魔法使いが好きだからなぁ」
「……はい?」
 思わず耳を疑う。


 マジマジとセツを見つめた。
(なにを言っているのだ、この男は?)


 素で聞き返してしまったカイに、セツはご丁寧に繰り返す。
「ロワメールは子どもの頃から魔法使いが好きで」
「馬鹿ですか?」
 我知らず本音が口をついて出る。


「ロワ様は、魔法使いではなく、セツ様が好きなんですよ!?」
「俺!?」


 何故驚く!?
 カイの細い目が、笑みの形のままピクピクと強張った。


 皇八島において、魔法使いは子どもたちの憧れの的だ。
 炎を生み出し、水を操り、時には大地を鳴動させ、風を使って空をも飛ぶ。


 そんな魔法使いが自分の命の恩人で、名付け親。しかも最強の魔法使いなのだ!
 小さなロワメールにとって、それはどれほど誇らしかったろう。


 おまけに養父母にとってもセツは恩人で、小さな頃からセツの武勇伝を聞いて育ったロワメールの、セツへの憧れと尊敬はいや増すばかり、天井知らずのウナギ登りである。


「あ、なるほど……それでか……」
 カイに説明され、ようやく理解したのか。
 ぽりぽりと頬を掻き、カイから目をそらすと、思い出したようにグラスに手を伸ばし、しかも咽ている。


「道理でやけに懐いていると……」
 ごにょごにょと口の中でなにか言っている。
 どうやら照れているらしい。


(ロワ様、私、いい仕事しておきました!)
 カイが心の中でガッツポーズを作ったことを、セツは無論知る由もない。


「ゴホン。あー、とにかく」
「なにがとにかくなんです?」
 セツは場を仕切り直したかったようだが、カイの容赦ない切り返しにあえなく失敗した。読んでいた本をパタンと閉じ、片付けに行く傍ら、何気なさを装って続ける。


「ロワメールは、王宮で本当に受け入れられているのか?」
  

 飾り棚の前に立ち、背を向けたセツの表情はカイには見えないけれど。
「心配ですか?」
「………」


「大丈夫ですよ。国王陛下も王太子殿下も、ロワ様を溺愛されてらっしゃいますから」
 カイは小さく笑う。側近であるカイは、セツが聞いた以上に色々知っているのだろう。


「最初こそ宮廷中大騒ぎでしたが、今では諸侯の方々もロワ様を受け入れておられます。ロワ様ご自身の魅力も大きいでしょう」
 美しく、明るく、聡明な王子――臣下の心を捉えるには充分だ。 
 セツは黙って、側近の話に耳を傾ける。


「王家に流れる血、というものが我々には計り知れませんが、それがロワ様の身分を保証しているのは確かです」
 カイは力強く請け負った。
 どうやらこの名付け親は、ずいぶんと心配性らしい。
 

「そうか」
 セツは本を元あった場所に戻すと、その手を離す。


「カイも早く寝ろ。明日は山道だ」
 この二日、山裾に沿って作られた街道を通ってきたが、明日はアカセ山脈最後の山を通り抜ける。シズはもう目と鼻の先だった。


「はい。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」


 後ろ手に扉を閉めて出て行くセツの背中に、カイはふと気が付く。
「あれ、ひょっとして……」


 答えてくれる人は、すでに部屋を出た後だが。
「私のこと、待っていてくれた?」


 魔法使い殺しと恐れられる、最強の魔法使い。
 その白い髪に最初こそ驚いたが、すぐに慣れた。色素の薄い瞳は目つきこそ悪いが、彼が怖いとは、カイには思えなかったのである。
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