やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第一話 野望編

13 海と説教は続くよどこまでも

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「まったく、お前って奴は。ほいほい国宝級の魔剣なんか抜いて……」


(えーと)


「もう少し慎重にだな……」


(ぼくはなんでまた、セツに怒られてるんだっけ……?)
 ロワメールはつらつらと記憶を遡る。


 部屋は狭く、殺風景だ。ベッドとテーブルと椅子が一脚。ソファもクッションもないが、ここがこの船の一等船室らしい。
 セツが椅子に座り、ロワメールとカイが寝台に並んで座っている。


 船はシズ港を発ち、すでに半日。
 ヨコク島に向けて、大海原を南西に進路をとっていた。







 群島国家である皇八島は、航海術、造船技術が発達していた。隣接する島とは小型廻船が往復して人と物資を運び、離れた島々も大型廻船が航路を結ぶ。
 ユフ島からはキキ島を越え、さらに南西に進むとヨコク島だった。


「ぼくも大部屋でよかったのに」
 目立つことを懸念し、王家の船ではなく一般の乗り合い船に乗船したのだが、客のほとんどは船賃の安い大部屋で過ごす。
 セツやカイと大部屋で雑魚寝しながらの船旅も楽しそうだと、ほんの軽い気持ちで言っただけだったのに……。


(ああ……)
 

 セツは昔から、ロワメールに小言が多い。そして始まると長いのだ、これが。


 長く生きるセツは、現在のように平和な世の中だけを見てきたわけじゃない。
 だがらロワメールよりも、うんと身の安全というものに過敏なのかもしれない。それはわかるのだが。


 隣ではカイが、これ見よがしにウンウンと頷いている。こんな時ですら笑って見える細いタレ目が憎たらしい。


「子どもの頃から、すぐ変な奴に目を付けられるんだ。王子になったのなら尚更、もっと自覚を持ってだな」
「そんな昔の話、今持ち出さなくても……」
「今も昔もあるか!」


「変な奴に目を付けられる? そんな話、聞いてませんけど」
 聞き捨てならぬと、カイが身を乗り出す。


「こいつは子どもの頃、何回も誘拐されそうになってるんだ」
「なんですって!?」
 大きな溜め息とともにセツが吐き出せば、カイが驚きのあまり細い目を見開いた。


「何回もって、そんな大袈裟な……」
「俺がいた間だけで、三回は連れ去られかけただろうが!」
「だから、あの時だけですってば」
「普通は一生、一度も誘拐されずに終わるんだよ!」
「誘拐されたことは一度も……」
「未遂でも大問題だ!」


 皇八島では、人身売買など認められていない。しかし、ロワメールほど美しい少年なら、罪を犯し大金を積んでも手に入れたいと望む者はいるだろう。


「そいつらに売り飛ばそうと、ロワメールを狙う奴らがいたんだ」
 それが、ロワメール十三歳。運良くセツが、少年のもとを訪れていた時だった。


「でも、あれからは本当に何事もなく」
「そういう問題ではありません!」
 カイの表情は見る間に険しくなるし、なんとか穏便にすまそうにも、いかんせん内容が物騒すぎた。


「いや、セツが組織丸ごと潰してくれたし、犯人たちも死ぬより恐ろしい目に遭ったんじゃないかな……」
 ロワメールが当時を思い出し、セツから目を逸らす。過剰防衛なんて言葉があるか、どこまでが防衛の範囲内か。


「今後、ロワメールに手を出そうなんて馬鹿な奴が現れないよう、ちょっと派手にしただけだ」
「ちょっと……?」
「ちょっとさ」
 しかも本人が、全く悪びれていない。


「セツ様のほうで、処分してくださったんですね。なら良かった。あ、王族に刃を向けるのは極刑なので、犯人がどうなろうと法には抵触しませんので、ご安心を」
 カイがしれっと恐ろしいことを言う。


 捕らえられた犯人たちは、よほど怖かったのだろう。一刻も早く頑丈な牢屋に自分たちを閉じ込めてくれと、泣いて騎士に縋りついていた。


「あれ? でも、魔法使いは一般人に魔法は使えないですよね?」
 そこでカイが、魔法使いの三大タブーを思い出す。
 魔法を私闘に使用せず、だ。


「俺が掟を破ってどうする」
 確かに、魔法で人を傷付ける行為は禁止されている。しかしそれはなにも、杓子定規なものではない。自衛は許されているし、当然、犯罪を阻止するための魔法も認められていた。


「ま、俺の師匠はしょっちゅう一般人とケンカしてたがな。素手なら掟は破らん」
「どんな師匠ですか!?」
「……ろくでもない奴だったよ」
 言葉とは裏腹に、その目は過去を懐かしんでいる。


 オジ、という名の先代マスターで、セツの育て親だとロワメールは聞いていた。
 若くして亡くなり、それからセツはずっと——たった一人だ。


「とにかくだ。王子であろうとなかろうと、お前は目立つんだ。いい加減自覚しろ。それなのに、まったく、お前って奴は。ほいほい国宝級の魔剣なんか抜いて」
「あの刀は国宝級じゃなくて、国宝ですね。王室の宝物庫から出されたものですから」


(カイの馬鹿!)
 心の中で、ロワメールが側近を罵った。
 そんなこと言ったら、セツの説教が更に長くなるじゃないか!


「カイ! お前もだ! わかっているなら、あの場はお前が止めるべきだろう!」
 言わんことではない。矛先が、カイにまで及ぶ。


「どれだけ腕に自信があろうと、わざわざ自分から危険に飛び込む必要はない。それなのにお前たちときたら……」
 何故カイは、セツに怒られてほんのり嬉しそうなのか。


「お前ら、あの魔獣だけじゃなく、他にも色々やらかしてるだろう」 
 ロワメールはギクリとした。
 どうしてバレているのか。


「お前たち、実戦慣れしすぎているんだよ」
 

(これは、ヤバい気がする……)
 腕を組み、セツは二人を睥睨している。
 絶対! 凄く怒られるやつだ!


「あ! あー! セツ! そろそろ良い頃合いかと思うんですけど」
 ロワメールはわざとらしく声を上げ、テーブルに置かれた茶器に手を伸ばす。
「はい。セツに言われた通り、濃いめに淹れたよ」
 じっくり時間をかけた水出しのお茶は、綺麗な緑色だった。


 セツは差し出されたお茶を一口含む。まろやかな甘味と旨味に目を細め、茶碗の上に手をかざした。ポチャポチャと音が鳴り、湯呑みに氷が落とされていく。
「おおー」
 この時期、冷たいお茶は最高の贅沢だ。


「いやぁ、冷たくて美味しいですねぇ」
「ロワメールの淹れるお茶は、美味いからな」


 ロワメールは、まんまとセツの気を逸らすことに成功する。
 美味しいお茶をくれた行商人に感謝であった。
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