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第一話 野望編
18 襲撃
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その日の午前、甲板は賑わいを見せていた。
ヨコクの島影が見えてきたのだ。
空は快晴、波は穏やかで、長い船旅もそろそろ終わりに近付こうとしていた。
「実は、セツ様にずっとお聞きしたかったのですが」
他の人々と同じく甲板に出ていたセツを、カイがマジマジと見つめる。
「そのローブ、暑くないんですか?」
夏のギラつく太陽に照らされ、裾が長く長袖の黒いローブはどうにも暑そうだった。
またセツは陽射しに弱く、目立つ白い髪を隠すために、屋外ではいつも目深にフードを被っている。
「傍目には暑苦しいな」
セツが、軽く笑った。
遠慮なく仕事外の質問できるくらいには、セツとカイは打ち解けている。ロワメールがいるとはいえ、気を許した人間としか酒を飲まないセツが、毎晩寝落ちしていたのがその証拠だった。
名付け親と側近筆頭の距離が縮まったのは、ロワメールとしても嬉しい限りである。
「このローブは魔道具だ。なかなか優秀だぞ? 耐物理攻撃、耐魔法攻撃、ついでに耐熱、耐冷だ。俺は暑さが苦手たがら、耐熱が高めかな」
黒のローブは、魔法使いが最初に得る対価だ。掟を裏切らないという契約をギルドと結び、このローブが手渡される。
魔法使いにとって、黒のローブは誇りの象徴でもあった。
「初期の数値は高くないが、使用者の魔力が徐々にローブにも込められていく。着用年数によって強度が増すってことだ」
「それって、セツ様のローブは……」
「俺のローブは、剣も弾くぞ」
最強の魔法使いはニヤリと笑ってみせた。
「魔剣なら?」
ロワメールの問いに、セツはしばし考えた。魔剣など、めずらしすぎて実物を見たのは『黒霧』が初めてだ。
「どうだろうな。試してみるか?」
「馬鹿なこと言わないでください」
セツの冗談に、ロワメールは眉をひそめる。
とりとめない雑談を交わしながら、入港まで和やかに過ぎていく——そう思われた時間は、しかし、突如悲鳴に覆われた。
「うわ! なんだ!?」
グラリ、と船が大きく揺れたかと思うと、そのままグラグラと激しく揺れだしたのだ。
甲板に悲鳴が響き渡る。
「ロワ様!」
カイがすぐさまロワメールに覆いかぶさった。海に落ちればただでは済まない。王子の安全確保がなにより優先だった。
「何事だ!?」
「嵐か!?」
水夫が怒鳴りながら、走り回る。
空は晴れたまま、風も穏やかなまま。だが、この船だけが大
嵐の中に放り込まれた木の葉のように、波に翻弄されていた。
「どうなってやがる!?」
ザッパァンっ! と高波が船体に打ち付ける。
何度も何度も襲い来る波に、乗客が恐怖に慄いた。
「舵を取れぇ! 波にもってかれるぞぉ!」
船長の怒鳴り声が、一際大きく指示を出す。
しかし船は波に煽られ、今にも転覆しそうだった。船体がギシギシと不吉な音を立てる。
水夫がバタバタと動き回り、甲板にいた乗客はなす術なくしゃがみこんでいた。
その状況の中、黒いローブの男が一人、甲板に立っていた。貴人の客と一緒に、一等船室を使っている魔法使いだ。
まだ若いが、妙に貫禄がある。首元のボタンの色は確かめていないが、船長は自分の直感を信じた。
「魔法使いぃぃ!」
船長の判断は早かった。
一瞬の判断ミスが生死を分ける。それが海だ。
「助けてくれ! 金貨百! それがオレに出せる上限だ!」
安い額ではない。けれど、客のほとんどが甲板に出ている。このままでは誰かが海に落ちるのも時間の問題だった。
乗員乗客の生命と積み荷、そして船そのものが守られるなら、お釣りがくる。
魔法使いはアイスブルーの目で船長を一瞥した。
「いいだろう」
短く頷くと、セツは船縁に立ち、猛る海に手をかざす。
「契約を執行する。マスター・セツの名において」
魔法の発動を感じられる者は、この場にはいない。
しかしその一言に、ぐん! と船が沈んだ、と誰もが感じた。
続く第二波の揺れに人々は身構えるが、それきり船は動かない。
まず船の周りの波が凪ぎ、それから船を中心にして、放射線状に荒れていた海が収まっていく。
海は魔法使いに従順に従い、瞬く間に元の穏やかな姿を取り戻したのだ。
「うおおおお!」
九死に一生を得、歓声が船を包みこんだ。水夫たちは諸手を上げ、乗客たちは手を取り合って喜び合う。
「さすが魔法使いだ!」
「水使いが乗り合わせていたなんて、運がいい!」
人々が歓喜に沸く中、セツはじっと陸を見つめた。
「セツ?」
その様子を訝しみ、ロワメールとカイがセツに歩み寄る。
セツの視線を追い、陸に目を向けた。
海に突き出すように伸びた海岸線にはゴツゴツとした巨岩が転がるばかりで、人影はない。
しかし。
「お前、狙われる心当たりはあるか?」
「ぼく!?」
セツに聞かれ、ロワメールはギョッとした。
「ないないないないない!」
慌てて首を振る。けれど自信はないらしく、側近筆頭に確認を取る。
「ないはず……だよ? ねえ?」
「はい。そのような危険分子は私も把握していませんが……」
その身分から、絶対とは言い切れないようだった。
襲撃の際、船内を見回したが、心当たりがあるような反応をする者はいなかった。
となれば、狙いはロワメールか、セツか——。
岩々の間に、セツは黒いローブを確かに見たのである。
❖ ❖ ❖
「あら、一瞬」
クスクスと、女は赤い唇に笑みを浮かべる。
彼女の魔法は、船上の魔法使いに消し去られてしまったけれど。
「ふーん? あれが偽者、ね」
クスクス、クスクスと女は楽しげに笑い続ける。
「その地位に、我が物顔でふんぞり返っていられるのも今のうちよ」
海岸の巨石の上に立ち、女は船を見送った。
「例え周囲を欺き、どれだけその地位にしがみつこうと、所詮は紛い物」
騎士も魔法使いも彼女を恐れ、警戒こそすれ、見つけることも捕えることもできない。なにもかも、彼女の思い描いたまま、掌の上だった。
「早くいらっしゃいな」
強い風が、黒いローブとセピア色の髪をはためかせる。
「化けの皮を剥がしてあげるわ、偽者さん」
クスクスと女は笑い続けるのだった。
ヨコクの島影が見えてきたのだ。
空は快晴、波は穏やかで、長い船旅もそろそろ終わりに近付こうとしていた。
「実は、セツ様にずっとお聞きしたかったのですが」
他の人々と同じく甲板に出ていたセツを、カイがマジマジと見つめる。
「そのローブ、暑くないんですか?」
夏のギラつく太陽に照らされ、裾が長く長袖の黒いローブはどうにも暑そうだった。
またセツは陽射しに弱く、目立つ白い髪を隠すために、屋外ではいつも目深にフードを被っている。
「傍目には暑苦しいな」
セツが、軽く笑った。
遠慮なく仕事外の質問できるくらいには、セツとカイは打ち解けている。ロワメールがいるとはいえ、気を許した人間としか酒を飲まないセツが、毎晩寝落ちしていたのがその証拠だった。
名付け親と側近筆頭の距離が縮まったのは、ロワメールとしても嬉しい限りである。
「このローブは魔道具だ。なかなか優秀だぞ? 耐物理攻撃、耐魔法攻撃、ついでに耐熱、耐冷だ。俺は暑さが苦手たがら、耐熱が高めかな」
黒のローブは、魔法使いが最初に得る対価だ。掟を裏切らないという契約をギルドと結び、このローブが手渡される。
魔法使いにとって、黒のローブは誇りの象徴でもあった。
「初期の数値は高くないが、使用者の魔力が徐々にローブにも込められていく。着用年数によって強度が増すってことだ」
「それって、セツ様のローブは……」
「俺のローブは、剣も弾くぞ」
最強の魔法使いはニヤリと笑ってみせた。
「魔剣なら?」
ロワメールの問いに、セツはしばし考えた。魔剣など、めずらしすぎて実物を見たのは『黒霧』が初めてだ。
「どうだろうな。試してみるか?」
「馬鹿なこと言わないでください」
セツの冗談に、ロワメールは眉をひそめる。
とりとめない雑談を交わしながら、入港まで和やかに過ぎていく——そう思われた時間は、しかし、突如悲鳴に覆われた。
「うわ! なんだ!?」
グラリ、と船が大きく揺れたかと思うと、そのままグラグラと激しく揺れだしたのだ。
甲板に悲鳴が響き渡る。
「ロワ様!」
カイがすぐさまロワメールに覆いかぶさった。海に落ちればただでは済まない。王子の安全確保がなにより優先だった。
「何事だ!?」
「嵐か!?」
水夫が怒鳴りながら、走り回る。
空は晴れたまま、風も穏やかなまま。だが、この船だけが大
嵐の中に放り込まれた木の葉のように、波に翻弄されていた。
「どうなってやがる!?」
ザッパァンっ! と高波が船体に打ち付ける。
何度も何度も襲い来る波に、乗客が恐怖に慄いた。
「舵を取れぇ! 波にもってかれるぞぉ!」
船長の怒鳴り声が、一際大きく指示を出す。
しかし船は波に煽られ、今にも転覆しそうだった。船体がギシギシと不吉な音を立てる。
水夫がバタバタと動き回り、甲板にいた乗客はなす術なくしゃがみこんでいた。
その状況の中、黒いローブの男が一人、甲板に立っていた。貴人の客と一緒に、一等船室を使っている魔法使いだ。
まだ若いが、妙に貫禄がある。首元のボタンの色は確かめていないが、船長は自分の直感を信じた。
「魔法使いぃぃ!」
船長の判断は早かった。
一瞬の判断ミスが生死を分ける。それが海だ。
「助けてくれ! 金貨百! それがオレに出せる上限だ!」
安い額ではない。けれど、客のほとんどが甲板に出ている。このままでは誰かが海に落ちるのも時間の問題だった。
乗員乗客の生命と積み荷、そして船そのものが守られるなら、お釣りがくる。
魔法使いはアイスブルーの目で船長を一瞥した。
「いいだろう」
短く頷くと、セツは船縁に立ち、猛る海に手をかざす。
「契約を執行する。マスター・セツの名において」
魔法の発動を感じられる者は、この場にはいない。
しかしその一言に、ぐん! と船が沈んだ、と誰もが感じた。
続く第二波の揺れに人々は身構えるが、それきり船は動かない。
まず船の周りの波が凪ぎ、それから船を中心にして、放射線状に荒れていた海が収まっていく。
海は魔法使いに従順に従い、瞬く間に元の穏やかな姿を取り戻したのだ。
「うおおおお!」
九死に一生を得、歓声が船を包みこんだ。水夫たちは諸手を上げ、乗客たちは手を取り合って喜び合う。
「さすが魔法使いだ!」
「水使いが乗り合わせていたなんて、運がいい!」
人々が歓喜に沸く中、セツはじっと陸を見つめた。
「セツ?」
その様子を訝しみ、ロワメールとカイがセツに歩み寄る。
セツの視線を追い、陸に目を向けた。
海に突き出すように伸びた海岸線にはゴツゴツとした巨岩が転がるばかりで、人影はない。
しかし。
「お前、狙われる心当たりはあるか?」
「ぼく!?」
セツに聞かれ、ロワメールはギョッとした。
「ないないないないない!」
慌てて首を振る。けれど自信はないらしく、側近筆頭に確認を取る。
「ないはず……だよ? ねえ?」
「はい。そのような危険分子は私も把握していませんが……」
その身分から、絶対とは言い切れないようだった。
襲撃の際、船内を見回したが、心当たりがあるような反応をする者はいなかった。
となれば、狙いはロワメールか、セツか——。
岩々の間に、セツは黒いローブを確かに見たのである。
❖ ❖ ❖
「あら、一瞬」
クスクスと、女は赤い唇に笑みを浮かべる。
彼女の魔法は、船上の魔法使いに消し去られてしまったけれど。
「ふーん? あれが偽者、ね」
クスクス、クスクスと女は楽しげに笑い続ける。
「その地位に、我が物顔でふんぞり返っていられるのも今のうちよ」
海岸の巨石の上に立ち、女は船を見送った。
「例え周囲を欺き、どれだけその地位にしがみつこうと、所詮は紛い物」
騎士も魔法使いも彼女を恐れ、警戒こそすれ、見つけることも捕えることもできない。なにもかも、彼女の思い描いたまま、掌の上だった。
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