やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第二話 ギルド本部編

2ー3 名付け親は甘やかしたい

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 シノンは、魔法使いの街と呼ばれている。
 ギルド本部のお膝元であり、たくさんの黒いローブが街中を行き来しているからだ。また他所から本部を訪れる客も多く、シノンはギルドによって潤っていた。


 そして高給取りの魔法使いや、治安の良さに別邸を構える貴族を主な客筋とした、老舗高級店も多く軒を連ねている。


「若様には、こちらのお色味も髪色に映えてよろしいかと」
「ああ、綺麗な色ですね」
 若女将が、ロワメールに群青色の反物をあてて姿見の前で確認を取った。若女将と言っても、ロワメールの母親くらいの年齢である。


 シノンでも屈指の老舗であり、セツ御用達である呉服店『桔梗屋』の奥の一室だった。室内には所狭しと反物が並べられている。どれも最上級の品だが、値段を気にする客はこの店には来ない。


 セツは着物を選ぶロワメールを見ながら、向い側にちょこんと座る小さな老婆とお茶を啜っていた。カイは、シノン領主モンターニュ侯爵を訪ねている。


「まあまあセツ様、おかわりなく」
「大女将も元気そうでなによりだ」


 大女将はとっくに娘へ店を譲り、今では孫娘が『桔梗屋』を切り盛りしていたが、昔馴染みの来訪を聞きつけて足を運んでくれたのだ。


「それにしてもセツ様、ようございました」
「ん?」
「いつの間にやら、お孫様があんなにご立派になられて」
 どうやらロワメールを、セツの孫と勘違いしているらしい。
セツの生きている年数を考えれば、孫がいてもおかしくなかった。


「孫じゃない」
「これはとんだ失礼を」
 セツが苦笑すれば、大女将も自分の間違いに謝罪する。


「ひ孫!」
「もっと違う!」
 二人のやりとりに、ロワメールと若女将が堪らず笑い出す。


「おや、違うんですか? てっきりご家族だと思ったんですけどねぇ」
 髪の色も顔立ちも、なにもかも違うけれど。家族に間違われ、ロワメールはくすぐったかった。


「大女将、セツはぼくの命の恩人で、名付け親なんです」
「それはそれは、セツ様のような方が名付け親でしたら、鼻が高うございますねえ」
「ええ!」
 世辞ではないセツへの褒め言葉が、ロワメールは嬉しかった。


「こちらのお色味も、若様にはお似合いになるかと」
「どれも選び難いですね」


「ロワメール、気に入ったのか? なら、そこからそこまで」
 反物選びに悩むロワメールに、セツは部屋の端から端を指差す。
「全部、仕立ててくれ」


 うわー、と他人事のようにロワメールは感心した。
(それ言う人、初めて見た。……じゃなくて!)
 発言者が名付け親であり、品物が自分の着物であることを思い出し、ロワメールは我に返る。


「そんなにいらないよ!?」
「ん? 気に入ったなら、全部買ってやるぞ」
「いや、いらないってば」
 サラッと恐ろしいことを言うセツを、必死に押し止めた。


「セツ様は豪儀だこと。若様は大切にされてらっしゃいますねぇ」
「いやー、ははは……」
 若女将は冗談として流してくれたが、セツが本気なのをロワメールは知っていた。


 シノンに長期滞在するなら服が必要だろうと呉服店にやって来たのだが、カイが王子を着たきり雀にさせるはずがなく、ようはセツが買ってやりたいだけである。


 出来上がり次第配達してもらうことにし、女将たちに見送られ、呉服店を後にした。







 セツは迷うことなく、シノンで最も高級品を揃えている食器店にやってきた。セツ家の食器棚には客用の茶碗類も揃っていたが、味気なかろうと言って、ロワメールとカイの茶碗を買いに来たのだ。


「この店で、一番良い品を出してくれ」


 セツとロワメールを、店主は揉み手をせんばかりに出迎えた。魔法使いと、ひと目で高位貴族とわかる青年は確実に上客である。


「こちらはユフの有名窯元から取り寄せた自慢の逸品でございます。ビノゥ焼、エーゼン焼、セト焼、ココノヤ焼、どういった品がお好みでしょう?」
 店主が奥から持ち出した茶碗はどれも箱書きされた木箱に収められており、ロワメールは恐れ慄いた。


(どう考えても日常使いじゃない! 使うの怖い!)
 落とせば割れる茶碗にウン万ファランとか、考えるのも恐ろしいが、セツは買う気満々である。


「ロワメール、どれがいい?」
「ぼ、ぼくは、どれもいらないかなー」
 ゴニョゴニョと主張するが、セツは聞いてくれなかった。


「なに言ってる? 茶椀はいるだろう」
 いるけど。
 もっとお手頃価格の茶碗がいいです。


「じゃあ、その日の気分でかえれるように、いっそ全部買——」
「買わないよ!?」
 皆まで言わせず、ロワメールが待ったをかける。
 これはなにか買わなければ、納得しないやつだ。


 ロワメールは店内を見回し、素朴な味わいの茶碗を手に取った。


「ぼく、これがいい」
 それは、この店で一番安い茶碗である。セツと店主はガッカリするが、ロワメールは譲らなかった。
「こういうのが好きなんだ」


 なんとかセツの暴走を食い止めて、次はようやく昼食である。
「ロワメールは、シノンに来たのは二回目か?」
「うん。この前が最初」
「そうか。じゃあ、昼は蕎麦でいいか?」


 シノンといえば蕎麦処だった。
 セツは行く先々で、地元の美味しいものを食べさせてくれる。
(セツも、そうだったのかな)


 三百年前、オジ師匠に連れられ、国中を見て回ったと言っていた。行く先々で、その地の郷土料理を師匠と食べたのだろうか。


「次はどこ行くの?」
「後は食料だな」
 蕎麦を啜りながら、買い物の相談をする。


 セツは盛り蕎麦だけだが、ロワメールは盛り蕎麦に炊き込みご飯、天ぷらと食欲旺盛だった。
 

「セツは……それだけで足りるの?」
 毎度のことだが、ロワメールは心底不思議そうだ。まだまだ食べ盛りの青年にとっては、セツの少食は心配になる。
 

「天ぷらいる?」
「いらない」
 ロワメールはナスの天ぷらを渡そうとするが、セツは笑って遠慮した。


「ロワメールは子どもなんだから、いっぱい食べろ」
「だから、ぼくもう十八だから子どもじゃないってば。大人だよ」
 皇八島では十八歳から成人とみなされる。名実共に、ロワメールは立派な大人なのだ。


「……それはともかく」
「なんでともかく!?」 


 目が合い、二人して笑い合う。
 なんてことない会話。ごくありふれた日常——。
 ロワメールは、この平凡な日常こそ望んだのだ。


 名付け親がマスターでなければ、ロワメールが王子でさえなければ、叶ったかもしれない毎日。


(けど、しばらくはこんな日を送ることができる……)
 ロワメールは、セツといることが楽しくてしかたなかった。
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