やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

文字の大きさ
57 / 218
第二話 ギルド本部編

2ー16 ジュールとロワメール

しおりを挟む
 王子様を見ていて、わかったことがある。

 それは、あの明るい笑顔は絶対に魔法使いには向けられない、ということだった。
 ギルドで見せる横顔は凛として高貴で、必要に迫られた時に見せる微笑みはとても綺麗だったけれど。マスターへの笑顔を見た後では、どこか空虚だ。
 そしてなにより、王子様は自分から魔法使いと関わろうとはしない。
 街では誰にでも、あれほど気さくに笑いかけるのに。

(そういう、ことか……)

 初めて会った時、レオに向けられたあの眼差しこそが、全てを物語っていたのだ。

「魔法使いが、お嫌いですか?」

 水筒をあおる王子様に、ジュールは問いかけた。
 泉のほとりにある岩に腰かけたまま、ロワメールは目を上げる。すでに一頻り汗をかいた後で、小休止中だ。
 亜麻色の髪に明るい水色の瞳の、一見美少女にしか見えない小柄な魔法使いは、少し気弱な笑みを浮かべて王子様の答えを待つ。

「……嫌いだよ」
 ロワメールは真意を測るようにジュールを見つめ、わずかな躊躇いの後、口を開いた。

「理由をお聞きしても?」
 予想通りの答えだったが、面と向かって肯定され、ジュールは少し悲しい気持ちになった。
 本当は、適当に誤魔化されると思っていたので、正直に言ってくれただけうんと良いのだけれど。

 ロワメールは小さく息と共に苛立ちを吐き出すと、逆に聞き返した。
「……君なら、自分の家族を人殺しと呼ぶ奴らを好きになれるのか?」
「………!」
 その言葉と双眸に秘められた憎しみが、ジュールに深い衝撃を与えた。

 どれだけ冷静を装おうと、色違いの瞳には抑えきれない怒りが宿っている。
『魔法使い殺し』ーー自分達にとっては、マスターの二つ名。畏怖の象徴。
 けれど、魔法使い以外にとってはーー。

(自分達の無神経な言動が、殿下を傷付けていたんだ……!)
 そんな、当然のことに思い至らなかった自分が恥ずかしく、指摘されなければ気付かなかった自分の鈍さが腹立たしい。
 ロワメールはマスターが魔法使い殺しと呼ばれる度に、ずっと心を痛めていたのだ。

「申し訳ございませんっ!!」
 ジュールは勢いよく頭を下げた。
 謝ったからと言って、許されるとは思わない。
 けれど、謝る以外にどうしたらいいのかもわからなかった。

「どうして、君が謝る?」
 ロワメールはかわらず、冷淡に尋ねた。
「どうしてって……」
「君は一度も、セツを『魔法使い殺し』とは呼んでいないだろう?」
 瞳には冷ややかな怒りを湛えたまま、それでもロワメールは公正だった。それは王子としての資質か。ロワメールの矜持か。
 ジュールはセツのことを、ずっと『マスター』と呼んでいた。そして最初から、最強の魔法使いとして恭しく接している。
 だからこそ、つっけんどんでも、ジュールとは言葉を交わしているのだ。

「ぼくも聞きたいことがある」
 罪悪感と自責の念にかられながらも、ジュールはその声に顔を上げた。
 青と緑の瞳が、ジュールを見つめている。
「何故、セツの弟子になりたいと?」

 淡々とした口調からは、ロワメールの感情は読み取れない。
 それでもその質問が、王子にとって大きな意味を持つだろうことは、ジュールにも理解できた。
 なんと答えるのが正解か、わからないけれど。
「……マスターを、カッコいいと思ったんです」
 ジュールは、素直に自分の気持ちを語った。
「マスターだからじゃなくて、セツサマがカッコいいと思ったんです。魔法使いとしても、大人としても」

 自分の気持ちをうまく表現できず、ジュールは少しもどかしげだ。
 マスターに対する憧れを。
 マスターに感じた衝動を。
 ロワメールにきちんと伝えることが難しい。
 簡単に言葉にできるほど、マスターへの感情は浅くも小さくもなかった。長い年月温めてきた憧れは、深く大きく、ジュールの中に根付いている。
 そして目の当たりにした、想像を遥かに上回る強さ。その強さに揺さぶられた心を、なんと言い表せばいいのか。

 それでも、ロワメールにはジュールの言いたいことは伝わっていた。
(……その気持ちを、ぼくも知っている)
 それは、ロワメールがセツに抱いている感情に、似ている気がする。

 セツが、最強の魔法使いだからじゃない。
(セツだから)
 他の誰でもなく、セツだからこそ。

「ずっと、マスターに興味がありました。どんな人なんだろうって。憧れていたんです」
 魔法使いの家系で生まれたジュールは、自然とマスターの話を聞いて育った。
 何百年と生きる、最強の魔法使い。
 全ての属性の、全ての魔法を無詠唱で行う、たった一人のマスター。

「あの日、初めてマスターにお会いして、その魔法をこの目で見て……なんてカッコいいんだろうって」
 あの時の興奮と感動を、きっとジュールは生涯忘れない。
 思い描いていたマスターよりも、もっとずっと、ひたすらにカッコよくて。
 魔法使いとしては言わずもがな。その強さ、センス、なにもかもが最高だった。

 ジュールにとって、これまで目標としてぼんやりと見上げていたのは兄と姉だったが、セツを見て、明確な目指すべき姿を見たと思ったのだ。
 この人の下で学びたい。そう強く思った。
 その上、不躾に弟子志願をしたジュールにも、弟子を取らない理由をきちんと説明してくれた。
 それが、ジュール達を思ってのことだとわかった時、マスターが、ただ強いだけの人ではないと知った。

「ああなりたいって、セツサマのようになりたいって、心の底から思ったんです」
 ジュールは少し照れ臭そうに、でもはっきりと言い切った。

「ふーん」
 ロワメールは、つまらなそうに返事をしただけである。
 ジュールは自分の返答が及第点に達しなかったかと焦るが、色違いの瞳に不快感は浮かんではいなかった。

(セツがカッコいいのなんて、ぼくが一番知ってるし)
 子供っぽい対抗心が、ロワメールの中にムクムクと頭をもたげる。
 けれど、魔法使いだから、という理由でジュールを嫌えなくなったのも、また事実である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

精霊が俺の事を気に入ってくれているらしく過剰に尽くしてくれる!が、周囲には精霊が見えず俺の評価はよろしくない

よっしぃ
ファンタジー
俺には僅かながら魔力がある。この世界で魔力を持った人は少ないからそれだけで貴重な存在のはずなんだが、俺の場合そうじゃないらしい。 魔力があっても普通の魔法が使えない俺。 そんな俺が唯一使える魔法・・・・そんなのねーよ! 因みに俺の周囲には何故か精霊が頻繁にやってくる。 任意の精霊を召還するのは実はスキルなんだが、召喚した精霊をその場に留め使役するには魔力が必要だが、俺にスキルはないぞ。 極稀にスキルを所持している冒険者がいるが、引く手あまたでウラヤマ! そうそう俺の総魔力量は少なく、精霊が俺の周囲で顕現化しても何かをさせる程の魔力がないから直ぐに姿が消えてしまう。 そんなある日転機が訪れる。 いつもの如く精霊が俺の魔力をねだって頂いちゃう訳だが、大抵俺はその場で気を失う。 昔ひょんな事から助けた精霊が俺の所に現れたんだが、この時俺はたまたまうつ伏せで倒れた。因みに顔面ダイブで鼻血が出たのは内緒だ。 そして当然ながら意識を失ったが、ふと目を覚ますと俺の周囲にはものすごい数の魔石やら素材があって驚いた。 精霊曰く御礼だってさ。 どうやら俺の魔力は非常に良いらしい。美味しいのか効果が高いのかは知らんが、精霊の好みらしい。 何故この日に限って精霊がずっと顕現化しているんだ? どうやら俺がうつ伏せで地面に倒れたのが良かったらしい。 俺と地脈と繋がって、魔力が無限増殖状態だったようだ。 そしてこれが俺が冒険者として活動する時のスタイルになっていくんだが、理解しがたい体勢での活動に周囲の理解は得られなかった。 そんなある日、1人の女性が俺とパーティーを組みたいとやってきた。 ついでに精霊に彼女が呪われているのが分かったので解呪しておいた。 そんなある日、俺は所属しているパーティーから追放されてしまった。 そりゃあ戦闘中だろうがお構いなしに地面に寝そべってしまうんだから、あいつは一体何をしているんだ!となってしまうのは仕方がないが、これでも貢献していたんだぜ? 何せそうしている間は精霊達が勝手に魔物を仕留め、素材を集めてくれるし、俺の身をしっかり守ってくれているんだが、精霊が視えないメンバーには俺がただ寝ているだけにしか見えないらしい。 因みにダンジョンのボス部屋に1人放り込まれたんだが、俺と先にパーティーを組んでいたエレンは俺を助けにボス部屋へ突入してくれた。 流石にダンジョン中層でも深層のボス部屋、2人ではなあ。 俺はダンジョンの真っただ中に追放された訳だが、くしくも追放直後に俺の何かが変化した。 因みに寝そべっていなくてはいけない理由は顔面と心臓、そして掌を地面にくっつける事で地脈と繋がるらしい。地脈って何だ?

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

「犯人は追放!」無実の彼女は国に絶対に必要な能力者で“価値の高い女性”だった

佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・エレガント公爵令嬢とフレッド・ユーステルム王太子殿下は婚約成立を祝した。 その数週間後、ヴァレンティノ王立学園50周年の創立記念パーティー会場で、信じられない事態が起こった。 フレッド殿下がセリーヌ令嬢に婚約破棄を宣言した。様々な分野で活躍する著名な招待客たちは、激しい動揺と衝撃を受けてざわつき始めて、人々の目が一斉に注がれる。 フレッドの横にはステファニー男爵令嬢がいた。二人は恋人のような雰囲気を醸し出す。ステファニーは少し前に正式に聖女に選ばれた女性であった。 ステファニーの策略でセリーヌは罪を被せられてしまう。信じていた幼馴染のアランからも冷たい視線を向けられる。 セリーヌはいわれのない無実の罪で国を追放された。悔しくてたまりませんでした。だが彼女には秘められた能力があって、それは聖女の力をはるかに上回るものであった。 彼女はヴァレンティノ王国にとって絶対的に必要で貴重な女性でした。セリーヌがいなくなるとステファニーは聖女の力を失って、国は急速に衰退へと向かう事となる……。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
神に選ばれ、魔素の循環する界へと送り込まれたのは――現代の薬師。 剣も魔法も扱えない彼が憑依したのは、戦闘力ゼロの商人見習いの少年だった。 彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。 「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。 これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。 【カクヨムでも掲載しています】 表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)

「追放された雑用係の俺、《真理の鑑定眼》で隠れた天才を集めたら最強パーティになっていた」

きりざく
ファンタジー
ブラック企業で過労死した男は、異世界に転生し《真理の鑑定眼》を授かった。 それは人や物の“本当の価値”、隠された才能、そして未来の到達点までを見抜く能力だった。 雑用係として軽視され、ついには追放された主人公。 だが鑑定眼で見えたのは、落ちこぼれ扱いされていた者たちの“本物の才能”だった。 初見の方は第1話からどうぞ(ブックマークで続きが追いやすくなります)。 評価されなかった剣士、魔力制御に欠陥を抱えた魔法使い、使い道なしとされた職業―― 主人公は次々と隠れた逸材を見抜き、仲間に迎え入れていく。 やがて集ったのは、誰もが見逃していた“未来の最強候補”たち。 鑑定で真価を示し、結果で証明する成り上がりの冒険が始まる。 これは、見る目のなかった世界を置き去りに、 真の才能を集めて最強パーティへと成り上がる物語。

拝啓。私を追い出した皆様へ! 化け物と噂の辺境伯に嫁がされましたが噂と違い素敵な旦那様と幸せに暮らしています。

ハーフのクロエ
恋愛
 公爵家の長女のオリビアは実母が生きている時は公爵家令嬢として育ち、8歳の時、王命で王太子と婚約して12歳の時に母親が亡くなり、父親の再婚相手の愛人だった継母に使用人のように扱われていた。学園の卒業パーティーで婚約破棄され、連れ子の妹と王太子が婚約してオリビアは化け物と噂のある辺境伯に嫁がされる。噂と違い辺境伯は最強の武人で綺麗な方でオリビアは前世の日本人の記憶持ちで、その記憶と魔法を使い領地を発展させて幸せになる。

【完結】儚げ超絶美少女の王女様、うっかり貧乏騎士(中身・王子)を餌付けして、(自称)冒険の旅に出る。

buchi
恋愛
末っ子王女のティナは、膨大な魔法力があるのに家族から評価されないのが不満。生まれた時からの婚約者、隣国の王太子エドとも婚約破棄されたティナは、古城に引きこもり、魔力でポーションを売り出して、ウサギ印ブランドとして徐々に有名に。ある日、ティナは、ポーションを売りに街へ行ってガリガリに痩せた貧乏騎士を拾ってきてしまう。お城で飼ううちに騎士はすっかり懐いて結婚してくれといい出す始末。私は王女様なのよ?あれこれあって、冒険の旅に繰り出すティナと渋々付いて行く騎士ことエド。街でティナは(王女のままではまずいので)二十五歳に変身、氷の美貌と評判の騎士団長に見染められ熱愛され、騎士団長と娘の結婚を狙う公爵家に襲撃される……一体どう収拾がつくのか、もし、よかったら読んでください。13万字程度。

処理中です...