やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

文字の大きさ
87 / 218
第二話 ギルド本部編

46 湖上の黒城15 玉座の間 行け!

しおりを挟む
 フレデリクの詠唱が、玉座の間に朗々と響く。
 その声に呼応し、大地が、空気が鳴動した。
 ゴゴゴゴッと、低い唸りが地を揺るがす。

(この魔法さえ決まれば……!)
 リュカが歯を食いしばりながら、祈るように詠唱を聞いていた。
 防御魔法は魔者の攻撃にギシギシと悲鳴を上げ、今にも破れてしまいそうだった。

(後一節……!)
 それで終わりだ!

 フレデリク最大の攻撃魔法『帰正反本』は、大気ごと大地に飲み込み圧縮する。フレデリクが本気を出せば、山ひとつ消し去ることも可能だ。
 その魔法が、魔者に焦点を合わせ発動するーー直前。
「させぬと言った!」
 バリンッ! と、音のない破壊音を上げ、防御が打ち砕かれる。

「ぐああああああああっっっ!!!!!」
 リュカが、フレデリク諸共床にもんどり打った。間髪入れず、オドレイ達の魔法が炸裂する。
 目まぐるしく入れ替わる攻防に、耳をつんざく着弾音。爆煙が、戦場に立ち込めた。 

「くっ……」
 フレデリクは打ち付けられた地面から身を起こし、ギリと歯噛みした。
(『帰正反本』を阻止された!)
 薄れる煙の先で次第に明確になる黒い影は、荒い息をしながらも両足で空中に立ち、地上を見下ろしている。

(あの魔法だけは、外せなかったのに!)
 ここまでの戦闘で皆、体力も魔力も限界だった。満足に戦える者はもういない。
 フレデリクのミスだった。もっと早くに『帰生反本』を撃たねばならなかった。

「フレデリクさん! すみません! オレが……!」
「リュカ、みんなを連れて退却しろ」
 謝るリュカを遮り、素早く命じる。

 リュカは、ピタリと口を閉ざした。
「なに言ってんすか? フレデリクさんは?」
 その意味を理解して、リュカの声が震える。

「おれはここであいつを食い止める。リュカはマスターを探せ」
「ならオレも、フレデリクさんと残る!」
「ダメだ」
 魔者から目を離さず、フレデリクはリュカの意見を却下した。
 魔者は宙空に浮いたまま、肩で息をしている。全身に傷を負い、右手で押さえた左の脇腹からは大量の白い粒子がーー魔力が溢れ出していた。

「リュカ、わかっているだろ?」
 眉間にシワを寄せ、リュカは俯く。
「言うこと聞けないなら破門な?」
「なっ……フレデリクさん、師匠なんて柄じゃないって、結局弟子にしてくれてないじゃないっすか!」

 あはは、とフレデリクは笑った。
「そうだったな……」
 懐かしさが、どっと押し寄せてくる。確かにそんなことを言った気がした。あの時は、この子はまだ魔法学校の生徒だったか。ヤンチャな子供は、それからずっとそばにいる。
 あの頃に比べて、リュカは強くなった。
 もう一人前の魔法使いとして、一人でもやっていける。

「リュカ、お前がみんなを守るんだ」
 逃げろ、と言えばリュカは意地でも退かない。逆に、守れ、と言われればリュカは拒めなかった。
 卑怯なのはわかっている。
 だが、なんと罵られようと、フレデリクには若い魔法使いを守る責任がある。
 なにより、こんな自分を慕い、ずっとついてきた弟分を死なせたくなかった。

「リュカ、頼む」
「ズルいっすよ、兄貴」
「うん。ごめん」
 穏やかにさえ聞こえる声音で、小さく謝った。本当に悪いと思っているのか、その微笑みからはわからない。

「自分が残ります」
 項垂れるリュカに、一人の魔法使いが近付いた。
 リュカはその言葉に耳を疑う。
 フレデリクが身を挺して彼らを逃がそうとしているのに、誰がそれを踏みにじるのか。
「自分に家族はいません。だから」
「お前、なに言ってんだ!」
 立ち上がりざま、リュカはガッとランスの襟元を掴んだ。

「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ! 家族がいないからなんだ! 死んでいいとでも言うつもりか!」
「でも、そうしないとフレデリクさんが」
「お前ならいいのか!?」
 容赦ない力で締められ、ランスが顔を歪める。それでもリュカは手を緩めなかった。
「魔法使いは実力主義の個人主義、だがなぁ、黒のローブを羽織った以上、お前はオレ達の仲間なんだよ! ふざけんな!」
「自分は、大切な人を魔族に殺される人を見たくないだけです」
「お前が死んだら、意味ねーだろうが!」

 フレデリクが肩に手を置き、熱くなるリュカをランスから引き離す。
「ランス、リュカの言う通りだ。自分の半分しか生きてない奴にこんな美味しい役、やるわけないだろう?」
 フレデリクも頑としてランスの言い分を認めなかった。
 この若さで復讐に生きる青年をむざむざ死地に追いやれば、死んでも死にきれない。

「ランスの家族を殺したのはあいつか?」
「違います」 
「なら、生きてそいつを殺せ」
 これ以上は問答無用と、フレデリクは話を打ち切った。
 ローブを翻し、リュカ達に背を向ける。

「行け!」

 薄灰色の視線を遮るように、フレデリクは魔者の前に立ち塞がった。魔者がその気になれば、満身創痍のリュカ達に勝ち目はない。

 魔者は薄灰色の瞳に憎しみを滾らせ、地上を見下ろしていた。
 脇腹が痛むのか、忌々しげに魔法使いを睨みつけるだけで手を出す気配はない。
(やはりこの魔者は、なにか隠している)
 魔者の目的が、未だ杳として知れない。
 自らを傷付けた人間に激昂ながら、何故攻撃してこないのか。
 
「待たせたかな」
「自惚れるな、魔法使い。貴様ら風情に用はない」
「言ってくれるね。……じゃあ」
 吐き捨てる魔者に、フレデリクは不愉快げに唇を歪める。

「誰を、待ってるんだい?」

 魔者は音もなく地面に降り立つ。
 避けられぬ戦いなのは、お互いわかっていた。
 


 戦闘が始まる前に退避すべく、リュカはレオを肩に担ぎ、三級魔法使いが待つ入り口へと向かった。
「リュカさん……」
「喋んな」
 レオは居た堪れなかった。リュカがどんな気持ちか。考えるだけで胸が潰れそうだった。
 怖いくらい表情の消えた横顔が、前だけを睨む。
 そのリュカの足が、不意に歩みを止めた。
「……マスター」

 掠れる声に、レオが目を上げる。
 リュカの視線の先に、漆黒のローブを羽織る魔法使いがいた。

 やや目つきの悪いアイスブルーの瞳に、白い髪……その人の姿に、期せずしてヒュッと喉から悲鳴が漏れた。
 声を、上げることができない。喉が凍りついたように動かない。喉だけではない。手も足も動かなかった。

 魔者を凌駕する恐怖に襲われ、魔法使い達は立ち竦む。
 のしかかる威圧感は、マスターが一歩近付くごとに大きくなった。
 リュカの頬に、つ、と冷たい汗が流れる。目だけでマスターを追った。
 圧力の正体が、マスターから漏れ出る魔力だとわかったのは、怒りを帯びた冷たい眼差しを見たからだ。

「フレデリク、下がれ」
 フレデリクは、命じられるがまま後退する。
「お前が元凶か」
 睨み据えるセツに、魔者はニヤリと笑ってみせた。 


 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽

2024/07/19、加筆修正しました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

精霊が俺の事を気に入ってくれているらしく過剰に尽くしてくれる!が、周囲には精霊が見えず俺の評価はよろしくない

よっしぃ
ファンタジー
俺には僅かながら魔力がある。この世界で魔力を持った人は少ないからそれだけで貴重な存在のはずなんだが、俺の場合そうじゃないらしい。 魔力があっても普通の魔法が使えない俺。 そんな俺が唯一使える魔法・・・・そんなのねーよ! 因みに俺の周囲には何故か精霊が頻繁にやってくる。 任意の精霊を召還するのは実はスキルなんだが、召喚した精霊をその場に留め使役するには魔力が必要だが、俺にスキルはないぞ。 極稀にスキルを所持している冒険者がいるが、引く手あまたでウラヤマ! そうそう俺の総魔力量は少なく、精霊が俺の周囲で顕現化しても何かをさせる程の魔力がないから直ぐに姿が消えてしまう。 そんなある日転機が訪れる。 いつもの如く精霊が俺の魔力をねだって頂いちゃう訳だが、大抵俺はその場で気を失う。 昔ひょんな事から助けた精霊が俺の所に現れたんだが、この時俺はたまたまうつ伏せで倒れた。因みに顔面ダイブで鼻血が出たのは内緒だ。 そして当然ながら意識を失ったが、ふと目を覚ますと俺の周囲にはものすごい数の魔石やら素材があって驚いた。 精霊曰く御礼だってさ。 どうやら俺の魔力は非常に良いらしい。美味しいのか効果が高いのかは知らんが、精霊の好みらしい。 何故この日に限って精霊がずっと顕現化しているんだ? どうやら俺がうつ伏せで地面に倒れたのが良かったらしい。 俺と地脈と繋がって、魔力が無限増殖状態だったようだ。 そしてこれが俺が冒険者として活動する時のスタイルになっていくんだが、理解しがたい体勢での活動に周囲の理解は得られなかった。 そんなある日、1人の女性が俺とパーティーを組みたいとやってきた。 ついでに精霊に彼女が呪われているのが分かったので解呪しておいた。 そんなある日、俺は所属しているパーティーから追放されてしまった。 そりゃあ戦闘中だろうがお構いなしに地面に寝そべってしまうんだから、あいつは一体何をしているんだ!となってしまうのは仕方がないが、これでも貢献していたんだぜ? 何せそうしている間は精霊達が勝手に魔物を仕留め、素材を集めてくれるし、俺の身をしっかり守ってくれているんだが、精霊が視えないメンバーには俺がただ寝ているだけにしか見えないらしい。 因みにダンジョンのボス部屋に1人放り込まれたんだが、俺と先にパーティーを組んでいたエレンは俺を助けにボス部屋へ突入してくれた。 流石にダンジョン中層でも深層のボス部屋、2人ではなあ。 俺はダンジョンの真っただ中に追放された訳だが、くしくも追放直後に俺の何かが変化した。 因みに寝そべっていなくてはいけない理由は顔面と心臓、そして掌を地面にくっつける事で地脈と繋がるらしい。地脈って何だ?

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

「犯人は追放!」無実の彼女は国に絶対に必要な能力者で“価値の高い女性”だった

佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・エレガント公爵令嬢とフレッド・ユーステルム王太子殿下は婚約成立を祝した。 その数週間後、ヴァレンティノ王立学園50周年の創立記念パーティー会場で、信じられない事態が起こった。 フレッド殿下がセリーヌ令嬢に婚約破棄を宣言した。様々な分野で活躍する著名な招待客たちは、激しい動揺と衝撃を受けてざわつき始めて、人々の目が一斉に注がれる。 フレッドの横にはステファニー男爵令嬢がいた。二人は恋人のような雰囲気を醸し出す。ステファニーは少し前に正式に聖女に選ばれた女性であった。 ステファニーの策略でセリーヌは罪を被せられてしまう。信じていた幼馴染のアランからも冷たい視線を向けられる。 セリーヌはいわれのない無実の罪で国を追放された。悔しくてたまりませんでした。だが彼女には秘められた能力があって、それは聖女の力をはるかに上回るものであった。 彼女はヴァレンティノ王国にとって絶対的に必要で貴重な女性でした。セリーヌがいなくなるとステファニーは聖女の力を失って、国は急速に衰退へと向かう事となる……。

巻き込まれた薬師の日常

白髭
ファンタジー
神に選ばれ、魔素の循環する界へと送り込まれたのは――現代の薬師。 剣も魔法も扱えない彼が憑依したのは、戦闘力ゼロの商人見習いの少年だった。 彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。 「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。 これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。 【カクヨムでも掲載しています】 表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)

「追放された雑用係の俺、《真理の鑑定眼》で隠れた天才を集めたら最強パーティになっていた」

きりざく
ファンタジー
ブラック企業で過労死した男は、異世界に転生し《真理の鑑定眼》を授かった。 それは人や物の“本当の価値”、隠された才能、そして未来の到達点までを見抜く能力だった。 雑用係として軽視され、ついには追放された主人公。 だが鑑定眼で見えたのは、落ちこぼれ扱いされていた者たちの“本物の才能”だった。 初見の方は第1話からどうぞ(ブックマークで続きが追いやすくなります)。 評価されなかった剣士、魔力制御に欠陥を抱えた魔法使い、使い道なしとされた職業―― 主人公は次々と隠れた逸材を見抜き、仲間に迎え入れていく。 やがて集ったのは、誰もが見逃していた“未来の最強候補”たち。 鑑定で真価を示し、結果で証明する成り上がりの冒険が始まる。 これは、見る目のなかった世界を置き去りに、 真の才能を集めて最強パーティへと成り上がる物語。

拝啓。私を追い出した皆様へ! 化け物と噂の辺境伯に嫁がされましたが噂と違い素敵な旦那様と幸せに暮らしています。

ハーフのクロエ
恋愛
 公爵家の長女のオリビアは実母が生きている時は公爵家令嬢として育ち、8歳の時、王命で王太子と婚約して12歳の時に母親が亡くなり、父親の再婚相手の愛人だった継母に使用人のように扱われていた。学園の卒業パーティーで婚約破棄され、連れ子の妹と王太子が婚約してオリビアは化け物と噂のある辺境伯に嫁がされる。噂と違い辺境伯は最強の武人で綺麗な方でオリビアは前世の日本人の記憶持ちで、その記憶と魔法を使い領地を発展させて幸せになる。

【完結】儚げ超絶美少女の王女様、うっかり貧乏騎士(中身・王子)を餌付けして、(自称)冒険の旅に出る。

buchi
恋愛
末っ子王女のティナは、膨大な魔法力があるのに家族から評価されないのが不満。生まれた時からの婚約者、隣国の王太子エドとも婚約破棄されたティナは、古城に引きこもり、魔力でポーションを売り出して、ウサギ印ブランドとして徐々に有名に。ある日、ティナは、ポーションを売りに街へ行ってガリガリに痩せた貧乏騎士を拾ってきてしまう。お城で飼ううちに騎士はすっかり懐いて結婚してくれといい出す始末。私は王女様なのよ?あれこれあって、冒険の旅に繰り出すティナと渋々付いて行く騎士ことエド。街でティナは(王女のままではまずいので)二十五歳に変身、氷の美貌と評判の騎士団長に見染められ熱愛され、騎士団長と娘の結婚を狙う公爵家に襲撃される……一体どう収拾がつくのか、もし、よかったら読んでください。13万字程度。

処理中です...