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第三話 魔者の花嫁編
3ー28 にゃんにゃ! にゃーにゃ!
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子ネコは見知らぬ人間におびえ、ロワメールの手の中を安全な場所と認識している。
「君、本当に魔獣?」
「ホントに魔獣です。っていうかロワサマ、そんなに懐かれて、なにしたんですか?」
大きな緑の目を真ん丸にして、三人の人間を敵か味方か見定めいる子ネコにとって、どうやらロワメールだけが信じられる存在らしい。
「なんにもしてないよ! 近寄って来たこの子を撫でて、抱っこしただけで……」
「エサとかあげませんでした?」
「あげてない。そもそも魔獣は大気や大地の魔力を吸収するから、食事は必要ないって聞いたよ」
これも、花緑青から教わった話である。余談として、必要はないが、花緑青は人間の食べ物がお気に入りだった。
「……にしても、まさに全幅の信頼を寄せるという感じですね。その顔は、魔獣にも有効なんでしょうか?」
「そんなの知らないよ!」
人間には効果絶大なロワメールの美麗な顔面を、最大限有効活用しようと日々画策している側近筆頭である。
しかしふざけた物言いに隠れて、その細いタレ目は気取られぬようレオール兄弟の反応を探っていた。
今の危うさに、ジュールは気付いていない。ジスランは興味ない風だが、この男は侮れない。
(ずいぶん頭が切れると、ジル殿も言っていた)
レオール伯爵家は魔法使いの排出に特化し、魔法使いとして確固たる地位を築いているので、権力に欲を見せない。ジスランも、一切興味を示していなかった。
けれどこの状況は、ロワメール第二王子は魔族と通じていると取られかねない危険なものだ。
より厳密には、魔族と通じていると、でっち上げることが可能な状況である。
大貴族の多くはロワメールを可愛がるが、敵もゼロではない。反第二王子派に、いつ足元を掬われるともしれない。
ジスランが敵方に通じているとは考え難いが、危険は種のうちに摘んでおかねば。
(例えジル殿の兄であろうと、ロワ様に敵対するなら容赦は――)
「カイ。顔怖いよ」
ロワメールの囁きが、側近を現実に引き戻す。
色違いの瞳が理知的な光を宿し、小さく笑った。
「とりあえず、飼い主探し。この子に関してわからないことは、セツに聞こ」
ロワメールも、自分の置かれている立場をよく理解している。そして、カイがなにを警戒しているかもわかっていた。
だがあからさまな警戒は、時に相手に弱点を晒すことになる。
いつもの笑顔が剥がれ落ちていたカイは、すぐに普段の顔に戻った。
「これは、私としたことが」
細いタレ目の利点は、笑ってなくとも笑って見えることだ。少し口角を上げるだけで笑顔に見え、人の心を油断させる。
「では仰せのままに。飼い主探しをしましょうか」
カイはいつものニコニコとした笑みを浮かべて、魔法使い兄弟を促した。
子ネコはすこぶるご機嫌で、ロワメールに抱かれている。しっぽをユラユラさせて、まるで景色を眺めているかのようだ。
ロワメール以外に抱かれることを拒むので、結局、ロワメールの腕の中に収まっている。代わりに横にはジュールがピッタリと張りつき、一行はカヤ神殿群から南、街の南東部に移動した。
真夏の昼日中、住宅街では行き交う人の数は限られる。すれ違う人に子ネコとファイエットのことを尋ねるが、成果はない。
「君、どこから来たかわかる?」
聞くと子ネコは大きな目でロワメールを見上げて、しっぽを振った。ひょっとしたら返事をしているのもしれないが、残念ながらロワメールにはわからない。
固まっていても非効率なので、カイとジスランも離れすぎない距離でそれぞれ飼い主を探していたが、それが災いした。
「やあ、キミたち、なにかお困りのようだね。私たちが力になってあげるよ」
中途半端な長さの前髪を、ファッサアとカッコつけて掻き上げながら、二人組の若者が声をかけてきた。服装から見るに、下級貴族のボンボンか。
ジュールがサッと前に出て、王子を庇う。
「ああ、そんなに怖がらないで。私たちは見ての通り、由緒正しい皇八島貴族だよ。お困りの旅の方をお助けするのは、紳士の務めだからね」
誰が怖がっているのか。
薄っぺらい誠実さをひけらかす青年貴族に、ロワメールは白けた表情を向けた。
台詞は立派だが、下心が見え透いている。
胡散臭いことこの上ないし、絶対ロワメールとジュールを女の子と間違えている。お忍びで遊びに来た、どこかの令嬢とでも思っているに違いなかった。
防犯のために、高貴な女性が男装することもある。ロワメールは腰に魔剣『黒霧』を差しているが、模造刀とでも思っているのかもしれなかった。
「ファイエットという名前の金髪の女性薬師と、子ネコの飼い主を探しています。ご存知ありませんか?」
念のために、ジュールが問いかける。こんな輩に聞くのは癪だが、情報に罪はない。
「んー、その薬師は知らないけど、あっちの方で、キョロキョロなにか探してる女の子なら見かけたよ」
「本当ですか!?」
期待してなかったが、まさかの情報にジュールとロワメールはパッと笑みを浮かべる。
「あの、あっちの方ってどの辺り……」
「私たちが案内しよう。キミたち、地元の人間じゃないでしょう?」
「そうそう。さ、キミも遠慮しないで。一緒においで、魔法使い」
キザったらしく、男の一人がジュールの肩に手を回す。
「ちょっ……放して」
華奢なジュールが男の腕を振り払おうとするが、男は笑って取り合わない。
「ちょっと! 間違えてるみたいだから教えておくけど、ぼくら男だからね!」
「あー、ハイハイ、男の子ね」
ロワメールの言葉を信じず、もう一方の男がその腕に手を伸ばそうとした、その時。
「フーッ!」
「うわっ!? なんだ!?」
これまで大人しかった子ネコがロワメールの手の中ですっくと立ち上がり、背中を丸めて威嚇する。
「にゃにゃ! にゃーにゃ!」
緑の目を怒りに染め、子ネコは男に牙を剥いた。
これまで大人しかった子ネコが凶暴化し、人間を襲おうというのか。
ロワメールから、スッと血の気が引いた――。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうございます!
3ー29 は10/11(金)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
「君、本当に魔獣?」
「ホントに魔獣です。っていうかロワサマ、そんなに懐かれて、なにしたんですか?」
大きな緑の目を真ん丸にして、三人の人間を敵か味方か見定めいる子ネコにとって、どうやらロワメールだけが信じられる存在らしい。
「なんにもしてないよ! 近寄って来たこの子を撫でて、抱っこしただけで……」
「エサとかあげませんでした?」
「あげてない。そもそも魔獣は大気や大地の魔力を吸収するから、食事は必要ないって聞いたよ」
これも、花緑青から教わった話である。余談として、必要はないが、花緑青は人間の食べ物がお気に入りだった。
「……にしても、まさに全幅の信頼を寄せるという感じですね。その顔は、魔獣にも有効なんでしょうか?」
「そんなの知らないよ!」
人間には効果絶大なロワメールの美麗な顔面を、最大限有効活用しようと日々画策している側近筆頭である。
しかしふざけた物言いに隠れて、その細いタレ目は気取られぬようレオール兄弟の反応を探っていた。
今の危うさに、ジュールは気付いていない。ジスランは興味ない風だが、この男は侮れない。
(ずいぶん頭が切れると、ジル殿も言っていた)
レオール伯爵家は魔法使いの排出に特化し、魔法使いとして確固たる地位を築いているので、権力に欲を見せない。ジスランも、一切興味を示していなかった。
けれどこの状況は、ロワメール第二王子は魔族と通じていると取られかねない危険なものだ。
より厳密には、魔族と通じていると、でっち上げることが可能な状況である。
大貴族の多くはロワメールを可愛がるが、敵もゼロではない。反第二王子派に、いつ足元を掬われるともしれない。
ジスランが敵方に通じているとは考え難いが、危険は種のうちに摘んでおかねば。
(例えジル殿の兄であろうと、ロワ様に敵対するなら容赦は――)
「カイ。顔怖いよ」
ロワメールの囁きが、側近を現実に引き戻す。
色違いの瞳が理知的な光を宿し、小さく笑った。
「とりあえず、飼い主探し。この子に関してわからないことは、セツに聞こ」
ロワメールも、自分の置かれている立場をよく理解している。そして、カイがなにを警戒しているかもわかっていた。
だがあからさまな警戒は、時に相手に弱点を晒すことになる。
いつもの笑顔が剥がれ落ちていたカイは、すぐに普段の顔に戻った。
「これは、私としたことが」
細いタレ目の利点は、笑ってなくとも笑って見えることだ。少し口角を上げるだけで笑顔に見え、人の心を油断させる。
「では仰せのままに。飼い主探しをしましょうか」
カイはいつものニコニコとした笑みを浮かべて、魔法使い兄弟を促した。
子ネコはすこぶるご機嫌で、ロワメールに抱かれている。しっぽをユラユラさせて、まるで景色を眺めているかのようだ。
ロワメール以外に抱かれることを拒むので、結局、ロワメールの腕の中に収まっている。代わりに横にはジュールがピッタリと張りつき、一行はカヤ神殿群から南、街の南東部に移動した。
真夏の昼日中、住宅街では行き交う人の数は限られる。すれ違う人に子ネコとファイエットのことを尋ねるが、成果はない。
「君、どこから来たかわかる?」
聞くと子ネコは大きな目でロワメールを見上げて、しっぽを振った。ひょっとしたら返事をしているのもしれないが、残念ながらロワメールにはわからない。
固まっていても非効率なので、カイとジスランも離れすぎない距離でそれぞれ飼い主を探していたが、それが災いした。
「やあ、キミたち、なにかお困りのようだね。私たちが力になってあげるよ」
中途半端な長さの前髪を、ファッサアとカッコつけて掻き上げながら、二人組の若者が声をかけてきた。服装から見るに、下級貴族のボンボンか。
ジュールがサッと前に出て、王子を庇う。
「ああ、そんなに怖がらないで。私たちは見ての通り、由緒正しい皇八島貴族だよ。お困りの旅の方をお助けするのは、紳士の務めだからね」
誰が怖がっているのか。
薄っぺらい誠実さをひけらかす青年貴族に、ロワメールは白けた表情を向けた。
台詞は立派だが、下心が見え透いている。
胡散臭いことこの上ないし、絶対ロワメールとジュールを女の子と間違えている。お忍びで遊びに来た、どこかの令嬢とでも思っているに違いなかった。
防犯のために、高貴な女性が男装することもある。ロワメールは腰に魔剣『黒霧』を差しているが、模造刀とでも思っているのかもしれなかった。
「ファイエットという名前の金髪の女性薬師と、子ネコの飼い主を探しています。ご存知ありませんか?」
念のために、ジュールが問いかける。こんな輩に聞くのは癪だが、情報に罪はない。
「んー、その薬師は知らないけど、あっちの方で、キョロキョロなにか探してる女の子なら見かけたよ」
「本当ですか!?」
期待してなかったが、まさかの情報にジュールとロワメールはパッと笑みを浮かべる。
「あの、あっちの方ってどの辺り……」
「私たちが案内しよう。キミたち、地元の人間じゃないでしょう?」
「そうそう。さ、キミも遠慮しないで。一緒においで、魔法使い」
キザったらしく、男の一人がジュールの肩に手を回す。
「ちょっ……放して」
華奢なジュールが男の腕を振り払おうとするが、男は笑って取り合わない。
「ちょっと! 間違えてるみたいだから教えておくけど、ぼくら男だからね!」
「あー、ハイハイ、男の子ね」
ロワメールの言葉を信じず、もう一方の男がその腕に手を伸ばそうとした、その時。
「フーッ!」
「うわっ!? なんだ!?」
これまで大人しかった子ネコがロワメールの手の中ですっくと立ち上がり、背中を丸めて威嚇する。
「にゃにゃ! にゃーにゃ!」
緑の目を怒りに染め、子ネコは男に牙を剥いた。
これまで大人しかった子ネコが凶暴化し、人間を襲おうというのか。
ロワメールから、スッと血の気が引いた――。
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