やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第三話 魔者の花嫁編

3ー49 願う未来

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 ロワメールがうーんと伸びをすると、ちゃぷん、とお湯が鳴った。
「朝風呂最高だね、セツ」
「だなぁ」
 セツはのんびり湯に浸かり、存分に温泉を満喫している。

 朝日を浴びながら、セツと並んで露天風呂を貸し切り……控えめに言っても最高だった。
 カイとジュールは庭園を散歩し、ジスランは夢の中だ。ミエルはジュールが連れて行ってくれている。

「ね、今度はソウヅに行こうよ。一緒にさ」
「おー、いいなぁ」
「で、ソウヅの次は別のとこ!」
 温泉大国である皇八島には、各島に秘湯、名湯がある。色んな島を巡って、各地の温泉に入ってもいい。セツのお気に入りの温泉を旅してもいい。
 これからも、もっと、ずっと一緒に。

「いいなぁ」
 セツは次を思い描き、笑ってくれる。

 マスターとしての生き方しか知らないセツに、もっと楽しんでもらいたい。
 喜んでもらいたい。
 笑ってもらいたい。
 
 生も死も 望むがままに与えましょう
 
 その一文が、ロワメールの頭にこびりついて離れなかった。

「旅行、楽しかった?」
「楽しいよ」
「ホントに? ホントのホントに!?」

 名付け親がどちらを望んでいるのかわからない。
(けど、楽しければ、笑ってくれているなら)

『生』を、望んでくれるかもしれない――。
 
 胸に巣食う不安は、今にもロワメールを飲み込んでしまいそうだった。
 不安で不安で堪らなくて。
 セツが、どちらを望んでいるのかわからないから。

「うわ!?」
 急に、お湯に濡れてびしょびしょの手が、銀の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「な、なに?」
 突然撫でられ、ロワメールの思考が霧散する。

「俺は、お前がいてくれたら十分だよ」
 滴るお湯の向こうで、アイスブルーの目が優しくロワメールを見つめている。

「温泉に入れたのは、もちろん嬉しい。でも、例え氷室で寝てたって、お前が元気で、笑っていたら、俺はそれで十分なんだ」
 違うのに。
 ぼくが聞きたいのは、そういうことじゃないのに。

(ぼくじゃなくて、セツが楽しくないと意味がないのに)
 
 けれどそれ以上は、怖くてロワメールは聞けなかった。





『冬椿』の庭園は見事なものだった。中央に池を配し、様々に組み合わされた庭石や草木により、四季折々の景色が演出されている。

「それで、私にどういった用かな?」
 そぞろ歩きを楽しんでいたジュールは、カイの質問にピタリと足を止めた。

「おや、そんなに驚かなくてもいいでしょう? ジュールが私と二人でなんて、なにか話があると思うのでは?」
 ジュールは、腕の中でジタジタ暴れ出したミエルを地面に降ろしてやる。最初こそロワメール以外に抱かれることを嫌がったが、みんなに可愛がられて、今ではすっかり警戒心を解いていた。

 早速庭園を探検し始めたミエルを視界の端に収めながら、カイを見上げる。
 カイはいつものようにニコニコと笑っているが、細い目の奥は笑っていなかった。
 それでもジュールは怯まず、カイを見つめ返す。

「ロワメール殿下に、お仕えしたいです」
 一言一句に力を込めて、言葉を紡ぐ。

「それは、黒のローブを着て、という意味かな?」
 カイは表情をかえずに、静かに問い返した。

「はい」
 ジュールは鳥肌を覚える。
(やっぱりカイサマは、ボクの考えなんかお見通しだ)

 いかなる権力にも与せず

 魔法使いとして仕官したいと願うことは、禁忌に繋がる。ジュールの望みは、本来魔法使いとしてありえないものなのだ。
 それでも言葉の端々から、ジュールの願いをカイは見抜いていた。

「ローブさえ脱げば、君なら仕官の道が開けると思うけど?」
「魔法使いを辞める気はありません」
 ジュールははっきりと言い切る。

「貴族であり魔法使いであるボクだから、できることがあるはずです。ボクにしか、できないことがあると思います」
 それがなにかは、まだわからないけれど。
 ジュールの立場が、きっとロワメールの役に立つはずだ。

「なるほど」
 カイは顎に指を添え、満足げに微笑んだ。その笑みは、側近筆頭に及第点を貰えた証拠でもある。

 側近として召し抱えるか否か、決めるのはロワメールだが、側近筆頭に王子の判断を仰ぐに値しないと評価されれば、ジュールの未来はそこで途切れる。

「カイサマなら、魔法使いでありながら殿下にお仕えする方法をご存知だと兄が言っていました。その方法を、ボクに教えてください」

 望んだからといって、王子の側仕えができるほど世の中は甘くない。
 ならば、どうすればロワメールに仕えることができるのか。

「ジュールは家柄、経歴共に申し分ありません」
 木に登ったはいいが、足が竦んでみゃあみゃあ鳴くミエルをカイは片手ですくい上げ、そっと地面に降ろしてやる。
 ジュールはレオール伯爵家次男で、魔法学校首席卒業の一級魔法使い。輝かしい家柄であり経歴だった。

「ただ、惜しむらくは実績がないことです」
「実績……」
 ジュールは悔しげに下を向く。
 春に魔法学校を卒業して、たった五ヶ月。実績なんて積めようはずもない。
 先日の魔者討伐も、討伐隊に加わってはいたが、実際に魔者とは戦っていなかった。

「どうすれば……」
「あるでしょう? 実力を示せるいい機会が」
 意味ありげな台詞に、ジュールも閃く。
「ギルド祭の四属性対抗試合!」

「ええ。優勝しろとは言いません。ですが、最低でも出場してください」
 四属性対抗試合は、各属性で予選を行い、勝ち抜いた一名のみが本戦に出る。
 下馬評では、炎使いジスランとベテラン土使いフレデリクが、昨年に引き続き優勝争いをすると目されていた。その二人を押し退け、若いジュールに優勝を求めるのは酷すぎる。しかし本戦に出場できれば、水使い最強の肩書きは得られるのだ。

「できますか?」
「やります」
 新人のジュールがどこまで通用するか、不安はある。だが、このチャンスを掴むためには、本気で挑まなければならない。

「その実績があれば、後は私がなんとかします」
 自信たっぷりにカイは腕を組む。
 まるで、もうすでに手を回してあるかのような……。

(いや、この人は、きっと兄さんと同じだ)
 常に人の何手先も見据えて動いている。
 前例のない人事にギルドも宮廷も難色を示すだろうが、ギルドはジスランが、宮廷はカイがなんとかしてくれる。
 これ以上頼もしい助っ人はいなかった。

「ジュールは、予選を勝ち抜くことだけに集中してください」
「全力を尽くします」
 緊張と不安を飲み込み、ジュールはカイに約束した。


 

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 3ー47 ふたりの魔主 は12/25(水)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
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