やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第三話 魔者の花嫁編

3ー50 ふたりの魔主

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 少年魔主の小さな体が、大きな椅子に沈み込んでいた。しかしお構いなしに、花緑青はふんぞり返る。

「ふん、趣味の悪い居城よの」
 組んだ膝小僧をプラプラと揺らした。

 壁も床も天井も、花緑青の座る豪華な椅子までも、全てが白い。磨き抜かれた石を模した床にも、彼の座る革張りめいた椅子にも傷ひとつなかった。

「どんだけ自分が好きなんじゃ」
 頬杖をつき、花緑青は毒づく。

 白い空間は、花緑青を迎えるにあたり急ぎ作られた一室だ。
 この城同様、王の力により生み出された、さしずめ応接室といったところか。

 広い部屋には、中央にハの字に置かれた二脚の椅子のみ。茶を淹れた茶器もなければそれを置くテーブルも、花を生ける花瓶もない。
「客人をもてなす配慮が足りぬな」

「せっかく遊びに来てくれたのに、ひどいなぁ」
「わしが、なにをしに来たって?」
 不機嫌を全面に表し、緑の目がジロリと城の主を睨んだ。

 白い部屋に、その青年の姿だけが浮かび上がる。
 漆黒の髪と瞳は新月の夜ように暗く艷やかで、はだけた胸元から見える白い肌がゾッとするほどの色香を放つ。
 ゆったりとした上衣も細いズボンも黒一色で、飾りのなさが逆に青年の壮絶な美しさを際立たせた。

「アハハ、ごめんごめん。緑のがオレの城に来てくれたことが嬉しくて、つい」
 青年は人好きにする笑顔を浮かべるが、花緑青はフンと鼻を鳴らす。
 白々しいとは、まさにこのことだ。

「どういうことか、説明してもらおうか?」
 少年王は、対面に座る男を冷ややかに見据える。

「本来ならそなたがわしの所に出向くべきを、いつまで経っても謝罪に来ぬので、わし自らこうして来てやったのだ。わしが納得できる理由を、きっちりと述べよ」 

「オレも急な事態で、状況を把握できなくてね。緑のにきちんと説明できるよう、情報を集めるのに手間取ってたんだ」
「………」
「配下の独断だが、オレの監督不行き届きは否めない。申し訳なかった」
 形ばかりの謝罪に、花緑青の緑の双眸がギラリと光る。

「わしは、わしが納得できる理由をきっちり述べよ、と言うたはずだが?」
「そう言われてもなぁ」
 男は肩を竦めると、空惚けた。

「あいつが勝手にしたことだから、結局オレにもよくわからなくて」
「あくまでシラを切るつもりか」

 のらりくらりと追及を交わす男に、花緑青が片目を眇める。それだけで、少年とは思えぬ威圧感が空気を重く塗り替えた。

「わしの島に無断で侵入し、好き勝手しながら、まさかそれで済むと思うておるまいな」
「それに関しては悪かった。死んだ配下に代わってオレが謝る。すまなかった」
 これ以上この少年魔主を怒らせるべきではないと、男は素直に頭を下げた。

「緑の王の怒りはもっともだ。ただ、オレに一言の断りもなくしでかしたことだから、どれだけ責められても、あいつがなにを考えていたかはわからない」
「配下の教育ひとつ、できていないと?」

「これは手厳しい。だが、あいつは魔法使いに殺されたわけだし、今回はこの辺りで手を打ってくれないか?」
 よく動く舌で、知らぬ存ぜぬの一点張りを繰り返す。

「それにしても、なあ、あいつ強いな? 薄墨を片手で片付けるとか」
 耐え切れず、クツクツと男から笑いが漏れた。面白くて仕方ないとばかりに、唇が愉悦に歪む。

「おっと、誤解しないでくれよ? オレは配下の暴挙に気付いて、慌てて様子を視ただけだ」
 悪びれる気配は一切なかった。どころか、配下の罪を悔やむでもなく、失ったことを悲しむでもなく。

「なあ、緑の。あのオモチャ、オレにくれない?」

 興奮を隠しきれない漆黒の瞳に、花緑青が片眉が跳ね上がった。
 その瞬間、ピシピシッ! と音を立てて壁一面に亀裂が入る。

「寝言は寝てから言え」
 花緑青は苛立ちのまま席を立った。

「黒よ、わしは寛大故、一度は許してやろう」
 だが、次はない――。
 警告を残し、花緑青は黒の王の居城から姿を消した。





「おお、怖い怖い」
 クックッと肩を揺らして、夜々は面白そうに笑う。

「我が君――」
 花緑青が消えた白い部屋に、配下の魔者が膝をついていた。漆黒の髪を持つ六にんの魔者は、その力を表し誰もが美しい。

「あのまま帰して、よろしかったのですか?」
 配下のひとりが、怒りに震える。

「んー、今日のところは放っておけ。緑のも、オレと事を構える気はないだろうし」
 配下とは反対に、夜々は上機嫌だった。ゆったりと椅子に座り直し、長い足を組む。

「しかし、我が君!」
 怒りの収まらぬひとりが、膝を進めて進言した。
「我が君に対し、あのような無礼な態度。いかに緑の王といえど、許せませぬ!」

 夜々の受けた侮辱を雪がんと勇む配下に、黒の王は冷たい一瞥をくれる。
「オレは、放っておけと言ったが?」

 そのたった一言に、配下の魔者たちは恐怖に身を竦ませ、床に頭を擦りつけんばかりに低頭した。
「も、申し訳ございません……っ!」
 
「あんなふざけたナリをしていても、最古の王がひとり。お前たちが束になったところで、軽く捻り潰されてしまうぞ」
 ヒラリと手を振り、夜々は一瞬で機嫌を戻す。

 今の夜々は、面白そうなオモチャに夢中だった。手に入らないからこそ、恋するように焦がれ求める。

 最古の王が執心する人間――それは、いたく夜々の好奇心を刺激した。
 だから彼は、ほんの少し、ちょっかいをかけた。

 けれど、彼が目を付けた人間の女は、戦いもせず牙を抜かれてしまった。
 それがますます、夜々の興味を掻き立てた。

 ――なあ、誰か、オレのために死んでくれよ。
 そこで、玉座に座る男は配下にそう命じた。

 ――我が君のためならば、喜んでこの命を捧げましょう。
 ――ああ、いい子だね、薄墨。
 配下の魔者は、盲目的に夜々を崇拝する。死ねと言われれば、疑問を抱かず命を差し出すほどに。

 進み出たひとりの魔者に、夜々は嫣然と微笑みかけた。

 ――あいつの実力が知りたいんだ。ちょっと遊んで来てよ。
 死を命じる声は蜜のように甘く、毒のように心を溶かす。

 ――ただし、人間は殺すな。あいつは本気を見るのはオレだから。
 その時を夢想し、夜々は恍惚と目を閉じた。ゾクゾクと背筋に興奮が走る。

 ――緑の王の怒りに触れてもよろしいでしょうか?
 ――許す。オレを楽しませてくれ。

 そして夜々は、配下の成果に満足した。
 オモチャは予想以上の強さを見せつけ、おまけに弱点まで晒してくれたのだ。
 優秀な配下は、どこまでも夜々を喜ばせてくれる。

(その弱点が銀の子どもとは、恐れ入ったが)
 ククッと夜々は忍び笑いを漏らした。
 彼の手駒が、役に立つやもしれない。

「さて、次はどうやって遊ぼうか……」
 これ以上ちょっかいをかければ、今度こそ本当に緑の王が怒り出すだろう。
 しかし、計略を練るのすら楽しく、夜々はかつて感じたことのない高揚感に包まれていた。




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 3ー51 ネコと暮らす幸せ は12/27(金)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
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