やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第四話 王都次代編

4ーPrologue ラギ王歴1624年紫陽花月キキ島 

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 重く垂れ込めた灰色の雲からは、今にも雨が降り出しそうだった。

「うっ……ひっく……、お父さまぁ……ひっく……」
 幼い少女が、父の棺の前でポロポロと涙を流していた。
 隣には故人の妻だった女性が、眉ひとつ動かさずにじっと前を向いている。キツい目元に涙の跡はなく、悲しみを読み取る術はない。

「お父さまぁ……お父さまぁ……!」
 少女の泣き声が、参列者の涙を誘う。

「お可哀そうに……。ご令嬢もまだ小さくて、お心残りであろうに……」
「前妻のブランシュ様が亡くなって、まだ五年だというのに、今度はセール伯爵まで」
「再婚なされてまだ一年も経っていないのに」
「本当に。これからようやく幸せになれると言う時に……」

 年若い伯爵の死を、誰もが悼んだ。
 天までも悲しむかのように、ぽつ、ぽつと静かに雨が降り出す。

「どうしてセール伯爵は、あんな女を後妻に選ばれたのかしら」
「ご覧になって。取り乱すどころか、涙すら流さない。血も涙もないっていうのは、まさにあの女のことですわね」

 ひそひそと囁きあうのは、参列者の一番後ろにいる令嬢たちだった。
 毅然として喪主を務める伯爵夫人を忌々しげに睨みつける。

「幼いルーちゃんがあんなに泣いているのに慰めもしないで」
「所詮は継母。血の繋がってない子に、愛情なんてありはしないのですわ」
 その声はまるでインクが水に滲むように、亡き伯爵を悼む参列者の列に溶けていく。

「セール伯爵夫人はジゼル様こそが相応しかったのに」
「わざわざ他領から乗り込んで、ジゼル様を押しのけ後妻に収まるからよ。いい気味だわ」
「およしになって」
 静かな声が、葬儀の場には不釣り合いな滴る毒をたしなめた。

「も、申し訳ありません、ジセル様」
 令嬢たちは、ブレットゥ伯爵令嬢に慌てて謝罪する。
 美しい令嬢は自分の顔色を窺う友人たちに、寂しげに微笑んだ。

「いいのよ。貴女方の気持ちは、ちゃんと伝わっているわ。でも今は、愛する伯爵様と静かにお別れをさせてちょうだい」
 泣き腫らした目は深く沈み、こんな遠くからしか伯爵との別れを許されぬ自分の立場を耐え忍ぶ。

 降り始めの雨の雫は、結い上げられた金茶の髪にまるで真珠のように散り、黒い喪服に身を包んだ乙女を飾った。

 ポツポツと降る雨粒が次第に大きくなりはじめ、地面の色をかえ始める。
 
 グラリと足元が揺れたのは、雨脚が強くなり始めた、そんな時だった。

「きゃあああああー!」
「じ、地震だ!」 
 グラグラと大地が大きく揺れ動く。埋葬を見守る参列者が悲鳴を上げた。
 
 幼い少女もまた、突然の揺れにおびえ、継母の腕の中でぎゅっと目をつぶる。
 なにが起こったのか。
 少女が恐る恐る瞼を上げた時には、地震はすでに止まっていた。





「ルー、食べなさい」
 継母の声に、ルーはビクリと肩を震わす。
 少女の目の前に置かれた夕食は、すっかり冷めていた。手を付けた様子は一切ない。

 食堂には、今やセール伯爵夫人エヴァと令嬢のルーだけが食卓についていた。年老いたメイドが料理を運び、片足の悪い執事が配膳する。

「ほしくない」
 俯き、着物をギュッと握りしめてルーは訴えた。

 ルーの隣の席には、大きなネコのぬいぐるみが座っている。生前父が買ってくれた、最後のプレゼントだ。
 ルーは片時も、このネコのぬいぐるみを放さなかった。

「ルー! いい加減になさい!」
「だって、お腹空いてない! ほしくない! ほしくないのぉ!」
 そう言って、ポロポロと大粒の涙を零して泣き始める。

「ルー!」
 エヴァと叱責と、パリンッ! と窓ガラスの割れる音が重なる。

「キャー!」
「奥様!」

 静かだった夕べが、一瞬で悲鳴に包まれた。
 窓際に座っていたエヴァの腕から、ポタポタと血が流れる。
 割れた窓ガラスが飛び散り、エヴァの皮膚を切り裂いていた。

「救急箱! 早く!」
「大丈夫です。たいしたことないわ」
 屋敷の見回りと、負傷した伯爵夫人の治療のため、使用人がバタバタと部屋から走り出る。

「奥様、屋敷に異常はありませんでした。庭に誰かがいた形跡もありません」

 執事の報告に、メイドたちが不安に顔を見合わせた。
「じゃあ、どうして……」

 強風による飛来物でも、庭に不審者がいたわけでもない。無論室内にいた人間が、窓ガラスを割ったわけでもなかった。

 では、何故、窓ガラスが割れたのか。
 使用人たちは、気味の悪い出来事に誰もが不安を覚え、肩を寄せ合った。

 湿った夜風が、割れた窓から室内に入り込む。紫陽花月特有のシトシトと降りしきる雨が、窓辺を濡らした。生暖かなじっとりとした空気が、屋敷の住人にまとわりつく。

 ルーは、ぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめた。
 ぬいぐるみのガラス玉の目に、血を流す継母の姿が映る。

 腕を押さえ、痛みに耐える継母に、ルーはガタガタと震えることしかできなかった。





「今すぐ出て行きなさい! クビよ!」
「そんな……! 奥様、私はお部屋の片付けをしようとしただけで」
 バジリッ、と伯爵夫人の手の中で、手のひらに打ち付けた扇子が鳴る。

「お黙りなさい! 言い訳は結構!」
「お許しくださいませ、奥様! 私には病気の『弟』が……!」
 その一言に、エヴァの細い眉がキュッと跳ね上がった。

「出ておいき!」
 夫人は怒りに肩を震わせ、メイドは逃げるように屋敷をあとにする。

 亡き伯爵の書斎の扉は開け放たれ、机の抽斗は探られ、床には本が散乱していた。
 エヴァは唇をわななかせ、声を殺して涙を流す。
 年老いたメイドと足の悪い執事が、立ち尽くす夫人の背中を見つめていた……。


 


 セール伯爵家に起こった不可思議で不気味な現象は、これだけで終わらなかった。
 その後も、幾枚ものガラスが割れ、火の気のない部屋で突如カーテンが燃え上がり、庭の木々が枯れ始め――。

 そんな日々が続く中、使用人が一人辞め、二人辞め……当主を亡くしたセール伯爵家は没落の一途を辿る。
 いつしかその怪異は人々の知るところとなり、『セール伯爵家の呪い』とまことしやかに囁かれることとなった。

 そして幼い少女は自室に閉じこもり、部屋から出てこようとはしなかった――。




 ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ 

 
 ❖ お知らせ ❖


読んでくださり、ありがとうこざいます!
第四話 王都次代編 始まりました。

なお第四話より、毎週水曜日の投稿を予定しております。もし万が一間に合わなければ、でき次第投稿します! そんな事態にならないよう頑張ります!

4ー1 マスター・オジ は、4/2(水)の21時頃に投稿を予定しています。
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