やさしい魔法使いの起こしかた

青維月也

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第四話 王都次代編

4ー1 マスター・オジ

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「セ、セ、セ、セツーーー!!!」 
 血相をかえたロワメールが、バタバタと廊下を走る。

 それはまだ海月、ロワメールがセツと暮らし始めてしばらく経った頃のこと――。

「どうした?」
 セツは、夕飯のおかずの味見をしているところだった。納得のいく味だったのか、火を止め、菜箸を置く。

 バタンと音を立てた扉の向こうに、ロワメールがゼーゼーと息を切らして立っていた。全速力で台所まで駆けてきたようだ。

「あの絵!」
「どの絵だ?」
「あの! ぼくの部屋に飾ってある海の絵!」

 ロワメールの部屋は元はセツが使っていた子ども部屋で、家具類もセツの持ち物だ。
 その中でも壁に飾られた、煌めく陽光が眩しい、青く透明な海の絵はロワメールのお気に入りだった。

「あの絵! 作者! もしかしてレント!?」
「なんでレントを知ってるんだ?」
 セツが不思議そうに聞き返す。

「なんでもかんでも、レントは皇八島を代表する画家だよ! 王立美術館にもレントの絵が展示されてる!」
「へえ、あいつ、本当に有名になったんだな」
 テーブルに夕飯を並べるセツには、いまいちことの重大さが伝わらない。

「あの絵一枚で、何百万ファランもするかもしれないんだよ!」
「レントですか。それはまた大物ですねぇ。未発表の作品でしたら、下手をしたら何千万ファランもするかもしれませんよ」
 書類の整理をしながら、食堂からカイが口を添える。

「ほら、二人共、そろそろできるぞ。手を洗ってこい」
 しかし、芸術に興味もなければ、金に頓着もしないセツの反応は薄い。セツの対価がいくらかとか、資産がどのくらいあるとかは知らないが、何千万ファランと聞いても微動だにしないところを見ると、恐ろしいほどあるのは間違いなかった。

「――だからね、レントは光の画家って呼ばれてて、ファンも大勢いる凄い人なんだよ」
 夕飯を食べながら、ロワメールが続ける。

「ぼくは鑑定士じゃないけど、あのサインもタッチも、レントのもので間違いないと思う」

 テーブルには、牛肉のしぐれ煮、揚げだし豆腐、冬瓜のあんかけ、きゅうりの酢の物に、茄子の味噌汁が並んでいた。

「お前、絵に興味なんてあったのか?」
「いやぁ、別に興味はないけど……」
 やけに詳しいロワメールにセツは感心したが、王子様は正直に否定した。単なる王族の基礎教養である。

「ですが、レントは人物画の大家。作品に風景画はありませんよ?」
 同名の別人の可能性もあるのではないか、とカイが指摘する。

「ああ、それはな。俺が、海の絵がいいって言ったんだ」
「あの絵、買ったんじゃないの?」
「レントが描いてくれたんだよ。最初は俺を描くとか言うから、自分の絵なんていらないし、それなら海の絵がいいって言ったんだ」
 これにはさすがに、ロワメールもカイも呆気に取られた。

「セツ様、まさかレントと知り合いなんですか?」
「師匠の飲み友達で、うちにもよく来てたんだ。いつも世話になってるお礼に、せめて絵を描くって」
 三百年生きる歴史の生き証人は伊達ではない。

「これは、美術史家やレントファンが聞いたら泣いて喜びそうですねぇ」
「レントは、いつか絶対有名になってやるって言ってたけど、本当にそうなったんだな」
 セツにとっては世紀の大発見より、昔馴染みが夢を叶えて大成した方が嬉しいようだった。

「セツの師匠は本当に見識が広くて、審美眼に優れた人だったんだね」
 ロワメールのオジへの評価は、謎に高い。この家の景観が根拠のようだが、立地が良いのは偶然の産物である。

「あいつに芸術なんてわかるもんか」
 セツは毒づき、揚げだし豆腐を口に運ぶ。上半分の衣はカリッと、出汁に浸った下半分は味が染み柔らかく、いい出来だった。

「言っただろ? ろくでもない奴だったんだって。子どもの俺を連れて賭場に行くわ、酒場でドンチャン騒ぎするわ」
「子連れで賭け事はまずいよね」
「セツ様、せがまれてもロワ様を賭場には連れて行かないでくださいね。お供なら私がしますから」
「行くわけないだろ!」
 ロワメールが軽く笑って相槌を打ち、カイは茶化してみせる。

「それにしても、聞けば聞くほど、興味しか湧いてきませんねぇ。お会いしてみたかった」
「だよねー」
 気の合うところをみせる主従に、セツは憮然とした。

「なんでだよ。無精髭はやしたおっさんだぞ?」
「それはまた」
「イメージ通りだねー」
 セツが師匠のだらしなさを訴えても、ロワメールとカイには伝わらないのか、二人は何故か頷いている。

「みっともないから剃れって言ってるのに、ワイルドでカッコいいだろ? って、髭すらちゃんと剃らない男のなにがいいのか、俺には理解不能だよ」
 いつも身だしなみを整えているセツには、無精髭も伸びた髪を適当に結っただけなのも気に入らなかったのだろう。

「男のロマンと言いますか、やはりセツ様のお師匠には一種の憧れがありますねぇ」
「どこがだよ」
 セツが面白くなさそうに、眉間にシワを寄せた。

 ――楽しいなあ、セツ。
 師匠の口癖がふと脳裏に蘇り、セツはますます顔をしかめた。

「いっつもゲラゲラ笑って、楽しい楽しいって。だらしなくて、遊んでばっかの奴のどこがいいんだか、まったく」
 セツは、師匠の話だと饒舌だ。オジへの文句ならいくらでも出てくる。
 悪口だろうとなんだろうと、それだけたくさんの思い出があるということだ。

(セツ、本当に師匠好きだよなー)
 思い出を共有することはできないけど。一緒に故人を偲ぶことはできる。

 セツの親代わりだった師匠。セツは絶対認めないけど、大好きだったオジさん。
 そこで、ロワールは重大な事実に気付いてしまった。

(待って。セツの父親代わりってことは、つまり、ぼくのお祖父さんってことじゃない!?)
 ぼく、オジ師匠の孫かー。

 心弾む楽しい妄想を膨らませ、ロワメールは会うこと叶わぬ祖父に思いを馳せるのだった。





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 4ー2 くそったれ師匠1 セツ零歳、三歳は4/9(水)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
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