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第四話 王都次代編
4ー3 くそったれ師匠2 セツ七歳、十歳
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「ほら、セツ。セーツ。目ぇ開けてみろって」
「ヤダ。絶対ヤダ!」
オジの首にぎゅーと抱きつき、セツは目を固く瞑ったまま首を振る。
「いいから。開けてみろって。見なきゃ、絶対損するぞ」
オジに促され、セツは恐る恐る目を開けた。
頬に、潮風が触れる。
眼下に広がる海は眩い太陽を反射し、まるで玻璃を散りばめたようにキラキラと輝く。
空は高く、白い雲は手を伸ばせば届きそうに近かった。海鳥は足下を飛び、そして青い海はどこまでもどこまでも続いている。
「ぅ、わぁ……」
それ以上、言葉は出なかった。幼いセツにこの壮大な美しさを言い表す語彙はなく、それ以上にこの景色に心奪われていた。
ザ、ザーン
ザザーン
耳を澄ませば、遠くに潮騒と海鳥の鳴き声が聞こえる。
海風に煽られた黒いローブのフードを被せ直し、オジはセツと同じ景色を眺めた。
「綺麗だな」
「うん」
「俺たちの住んでる世界はこんな綺麗なんだぜ。スゲーな」
オジに抱かれたまま後ろを振り返れば、青い海の中に、皇八島の緑の島々が宝石のように浮かぶ。
「気に入ったか?」
セツはいつまでも飽きずに景色に見入っている。
「お前が飛べるようになったら、いつでも見られるぞ」
「無理だよ。俺飛べないもん。オジが抱っこしてよ」
セツは、四色の魔力を持って生まれた次代だ。師匠を遥かに超える魔力量を持ち、類稀な魔法の才能を有しながら、しかし何故か、風魔法の『飛行』だけはいつまで経っても習得できなかった。
「無茶言うな。こんなデカくなって。後数年もしたら、抱っこして飛ぶなんてできなくなるぞ」
すっかり重くなったセツを抱えて、オジが苦笑した。いつまでこうして抱っこができるか。
「だから、な。飛べるようになろうか」
ニンマリと笑い、オジはなんの予告もなく、セツを抱く両手を離したのである。
「え」
浮遊感がセツを包むも、それは一瞬で。
セツは海上百メトル上空から、真っ逆さまに落下した。
「うぎゃああああああああああああっっっ!!!」
「ほーら、セツ。『飛行』発動しないと死ぬぞー」
腕を組み、落ちていくセツを呑気に眺めながら、オジは微動だにしない。
「人間死ぬ気になったら、なんでもできるって言うだろー?」
無責任に言い放つと、指で耳を掻きながら、文字通り高みの見物と洒落込んでいる。
このまま海に落ちれば、助からないのは明白だった。
『飛行』を発動できなければ、セツは海面に激突する。
けれど、どれだけ魔力を込めても浮かない。
ありったけの魔力で風を掴んでいるのに、セツは一向に浮く気配がなかった。
(浮け浮け浮け浮け浮け浮けっ!!!)
ぐんぐんと海が迫る。
ビョオビョオと鳴る風音が耳を塞ぎ、涙すらちぎれる。
潮の匂いが鼻を刺した。
波に飛んだ水滴が、ぴちょん、とセツの鼻を濡らす。
「浮けええええッッッ!!!!!」
セツは、死に物狂いで風魔法を発動させた。
落下の速度に比例し、ぐん! と風の負荷がセツの体にかかる。
はあはあと、荒い息の真下に海があった。
海面数セトルの所で、セツの体は浮いている。
「ほら、できただろ?」
いつの間に隣にいたのか、フワフワとヘンな格好で宙に浮くセツの横で、オジが笑っていた。
「オジのアホ! バカ! 人でなし! もうちょっとで死ぬとこだったじゃないか!」
オジまでフヨフヨと泳ぐように進み、着物を掴んだ途端、ボロボロと涙を零しながら思いつく限りの悪口を並べる。
「お前、怒るか泣くか、どっちかにしろよ」
結局セツはオジにしがみつき、わんわん泣いたのだった。
❖ ❖ ❖
薄暗い賭場でろうそくの灯りに照らされ、オジがゲラゲラ笑っている。
「あー、ちくしょう、負けちまった!」
負けたと言いながら、オジは楽しそうだ。
「もうひと勝負だ!」
「いいねえ、オジさん。次は勝てよ」
サイコロを弄びながら、胴元が気安く声をかける。オジはこの賭場の常連だった。
「セツ坊、干し柿食うか?」
「うん。ありがとう、親分」
この賭場を仕切る親分のそばが、セツの指定席だった。ここなら、荒くれ者に絡まれる心配もない。
二人で干し柿を食べながら、勝負に一喜一憂する賭場を眺める。
「負けたのに、なにが楽しいんだ?」
この賭場で、負けて笑っているのはオジくらいだ。
解せぬセツに、親分はフフと笑った。
「おめぇの師匠は、純粋に勝負を楽しんでるのさ」
こめかみの古傷がすごみを増す親分だが、セツに注がれる眼差しは優しい。
邪魔でしかない、客が連れてくる子どものセツを邪険にせず、こうして相手をしてくれる。一度懐に入れてしまえばとことん面倒をみる、任侠者の情の厚さを体現していた。
「勝ち負けじゃなく、博打を楽しんでる。おれたちにとっちゃあ、気持ちの良い客だよ」
「ふーん」
セツは、わかったようなわからないような返事をする。
「最初は賭場にガキ連れてきたヤバい奴だと思ったがな。セツ坊は年のわりにしっかりしてるし」
「オジあんなだから。しっかりせざるをえないんだ」
ちげぇねぇ、と親分はガハハと大口を開けて笑った。
「オジは、ぜってー勝負に飲まれねぇ。熱くならねぇ。すげぇ男だよ、おめぇの師匠は」
節ばった大きな手が、セツの白い髪を撫でる。師匠を褒められ、セツはムズムズとお尻を動かした。
「おーい、セツー。楽しいぞー。お前も来ーい。一緒にしようぜー」
オジがセツを手招く。
親分は間髪入れず、手に持ったサイコロをオジ目がけて投げつけた。
「このアホンダラ! 子どもに博打やらす気か!」
的は違わず、オジの額に命中する。
「いいか、セツ坊。おめぇの師匠はすげぇ男だが、あんな大人にだけはなるな。真っ当な大人になれよ」
「うん」
干し柿の最後の一口を飲み込み、セツは親分に約束するのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー4 くそったれ師匠3 セツ十三歳、十五歳 は、4/23(水)の夜、21時頃に投稿を予定しています。
「ヤダ。絶対ヤダ!」
オジの首にぎゅーと抱きつき、セツは目を固く瞑ったまま首を振る。
「いいから。開けてみろって。見なきゃ、絶対損するぞ」
オジに促され、セツは恐る恐る目を開けた。
頬に、潮風が触れる。
眼下に広がる海は眩い太陽を反射し、まるで玻璃を散りばめたようにキラキラと輝く。
空は高く、白い雲は手を伸ばせば届きそうに近かった。海鳥は足下を飛び、そして青い海はどこまでもどこまでも続いている。
「ぅ、わぁ……」
それ以上、言葉は出なかった。幼いセツにこの壮大な美しさを言い表す語彙はなく、それ以上にこの景色に心奪われていた。
ザ、ザーン
ザザーン
耳を澄ませば、遠くに潮騒と海鳥の鳴き声が聞こえる。
海風に煽られた黒いローブのフードを被せ直し、オジはセツと同じ景色を眺めた。
「綺麗だな」
「うん」
「俺たちの住んでる世界はこんな綺麗なんだぜ。スゲーな」
オジに抱かれたまま後ろを振り返れば、青い海の中に、皇八島の緑の島々が宝石のように浮かぶ。
「気に入ったか?」
セツはいつまでも飽きずに景色に見入っている。
「お前が飛べるようになったら、いつでも見られるぞ」
「無理だよ。俺飛べないもん。オジが抱っこしてよ」
セツは、四色の魔力を持って生まれた次代だ。師匠を遥かに超える魔力量を持ち、類稀な魔法の才能を有しながら、しかし何故か、風魔法の『飛行』だけはいつまで経っても習得できなかった。
「無茶言うな。こんなデカくなって。後数年もしたら、抱っこして飛ぶなんてできなくなるぞ」
すっかり重くなったセツを抱えて、オジが苦笑した。いつまでこうして抱っこができるか。
「だから、な。飛べるようになろうか」
ニンマリと笑い、オジはなんの予告もなく、セツを抱く両手を離したのである。
「え」
浮遊感がセツを包むも、それは一瞬で。
セツは海上百メトル上空から、真っ逆さまに落下した。
「うぎゃああああああああああああっっっ!!!」
「ほーら、セツ。『飛行』発動しないと死ぬぞー」
腕を組み、落ちていくセツを呑気に眺めながら、オジは微動だにしない。
「人間死ぬ気になったら、なんでもできるって言うだろー?」
無責任に言い放つと、指で耳を掻きながら、文字通り高みの見物と洒落込んでいる。
このまま海に落ちれば、助からないのは明白だった。
『飛行』を発動できなければ、セツは海面に激突する。
けれど、どれだけ魔力を込めても浮かない。
ありったけの魔力で風を掴んでいるのに、セツは一向に浮く気配がなかった。
(浮け浮け浮け浮け浮け浮けっ!!!)
ぐんぐんと海が迫る。
ビョオビョオと鳴る風音が耳を塞ぎ、涙すらちぎれる。
潮の匂いが鼻を刺した。
波に飛んだ水滴が、ぴちょん、とセツの鼻を濡らす。
「浮けええええッッッ!!!!!」
セツは、死に物狂いで風魔法を発動させた。
落下の速度に比例し、ぐん! と風の負荷がセツの体にかかる。
はあはあと、荒い息の真下に海があった。
海面数セトルの所で、セツの体は浮いている。
「ほら、できただろ?」
いつの間に隣にいたのか、フワフワとヘンな格好で宙に浮くセツの横で、オジが笑っていた。
「オジのアホ! バカ! 人でなし! もうちょっとで死ぬとこだったじゃないか!」
オジまでフヨフヨと泳ぐように進み、着物を掴んだ途端、ボロボロと涙を零しながら思いつく限りの悪口を並べる。
「お前、怒るか泣くか、どっちかにしろよ」
結局セツはオジにしがみつき、わんわん泣いたのだった。
❖ ❖ ❖
薄暗い賭場でろうそくの灯りに照らされ、オジがゲラゲラ笑っている。
「あー、ちくしょう、負けちまった!」
負けたと言いながら、オジは楽しそうだ。
「もうひと勝負だ!」
「いいねえ、オジさん。次は勝てよ」
サイコロを弄びながら、胴元が気安く声をかける。オジはこの賭場の常連だった。
「セツ坊、干し柿食うか?」
「うん。ありがとう、親分」
この賭場を仕切る親分のそばが、セツの指定席だった。ここなら、荒くれ者に絡まれる心配もない。
二人で干し柿を食べながら、勝負に一喜一憂する賭場を眺める。
「負けたのに、なにが楽しいんだ?」
この賭場で、負けて笑っているのはオジくらいだ。
解せぬセツに、親分はフフと笑った。
「おめぇの師匠は、純粋に勝負を楽しんでるのさ」
こめかみの古傷がすごみを増す親分だが、セツに注がれる眼差しは優しい。
邪魔でしかない、客が連れてくる子どものセツを邪険にせず、こうして相手をしてくれる。一度懐に入れてしまえばとことん面倒をみる、任侠者の情の厚さを体現していた。
「勝ち負けじゃなく、博打を楽しんでる。おれたちにとっちゃあ、気持ちの良い客だよ」
「ふーん」
セツは、わかったようなわからないような返事をする。
「最初は賭場にガキ連れてきたヤバい奴だと思ったがな。セツ坊は年のわりにしっかりしてるし」
「オジあんなだから。しっかりせざるをえないんだ」
ちげぇねぇ、と親分はガハハと大口を開けて笑った。
「オジは、ぜってー勝負に飲まれねぇ。熱くならねぇ。すげぇ男だよ、おめぇの師匠は」
節ばった大きな手が、セツの白い髪を撫でる。師匠を褒められ、セツはムズムズとお尻を動かした。
「おーい、セツー。楽しいぞー。お前も来ーい。一緒にしようぜー」
オジがセツを手招く。
親分は間髪入れず、手に持ったサイコロをオジ目がけて投げつけた。
「このアホンダラ! 子どもに博打やらす気か!」
的は違わず、オジの額に命中する。
「いいか、セツ坊。おめぇの師匠はすげぇ男だが、あんな大人にだけはなるな。真っ当な大人になれよ」
「うん」
干し柿の最後の一口を飲み込み、セツは親分に約束するのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
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