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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第1章・王籍の剥奪 1 祭りの終わり
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目の前に広がるラゴル平野には、黒と白の模擬戦用の服を着た騎士たちが溢れている。
ラゴル平野はフェール王国に位置して、アラガスタ、モーリグ、二グズ、三国との国境である。過去には何度も戦場となっていたが、ここ三十年は平和が続いている。
けれど本当の意味での平和ではなく、微妙なバランスで保たれた平和だ。力関係で言えば、フェールよりも他の二国よりもアルガスタが上だろう。
アラガスタが本気になれば周辺の地図は一気に書き換えられていく。
「勝者、クライス・アルブレット王子」
名を呼ばれると同時に起こった歓声に、嬉しさよりも安堵を覚えた。有力な貴族たちや大臣が信じられないという顔をしているのを見て、目的を達成できたと実感する。
弟のクリースが生まれ、王位継承権を剥奪されてからずっと価値のない王子だと言われ続けてきた。けれどクリースに対して恨む気持ちは一切ない。
価値がないということは、自分が一番理解しているからだ。でも少しくらい価値を見出してもらえたらと思って参加したのがこの模擬戦だった。
下した命令に、一寸の狂いもなく従ってくれた騎士たちに感謝を贈りたい気持ちでいっぱいになる。決まった数の伝令しか送れいない中で、足りない部分は騎士たちが意図を汲み取って動くルールになっている。
全てフェールの騎士ではあるが、勝者の布陣にいた者には褒賞金が与えられる。だから命令を出すのがフェールの者でなくても、手抜きはない。
小さなお祭りは各地で開催されるが、四国から人が集まるのは模擬戦だけだ。年に一回だけ行われる最大規模の娯楽とあって、国を上げて盛り上がる。
十五歳になって成人と認められてからずっと、父である王に参加を願い続けてきた。三年越しでやっと、願いが叶えられたのだ。
もちろん、クリースが成人して参加することになったからだと言うこともわかっている。弟が参加するのに兄が参加しないのは、体裁が悪いと考えたのだろう。
模擬戦に参加してくれていた騎士たちが戻ってきて、周りがざわつき始める。祭りの最後の宴にいち早く向かいたいのが見て取れる。
豪華な食事と酒が、フェールの王都であるフェデルに並ぶ。また城の中では、貴人たちの宴が開かれる。
一度も参加したことはないが、毎年嬉しそうな顔を見れば素晴らしいものだとわかる。
「おめでとうございます」
選ばれた花娘が、花冠を差し出してくれる。
「ありがとう」
受け取ってから、じっくりと花冠を見る。緑の茎が花に向かう程、色を薄めて花びらの黄色へと変わっていく。
フェールにだけ咲くためか、フェールの花と呼ばれている。敬愛、尊敬、憧れ……好きな相手や、尊敬する人に贈る花だ。
十八年の間に、五回だけ贈ったことがある。一番初めに贈った時を思い出していると、ふっと花冠に影ができて顔を上げる。
「ご立派でした」
従者のセラスの丁寧な言葉遣いには、どうしても違和感しかなくて苦笑する。乳母の息子だったセラスとは、物心つく前からの付き合いだったはずで気が知れている。
だから公の場で従者として完璧に切り替えられると、追い付けなくて慌ててしまうことがある。
「ありがとう」
礼を言って立ち上がろうとすると、すぐにセラスが杖を差し出してくれる。価値がない王子と言われる理由に視線を向けて、心の中でため息を吐く。
杖がなくとも歩くことはできる。けれど本当にゆっくりになってしまう。
なぜか生まれつき、左足首の動きが鈍い。完全に動かないわけではないが、王子としては価値がないと思われてしまった。
完璧にとは言わないが、剣を振るうことも馬に乗ることもできる。しかし走ることはできない。
「価値がないことは変わらないけど、何もできないわけじゃないという証明にはなっただろう?」
「すぐそういうこと言うなって」
セラスに向かって囁くと、いつも通りの囁きが返ってくる。
「けどな、そんな嬉しそうな顔はやめとけよ」
さらに続いたセラスの言葉に、無意識に頬に手を当てた。ずっと模擬戦に出たいと願い続けて、十八になって初めて許可が出たのだ。
さらに勝者になったとなれば、無意識に嬉しそうな顔になっても仕方ないと思う。一つ残念なことは、憧れていたアルガスタの王、コール・ヴァンレーが参加者ではなかったことだ。
去年までの五年間、毎年勝者はコールだった。コールの采配はいつでも的確であり、意表を突くものばかりでいつも感動させられた。
模擬戦でコールと戦えたらどれだけ楽しいかと想像しては、セラスに何度もコールのすごさを語った。
けれどやっと願いが叶うと思ったら、参加者ではなく観戦に回ってしまった。五年も続けて勝者となって遠慮してしまったからなのか、何か政治的な意図があるかは不明だった。
いつもは自分がいた観戦席の最前列にコールは座っている。癖のない綺麗な黒髪が目立って、他の者たちがコールを引き立てる装飾品に見えてしまう。
遠くから見ている時はわからなかったが、比較するものがあるとコールの背がいかに高いかもわかる。ただ座っているだけだと言うのに、明らかに他とは違うオーラのようなものがある。
ラゴル平野はフェール王国に位置して、アラガスタ、モーリグ、二グズ、三国との国境である。過去には何度も戦場となっていたが、ここ三十年は平和が続いている。
けれど本当の意味での平和ではなく、微妙なバランスで保たれた平和だ。力関係で言えば、フェールよりも他の二国よりもアルガスタが上だろう。
アラガスタが本気になれば周辺の地図は一気に書き換えられていく。
「勝者、クライス・アルブレット王子」
名を呼ばれると同時に起こった歓声に、嬉しさよりも安堵を覚えた。有力な貴族たちや大臣が信じられないという顔をしているのを見て、目的を達成できたと実感する。
弟のクリースが生まれ、王位継承権を剥奪されてからずっと価値のない王子だと言われ続けてきた。けれどクリースに対して恨む気持ちは一切ない。
価値がないということは、自分が一番理解しているからだ。でも少しくらい価値を見出してもらえたらと思って参加したのがこの模擬戦だった。
下した命令に、一寸の狂いもなく従ってくれた騎士たちに感謝を贈りたい気持ちでいっぱいになる。決まった数の伝令しか送れいない中で、足りない部分は騎士たちが意図を汲み取って動くルールになっている。
全てフェールの騎士ではあるが、勝者の布陣にいた者には褒賞金が与えられる。だから命令を出すのがフェールの者でなくても、手抜きはない。
小さなお祭りは各地で開催されるが、四国から人が集まるのは模擬戦だけだ。年に一回だけ行われる最大規模の娯楽とあって、国を上げて盛り上がる。
十五歳になって成人と認められてからずっと、父である王に参加を願い続けてきた。三年越しでやっと、願いが叶えられたのだ。
もちろん、クリースが成人して参加することになったからだと言うこともわかっている。弟が参加するのに兄が参加しないのは、体裁が悪いと考えたのだろう。
模擬戦に参加してくれていた騎士たちが戻ってきて、周りがざわつき始める。祭りの最後の宴にいち早く向かいたいのが見て取れる。
豪華な食事と酒が、フェールの王都であるフェデルに並ぶ。また城の中では、貴人たちの宴が開かれる。
一度も参加したことはないが、毎年嬉しそうな顔を見れば素晴らしいものだとわかる。
「おめでとうございます」
選ばれた花娘が、花冠を差し出してくれる。
「ありがとう」
受け取ってから、じっくりと花冠を見る。緑の茎が花に向かう程、色を薄めて花びらの黄色へと変わっていく。
フェールにだけ咲くためか、フェールの花と呼ばれている。敬愛、尊敬、憧れ……好きな相手や、尊敬する人に贈る花だ。
十八年の間に、五回だけ贈ったことがある。一番初めに贈った時を思い出していると、ふっと花冠に影ができて顔を上げる。
「ご立派でした」
従者のセラスの丁寧な言葉遣いには、どうしても違和感しかなくて苦笑する。乳母の息子だったセラスとは、物心つく前からの付き合いだったはずで気が知れている。
だから公の場で従者として完璧に切り替えられると、追い付けなくて慌ててしまうことがある。
「ありがとう」
礼を言って立ち上がろうとすると、すぐにセラスが杖を差し出してくれる。価値がない王子と言われる理由に視線を向けて、心の中でため息を吐く。
杖がなくとも歩くことはできる。けれど本当にゆっくりになってしまう。
なぜか生まれつき、左足首の動きが鈍い。完全に動かないわけではないが、王子としては価値がないと思われてしまった。
完璧にとは言わないが、剣を振るうことも馬に乗ることもできる。しかし走ることはできない。
「価値がないことは変わらないけど、何もできないわけじゃないという証明にはなっただろう?」
「すぐそういうこと言うなって」
セラスに向かって囁くと、いつも通りの囁きが返ってくる。
「けどな、そんな嬉しそうな顔はやめとけよ」
さらに続いたセラスの言葉に、無意識に頬に手を当てた。ずっと模擬戦に出たいと願い続けて、十八になって初めて許可が出たのだ。
さらに勝者になったとなれば、無意識に嬉しそうな顔になっても仕方ないと思う。一つ残念なことは、憧れていたアルガスタの王、コール・ヴァンレーが参加者ではなかったことだ。
去年までの五年間、毎年勝者はコールだった。コールの采配はいつでも的確であり、意表を突くものばかりでいつも感動させられた。
模擬戦でコールと戦えたらどれだけ楽しいかと想像しては、セラスに何度もコールのすごさを語った。
けれどやっと願いが叶うと思ったら、参加者ではなく観戦に回ってしまった。五年も続けて勝者となって遠慮してしまったからなのか、何か政治的な意図があるかは不明だった。
いつもは自分がいた観戦席の最前列にコールは座っている。癖のない綺麗な黒髪が目立って、他の者たちがコールを引き立てる装飾品に見えてしまう。
遠くから見ている時はわからなかったが、比較するものがあるとコールの背がいかに高いかもわかる。ただ座っているだけだと言うのに、明らかに他とは違うオーラのようなものがある。
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