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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第1章・王籍の剥奪 2 許嫁
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「邪魔だ」
「……!」
知らず知らずのうちに、コールばかりを見ていると、杖を持つ手に衝撃が走る。相手が転ばせようとしていたのは明らかだが、転がったのは杖と花冠だけだ。
普段から杖ばかりに頼らず、できる限り自分の足で立つようにしていたのが幸いした。すぐに振り返って、相手を確認する。
見知った後ろ姿に、浮足立った心が一気に落ちる。相手は良く知った相手……弟のクリースだった。
しっかりとした足取りと、揺れることのない重心。まるで王族であり、王位継承権を持っていることを示すような堂々とした歩き方だ。
「だから言っただろ、ほら」
再び杖を差し出してくれるセラスに、また礼を伝える。クリースに杖は必要ないというのに、なぜか目の敵にされている。
情けない兄だと思われているのか、単に性格が合わないだけか。すでに次の王となるのはクリースだと決まっているのにだ。
せっかくの兄弟であり、王位継承権を争うこともないのだから仲良くできたらと思うのに、全く上手くいかない。人に踏まれてしまう前に、少し花びらが散ってしまった花冠を拾う。
「どうすればクリースと仲良くなれるだろう」
「放っておけばいいだろ。あんなのと仲良くとか茨の道だ」
「気を付けなよ。不敬罪に問われたら助けられない」
「わかってるって。それにしても今日は特に荒れてるな」
理由は簡単に推測できる。クリースは初戦で負けたのだ。
国内限定で開催されていたのなら、勝者は間違いなくクリースだっただろう。けれどこの模擬戦は国外からも参加者を集っている。
国の代表としてではなく、あくまで個人での参加だ。けれど参加しない国があれば、策を練る者がいないとみられる。
もちろんわざと参加せずに、戦を仕掛けられて実力を見せる場合もある。国同士の駆け引きの縮小版と言えるかもしれない。
だからこそ、クリースはいつも以上に機嫌が悪いのだ。無能だと宣伝してしまったようなものだから。
「オレからしたら、クライスが参加できない方が良かったよ」
本当に心配そうな顔をされてまた苦笑してしまう。セラスは過保護なところがある。
歳も二つ上のせいか、兄がいたらこんな感じだろうかと思う。だからこそ、余計に弟に兄として認めてもらえていないのが悲しくなる。
セラスのようだったら、クリースも慕ってくれるのではないかと。
「僕は参加したかったんだから、良かったんだよ」
コールと対戦したいという想いは叶わなかったが、勝者となって目的を達成することができて嬉しかった。もちろん模擬戦は模擬戦でしかない。
実戦では全く歯が立たない可能性が高いだろう。けれど国を守れるという可能性を見せることができれば、価値のない王子ではなくなるかもしれない。
「余計に生きづらくなる未来しか見えないけどな」
何度も聞いたセラスのため息に笑ってしまう。きっとまだ勝者になれた高揚感が、少しだけだが残っていたのだろう。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。いつも通り宴には最初から参加するつもりはないから」
「それ聞いて安心した」
本気でほっとするセラスにまたも笑いが込み上げてくるが、今度は我慢する。そしてすぐに繋いでいた馬の方に向かう。
「クライス様、おめでとうございます」
馬を撫でながら待ってくれていたのか、許嫁のシーア・ブレンドに微笑まれる。
「ありがとう、シーア」
シーアに会うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。生まれる前から決められた許嫁であり、きっと王妃になると思っていたはずだ。
けれど蓋を開けてみたら、価値のない王子を押し付けられた形になってしまった。
「宴には参加しないのですか?」
「僕はいかない。もう自室に戻ろうと思っている」
「夜のパーティーには参加されますか?」
本当ならシーアをエスコートしなければいけないのはわかっている。しかしパーティーにも参加する気になれなかった。
「すまない、そっちも遠慮させてもらおうと思う」
微かに下を向いたシーアが唇を噛むのが見える。許嫁なのだから、悲しませてはいけないが、どうにもしてあげられなかった。
「それでは、帰り道をご一緒してもよろしいですか?」
返答に困ってしまった。馬に乗ることは可能だが、何かあった時にシーアを守れないかもしれない。
思うように動いてくれない左足首のせいで、必要以上に悪いことを考えてしまう。
「……冗談です。馬車で来ましたので、今日のところはこれで失礼させて頂きますね」
にこりと変わらない綺麗な笑みを浮かべてシーアは去って行ってしまう。ともかく声をかけなければと思うのに、馬に乗せられない理由を説明するのも嫌だった。
価値のない王子だと、誰よりも強く思っているのは自分自身なのだ。
「何も声をかけないのかよ」
「……かける言葉が見つからない」
「はぁ、シーア嬢に同情する」
大げさすぎるため息に、無意識に眉を寄せてしまう。
「シーア嬢はな、許嫁とか関係なしにクライスに惚れてんだよ」
「そんなはずはない」
いくら王子であっても、自分ですら信用できない男を好きになるわけがない。
「クライスは自分のことを知らなすぎる。次の王になるクリースより、王になれない兄の方が人気あるぞ」
あまりにも真実味がないことを言われて、険しい表情をしてしまう。卑屈になっているわけではないが、価値のない王子と言われ続けた闇は浅くない。
「誰に対しても優しく、慈善活動にも積極的な完璧な紳士。ダンスを一緒できなくても、美しい顔を見ているだけで幸せになれる。綺麗な深緑色の瞳で見つめられるだけで、天国にいるような高揚感に包まれる」
つらつらと暗記でもしているように並べられる賛辞に顔が引きつる。いったい誰に吹き込まれたのか心配になってくる。
「あと蜂蜜色の髪に触れて何かしたいみたいなのもあったな。まだ続けるか?」
「やめてくれ」
何だか居たたまれない気持ちになって静止を頼んだ。
「ま、逆に弟君の噂は言わなくても予想できんだろ。見た目だけはクライスと一緒でいいのにな」
「クリースは良く言われていないのか?」
賛辞のことなどどうてもよくなって、クリースのことが心配になる。王になるのだ、忠誠心や民心はとても大事だ。
「待て、本気で言ってるのか?」
信じられない者を見るような視線に不安になる。
「他のことに関してはそんな世間知らずじゃないだろ。何で弟のことになると曇るんだよ」
「曇ってはいない。性格に少し難があることはわかっている」
「わかってない。少しどころじゃない、あいつが王になったらこの国は終わる」
「セラス!」
不敬罪どころじゃない言葉に、声を荒げてしまう。
「身内可愛さってのもあるかもだけどな、近いうちに後悔するぞ」
いつもならすぐに何事もなかったような顔をするセラスが、表情を変えない。
「ほら、帰るぞ」
せかされるまま、素直に馬に跨り駆ける。口は悪いがセラスは良い人間だ。
だからこそ、言葉に重みを感じる。けれど全力で馬を走らせることすらできないのに、何ができるのだろうと考えていた。
「……!」
知らず知らずのうちに、コールばかりを見ていると、杖を持つ手に衝撃が走る。相手が転ばせようとしていたのは明らかだが、転がったのは杖と花冠だけだ。
普段から杖ばかりに頼らず、できる限り自分の足で立つようにしていたのが幸いした。すぐに振り返って、相手を確認する。
見知った後ろ姿に、浮足立った心が一気に落ちる。相手は良く知った相手……弟のクリースだった。
しっかりとした足取りと、揺れることのない重心。まるで王族であり、王位継承権を持っていることを示すような堂々とした歩き方だ。
「だから言っただろ、ほら」
再び杖を差し出してくれるセラスに、また礼を伝える。クリースに杖は必要ないというのに、なぜか目の敵にされている。
情けない兄だと思われているのか、単に性格が合わないだけか。すでに次の王となるのはクリースだと決まっているのにだ。
せっかくの兄弟であり、王位継承権を争うこともないのだから仲良くできたらと思うのに、全く上手くいかない。人に踏まれてしまう前に、少し花びらが散ってしまった花冠を拾う。
「どうすればクリースと仲良くなれるだろう」
「放っておけばいいだろ。あんなのと仲良くとか茨の道だ」
「気を付けなよ。不敬罪に問われたら助けられない」
「わかってるって。それにしても今日は特に荒れてるな」
理由は簡単に推測できる。クリースは初戦で負けたのだ。
国内限定で開催されていたのなら、勝者は間違いなくクリースだっただろう。けれどこの模擬戦は国外からも参加者を集っている。
国の代表としてではなく、あくまで個人での参加だ。けれど参加しない国があれば、策を練る者がいないとみられる。
もちろんわざと参加せずに、戦を仕掛けられて実力を見せる場合もある。国同士の駆け引きの縮小版と言えるかもしれない。
だからこそ、クリースはいつも以上に機嫌が悪いのだ。無能だと宣伝してしまったようなものだから。
「オレからしたら、クライスが参加できない方が良かったよ」
本当に心配そうな顔をされてまた苦笑してしまう。セラスは過保護なところがある。
歳も二つ上のせいか、兄がいたらこんな感じだろうかと思う。だからこそ、余計に弟に兄として認めてもらえていないのが悲しくなる。
セラスのようだったら、クリースも慕ってくれるのではないかと。
「僕は参加したかったんだから、良かったんだよ」
コールと対戦したいという想いは叶わなかったが、勝者となって目的を達成することができて嬉しかった。もちろん模擬戦は模擬戦でしかない。
実戦では全く歯が立たない可能性が高いだろう。けれど国を守れるという可能性を見せることができれば、価値のない王子ではなくなるかもしれない。
「余計に生きづらくなる未来しか見えないけどな」
何度も聞いたセラスのため息に笑ってしまう。きっとまだ勝者になれた高揚感が、少しだけだが残っていたのだろう。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。いつも通り宴には最初から参加するつもりはないから」
「それ聞いて安心した」
本気でほっとするセラスにまたも笑いが込み上げてくるが、今度は我慢する。そしてすぐに繋いでいた馬の方に向かう。
「クライス様、おめでとうございます」
馬を撫でながら待ってくれていたのか、許嫁のシーア・ブレンドに微笑まれる。
「ありがとう、シーア」
シーアに会うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。生まれる前から決められた許嫁であり、きっと王妃になると思っていたはずだ。
けれど蓋を開けてみたら、価値のない王子を押し付けられた形になってしまった。
「宴には参加しないのですか?」
「僕はいかない。もう自室に戻ろうと思っている」
「夜のパーティーには参加されますか?」
本当ならシーアをエスコートしなければいけないのはわかっている。しかしパーティーにも参加する気になれなかった。
「すまない、そっちも遠慮させてもらおうと思う」
微かに下を向いたシーアが唇を噛むのが見える。許嫁なのだから、悲しませてはいけないが、どうにもしてあげられなかった。
「それでは、帰り道をご一緒してもよろしいですか?」
返答に困ってしまった。馬に乗ることは可能だが、何かあった時にシーアを守れないかもしれない。
思うように動いてくれない左足首のせいで、必要以上に悪いことを考えてしまう。
「……冗談です。馬車で来ましたので、今日のところはこれで失礼させて頂きますね」
にこりと変わらない綺麗な笑みを浮かべてシーアは去って行ってしまう。ともかく声をかけなければと思うのに、馬に乗せられない理由を説明するのも嫌だった。
価値のない王子だと、誰よりも強く思っているのは自分自身なのだ。
「何も声をかけないのかよ」
「……かける言葉が見つからない」
「はぁ、シーア嬢に同情する」
大げさすぎるため息に、無意識に眉を寄せてしまう。
「シーア嬢はな、許嫁とか関係なしにクライスに惚れてんだよ」
「そんなはずはない」
いくら王子であっても、自分ですら信用できない男を好きになるわけがない。
「クライスは自分のことを知らなすぎる。次の王になるクリースより、王になれない兄の方が人気あるぞ」
あまりにも真実味がないことを言われて、険しい表情をしてしまう。卑屈になっているわけではないが、価値のない王子と言われ続けた闇は浅くない。
「誰に対しても優しく、慈善活動にも積極的な完璧な紳士。ダンスを一緒できなくても、美しい顔を見ているだけで幸せになれる。綺麗な深緑色の瞳で見つめられるだけで、天国にいるような高揚感に包まれる」
つらつらと暗記でもしているように並べられる賛辞に顔が引きつる。いったい誰に吹き込まれたのか心配になってくる。
「あと蜂蜜色の髪に触れて何かしたいみたいなのもあったな。まだ続けるか?」
「やめてくれ」
何だか居たたまれない気持ちになって静止を頼んだ。
「ま、逆に弟君の噂は言わなくても予想できんだろ。見た目だけはクライスと一緒でいいのにな」
「クリースは良く言われていないのか?」
賛辞のことなどどうてもよくなって、クリースのことが心配になる。王になるのだ、忠誠心や民心はとても大事だ。
「待て、本気で言ってるのか?」
信じられない者を見るような視線に不安になる。
「他のことに関してはそんな世間知らずじゃないだろ。何で弟のことになると曇るんだよ」
「曇ってはいない。性格に少し難があることはわかっている」
「わかってない。少しどころじゃない、あいつが王になったらこの国は終わる」
「セラス!」
不敬罪どころじゃない言葉に、声を荒げてしまう。
「身内可愛さってのもあるかもだけどな、近いうちに後悔するぞ」
いつもならすぐに何事もなかったような顔をするセラスが、表情を変えない。
「ほら、帰るぞ」
せかされるまま、素直に馬に跨り駆ける。口は悪いがセラスは良い人間だ。
だからこそ、言葉に重みを感じる。けれど全力で馬を走らせることすらできないのに、何ができるのだろうと考えていた。
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