フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第1章・王籍の剥奪 3 祝杯の味

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「ほらよ」

「ありがとう」

 体を清め終わると、セラスが夜着を差し出してくれる。袖を通すと柔らかな日差しの香りがふわっと漂った。

 何もしなくても用意される食事や、綺麗に洗われた服。価値がないと言われているのに、物心ついたころから一日も欠かすことなく用意されている。

 王族だから当たり前と思えないのは、杖のおかげなのかもしれない。きっとクリースにとっては当たり前になってしまっているのだろう。

 幼い頃は、小さく可愛らしい唇から感謝の気持ちを告げていた。けれどいつの間にか聞くことはなくなり、だいぶ経ってしまっている。

「これは?」

 部屋に戻るとグラスに赤い液体が注がれている。寝酒をする趣味も、したこともなかった。

「あぁ、クリースからだと。勝ったお祝いとか言ってたけど、怪しいから飲まずに捨てろ」

「捨てろって、そんなことできないよ」

 そっと嗅いでみると、想像していたようなアルコールのきつい匂いはしない。むしろ甘い匂いがする。
 困惑して首を傾げると、大げさなため息が聞こえる。

「葡萄ジュースだと」

 教えてもらって納得した。確かに知っている葡萄ジュースの香りに、ほんの少しだけだが似ている。

 葡萄ジュースだとわかると、爽やかな香りにも感じてくるから不思議だ。自然と口元が緩んでいたのか、セラスに嫌そうな顔をされる。

「おい、嬉しそうな顔するな。馬鹿にされてんだぞ」

 そんなことはないと言おうとして、どっちなのだろうと考える。アルコールが好きじゃないのを、わかってくれているからの選択だと思った。

 けれど確かに馬鹿にされている可能性もある。成人と認められて、同時にアルコールを嗜むようになるのが当たり前だ。

「でも葡萄に罪はないよ」

 少しだけ口に入れると、甘さが広がる。葡萄の味がするはずなのに、ただ甘いだけだ。

 本当に葡萄ジュースなのだろうかと、眉間にシワを寄せてしまう。疑問に感じることは、クリースを疑うということだ。

 これではセラスに不敬罪などと言える立場ではなくなってしまう。危険な想像を消すように、小さく首を振る。

「まさか毒でも入ってんじゃないだろうな?」

 変な行動を取っていたせいか、心配されてしまう。

「いや、違う。想像と違う味だっただけだ」

 クリースもだが、幼い頃から毒を少量ずつ取らされていた。だから毒にはある程度、耐性がある。

 無味無臭の毒だった場合、入っていないとは言えない。けれど毒を盛るにしても、簡単に犯人がわかるような盛り方はクリースでもしないはずだ。

 一瞬でも疑問に感じたことが恥ずかしくなる。

「毒がなくても飲まない方がいい」

 セラスの忠告に苦笑して、グラスを一気に傾ける。やはりひどく甘い。

 小さな子供が喜びそうな味に、馬鹿にされているという言葉が真実味を増してくる。けれど毒かもと思うよりは、馬鹿にされている方がましだと思うことにする。

「ご馳走様」

 空になったグラスを差し出すと、嫌な顔をしながらもセラスが受け取ってくれる。

「腹が痛くなってもしらないからな」

 さらに嫌そうな顔をされながらも、心配が伝わってくる。

「大丈夫だよ。おやすみ」

 部屋を出て行こうとするセラスを見送ろうとして、動きを止める。突然、ドアを激しく叩かれたのだ。

「クライス様! 開けてください! お願いです!」

 聞き覚えのある声に頷くと、セラスがドアを開ける。再び名前を呼びながら飛び込んできたのは、予想した通りシーアだった。

「どうしてですか!」

 いつものシーアらしくなく、かなり取り乱している。普通なら招き入れられていないのに、勝手に部屋に入るような真似は絶対にしない。

「どうして!」

 必死な形相に、無意識に身を引きそうになって腕を掴まれる。そっと腕に触れられることはあっても、腕が痛いと感じるほど強く掴まれたことはなかった。

 さらにいくら寝るには早いと言っても、男の部屋に訪ねてくるには不謹慎な時間だ。お供も連れずに一人でとなれば余計に心配になってくる。

「シーア落ち着いて」

「落ち着いていられません! 私の何がいけなかったんですか!」

「君に悪いところなんてあるはずない」

 シーアが激昂している理由が全くわからない。こんなにも取り乱している姿を見るのも初めてだ。

「ではなぜ、なぜ私との婚約を解消されたのですか?」

 無意識に首を傾げていた。解消をした記憶も、解消するように父である王に告げられてもいない。

「……知らないのですか?」

「あぁ、聞いていない」

「そんな、だって、クリース様が……私の婚約者は今夜から自分だと……」

「クリースが?」

「はい、王から告げられたと……」

 後から通達があるのか、クリースが勝手に言っているのか判断がつかない。

「クライス様、ひとまずお送りになった方が良いかと思います」

 成り行きを見守っていてくれたセラスの言葉にはっとした。もし本当にシーアがクリースの婚約者になったなら、こんな時間に一人でここにいてはいけない。

 模擬戦の宴の後、城では決まってパーティーが開かれている。各国から集まった貴人をもてなすためだ。

 たくさんの人が出入りしているからこそ、人目につかない道を選べば上手く紛れることができるだろう。

「会場まで送るから、行こう」

「でも……!」

 腕を掴む手にシーアがさらに力を入れたのと、ノックの音は同時だった。全員が一斉にドアを振り返る。

 シーアが飛び込んできたまま、ドアは開け放たれたままだった。現れたのがクリースでも、知っている者でもなかったのに安堵していた。

「取り込み中済まないな。クライス王子に話がある」

 低く落ち着いた声はよく響いた。そしてなぜという疑問が浮かぶ。

 間違いなく、セラスとシーアも疑問に思っているだろう。開かれたドアの横に立っているのは、コール・ヴァンレーだった。
 ずっと遠くから見ていた憧れの人だ。

「……シーア、申し訳ないけどセラスが代わりに送るよ」

 セラスの方を見ると頷いてくれる。シーアも予想外の人物の登場に、呆けたまま小さく頷いた。

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