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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第1章・王籍の剥奪 8 記憶にとどめて
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馬で問題ないと言ったのに、危険だからと馬車を用意された。フェールの者だったなら、大丈夫だとわかってくれるはずなのに……。
さらに納得がいかないというか、不満なのはクリースが言った通り出発が今日中になったことだ。アラガスタの方の都合もあるだろうから、早くても明日になるだろうと思っていた。
けれどクリースが部屋を去ってから、すぐにアラガスタの使いの者が来た。そして遅くとも、昼過ぎには出発すると告げられた。
荷は本当に必要な物だけで、衣服なども足りなければアラガスタの方で用意するとまで言われた。なぜそんなにも出発を急ぐのかと聞いても、使いの者の返事は曖昧だった。
ただアラガスタ王の命令ですと言われれば、従うしかない。王籍すら奪われた身と、現在も王として君臨するコールとでは立場が違う。
あまりにも一方的な要求に怒りを感じてしまいそうになったが、セラスのおかげで抑えられた。なぜかセラスの方が憤っていて、そんな姿を見たらすっと怒りが消えてしまった。
さらに怒りながらも何を持って行くのか聞いてくるセラスを見て、笑いが止まらなくなった。何だかちょっと母親のようで面白かったのだ。
杖があればなんとなるよと答えると、もっと怒りだしてしまって大変だった。国を離れなければいけなくなって、何より寂しいのはセラスに会えなくなることだと思い知らされた。
「荷は積み終わりました」
周りにアラガスタの近衛騎士たちがいるからか、セラスが適度な距離を置いているのがわかる。もう王籍ではないのだから、二人の時のように親しみが込められた会話がしたかった。
「本当に今までありがとう」
「お元気で……」
少し険しいセラスの顔を見て、微笑む。いつでもセラスは代わりに怒り、悲しんでもくれた。
セラスと二人の時は、価値のない王子ではなくクライスとしていられた。兄のような存在であり、親友であり、従者でいてくれたセラスをぎゅっと抱きしめる。
少し迷った後、セラスも軽く抱き返してくれる。血は繋がっていないのに、暖かい家族の抱擁のようだ。
「行ってくる」
体を離して告げると、セラスが頷く。ここからはもう一人だ。
王籍を剥奪されたおかげか、見送りがセラスだけなことは幸いだったかもしれない。貴族たちにじろじろと見られるのは気分が悪い。
けれどアラガスタの近衛騎士たちの視線は避けられなかった。敵意や悪意があるようには思わないが、遠慮のない視線を感じる。
用意された馬車は上質で、乗り心地がとても良さそうだ。王子でもなくなった者が乗っていいのかと、少し気後れしてしまう。
「もう出発する」
馬車のそばに立っていたコールに手を差し出される。馬車くらい一人で乗れると、突っぱねたい衝動を堪える。
昨夜と同じで、艶のある黒髪を後ろで無造作に一つに束ねている。あまりきっちりした性格ではないのか、残された髪が気だるげで、視線を奪われてしまう。
あの柔らかな髪が頬にかかる感覚が蘇る。青灰色の瞳に合う濃紺の衣もきっちりと言うよりは、緩く着こなしているようだ。
ぼうっとして思考が曖昧だった時には見えなかったものが、よく見える。背も頭一つ分くらいは軽く高い。
「どうかしたか?」
微かに眉を寄せられて、じっと見てしまっていたことに気づく。
「い、いえ……ありがとうございます」
慌てて体重をかけないように、そっと手を添えるように乗せる。四つ程、歳が上のコールは手も大きい。
けれど二人とも成人しているのだから、年齢の差は関係なく体の成長具合の違いなのだろう。滑らかではなく、剣を握り慣れている硬い手だ。
ふと胸の突起や執拗に握られた陰茎に触れたざらついた感触を思い出して、体の熱が徐々に上がってくるような感覚が襲う。こんな時に何を考えているのかと、触れた手をさっと上げて馬車に乗り込んだ。
杖が転ばないように立てかけると、座席に身を沈める。想像していた通り、かなり柔らかい。
長時間揺られても、体への負担は少ないだろう。馬車の窓からセラスを見るが、表情まではもうわからない。
ざわざわとしていた近衛騎士たちが静かになると、ゆっくりと馬車も動き出す。城門に近づくと、アラガスタ王の見送りのためにフェールの騎士たちが並んでいるのが見える。
さらに大臣と数人の有力貴族たちがいる。馬上のコールと何かを話しているようだ。
短い会話だったのか、すぐにまた動き出した。王都に通じる道をゆっくりと下り、人がまばらな都を過ぎていく。
祭りが終わった次の日は、みんな朝が遅くなる。馬ならもっと身近に空気を感じられるのにと、残念に思う。
窓から見える見慣れた景色たちが、もう見られないかもしれないと思うとつらくなる。王都から出てしばらく走ると、ラルゴ平野に入る。
昨日は模擬戦の参加者として立っていた場所は、変わらず穏やかな風が吹いている。咲いているフェールの花も目に焼き付ける。
馬車の中では風を感じることができないが、揺れる草とゆっくりと流れる雲はいつもと同じだ。これからのことをもっと考えなければいけないのに、全てが他人事のように感じてしまって考えがまとまらない。
このまま進めば、夕刻前にはアラガスタに入ってしまう。国に入ってしまったら、きっともう逃げ出す機会はない。
馬車の扉を開けて外に飛び出して……杖が必要なかったら本当にしていたかもしれない。けれど必要なかったら、きっとこんなことにはなっていなかっただろう。
さらに納得がいかないというか、不満なのはクリースが言った通り出発が今日中になったことだ。アラガスタの方の都合もあるだろうから、早くても明日になるだろうと思っていた。
けれどクリースが部屋を去ってから、すぐにアラガスタの使いの者が来た。そして遅くとも、昼過ぎには出発すると告げられた。
荷は本当に必要な物だけで、衣服なども足りなければアラガスタの方で用意するとまで言われた。なぜそんなにも出発を急ぐのかと聞いても、使いの者の返事は曖昧だった。
ただアラガスタ王の命令ですと言われれば、従うしかない。王籍すら奪われた身と、現在も王として君臨するコールとでは立場が違う。
あまりにも一方的な要求に怒りを感じてしまいそうになったが、セラスのおかげで抑えられた。なぜかセラスの方が憤っていて、そんな姿を見たらすっと怒りが消えてしまった。
さらに怒りながらも何を持って行くのか聞いてくるセラスを見て、笑いが止まらなくなった。何だかちょっと母親のようで面白かったのだ。
杖があればなんとなるよと答えると、もっと怒りだしてしまって大変だった。国を離れなければいけなくなって、何より寂しいのはセラスに会えなくなることだと思い知らされた。
「荷は積み終わりました」
周りにアラガスタの近衛騎士たちがいるからか、セラスが適度な距離を置いているのがわかる。もう王籍ではないのだから、二人の時のように親しみが込められた会話がしたかった。
「本当に今までありがとう」
「お元気で……」
少し険しいセラスの顔を見て、微笑む。いつでもセラスは代わりに怒り、悲しんでもくれた。
セラスと二人の時は、価値のない王子ではなくクライスとしていられた。兄のような存在であり、親友であり、従者でいてくれたセラスをぎゅっと抱きしめる。
少し迷った後、セラスも軽く抱き返してくれる。血は繋がっていないのに、暖かい家族の抱擁のようだ。
「行ってくる」
体を離して告げると、セラスが頷く。ここからはもう一人だ。
王籍を剥奪されたおかげか、見送りがセラスだけなことは幸いだったかもしれない。貴族たちにじろじろと見られるのは気分が悪い。
けれどアラガスタの近衛騎士たちの視線は避けられなかった。敵意や悪意があるようには思わないが、遠慮のない視線を感じる。
用意された馬車は上質で、乗り心地がとても良さそうだ。王子でもなくなった者が乗っていいのかと、少し気後れしてしまう。
「もう出発する」
馬車のそばに立っていたコールに手を差し出される。馬車くらい一人で乗れると、突っぱねたい衝動を堪える。
昨夜と同じで、艶のある黒髪を後ろで無造作に一つに束ねている。あまりきっちりした性格ではないのか、残された髪が気だるげで、視線を奪われてしまう。
あの柔らかな髪が頬にかかる感覚が蘇る。青灰色の瞳に合う濃紺の衣もきっちりと言うよりは、緩く着こなしているようだ。
ぼうっとして思考が曖昧だった時には見えなかったものが、よく見える。背も頭一つ分くらいは軽く高い。
「どうかしたか?」
微かに眉を寄せられて、じっと見てしまっていたことに気づく。
「い、いえ……ありがとうございます」
慌てて体重をかけないように、そっと手を添えるように乗せる。四つ程、歳が上のコールは手も大きい。
けれど二人とも成人しているのだから、年齢の差は関係なく体の成長具合の違いなのだろう。滑らかではなく、剣を握り慣れている硬い手だ。
ふと胸の突起や執拗に握られた陰茎に触れたざらついた感触を思い出して、体の熱が徐々に上がってくるような感覚が襲う。こんな時に何を考えているのかと、触れた手をさっと上げて馬車に乗り込んだ。
杖が転ばないように立てかけると、座席に身を沈める。想像していた通り、かなり柔らかい。
長時間揺られても、体への負担は少ないだろう。馬車の窓からセラスを見るが、表情まではもうわからない。
ざわざわとしていた近衛騎士たちが静かになると、ゆっくりと馬車も動き出す。城門に近づくと、アラガスタ王の見送りのためにフェールの騎士たちが並んでいるのが見える。
さらに大臣と数人の有力貴族たちがいる。馬上のコールと何かを話しているようだ。
短い会話だったのか、すぐにまた動き出した。王都に通じる道をゆっくりと下り、人がまばらな都を過ぎていく。
祭りが終わった次の日は、みんな朝が遅くなる。馬ならもっと身近に空気を感じられるのにと、残念に思う。
窓から見える見慣れた景色たちが、もう見られないかもしれないと思うとつらくなる。王都から出てしばらく走ると、ラルゴ平野に入る。
昨日は模擬戦の参加者として立っていた場所は、変わらず穏やかな風が吹いている。咲いているフェールの花も目に焼き付ける。
馬車の中では風を感じることができないが、揺れる草とゆっくりと流れる雲はいつもと同じだ。これからのことをもっと考えなければいけないのに、全てが他人事のように感じてしまって考えがまとまらない。
このまま進めば、夕刻前にはアラガスタに入ってしまう。国に入ってしまったら、きっともう逃げ出す機会はない。
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