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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第1章・王籍の剥奪 9 襲撃、そして別れ
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一か八か、本当に飛び出そうかと扉に手を伸ばす。でも背負っているものが国であり民なのだと思うと、すぐに体は止まってしまう。
浮かしていた腰を戻そうとして、なぜか勢いよく前に転がりそうになる。幸いすぐに片手をついたおかげで、体をぶつけることは避けられた。
「一体、何が……」
まだラルゴ平野の途中で、アラガスタには入っていないはずだ。なぜ急に馬車が止まったのか、理由がわからない。
さっきは止まった手だが、今度は迷いなく外を確認しようと馬車の扉を開ける。けれど開いた瞬間に、思い切り叩かれるように閉じられる。
「んっ!」
驚きで息を飲むと、小窓にコールの後ろ姿が見える。
「開けるな、中にいろ」
低く静かな声だが、有無を言わせない迫力がある。振り向くことのない後ろ姿からは、張り詰めた雰囲気が漂う。
何かが起きている。急いで別の窓から外を見ると、戦いが起きていた。
明らかに商隊ではないはずなのに、盗賊に襲われるとは思えない。もし盗賊だとすれば、かなり腕に自信があるのだろう。
自信がなければ、アラガスタの王と王の近衛騎士を狙うのは割に合わない。無駄に命を捨てるようなものだ。
さらに言えば、フェールは治安の悪い国ではない。昼間に堂々と襲うような輩がいるとは聞いたこともない。
そしてもっとおかしなことが目の前で起きている。盗賊たちがアラガスタの近衛騎士相手に、後れを取っていない。
奇襲されたとしても、苦戦するはずはない……ないはずなのに、戦いが長引いている。自然と目が近衛騎士ではなく、相手を追うようになる。
一つ一つの動きを、見逃さないようにじっと見て目を見開いていた。
「まさか……」
最初は違和感を覚えたくらいだった。そして違和感の理由がわかると、偶然だと思おうとした。
でも偶然ではなく、襲撃してきた者たちの剣筋を知っている。フェールの近衛騎士たちの剣筋だ。
「どういうことだ?」
アルガスタに行けと……コールの所有物になれと言ったのは、父である王のはずだ。なぜフェールとアラガスタの近衛騎士同士が斬り合っているのか。
違う、そんなはずはないと、剣筋の違いを見つけようとするのに、見つけられない。時間にしたら数分だろうが、ひどく長く感じる。
コールが危険だからと馬車を用意したのは、この襲撃を予想していたからなのか……。
「加勢する。賊を逃がすな!」
「クリース?」
響いた声の主を、慌てて探す。深緋の鎧が陽の光を浴びて輝いている。
クリースの部隊がラルゴ平野を駆けている。王位継承権を与えられた者だけが持つ、近衛騎士とは違うクリースのためだけの騎士たちだ。
なぜかクリースが現れると、襲撃者たちは霧散した。
「追え、捕まえろ!」
クリースの命令を聞いた深緋の部隊が一気に馬を走らせていく。扉を開いても、今度は閉められることはなかった。
杖を手にそっと馬車から降りる。横に立つコールからは、すでに張り詰めた空気は消えていた。
内心、ほっとする。もし一人でも捕まり、予想通りフェールの近衛騎士だったのなら戦が始まってしまう。
「無事ですか?」
馬から下りたクリースが、ゆっくりと歩いてくる。
「あぁ、問題ない。しかし本当に襲われるとは思ってなかった」
「本当に申し訳ない」
視線を落とすクリースの表情は読めない。コールの言葉通りなら、クリースは奇襲されることを知っていたことになる。
そしてやはり馬車を用意したのも、クリースからの情報のためだったとわかる。
「いや、負けるつもりはなかったが、おかげでけが人が出なかった。感謝する」
「お礼を言わないといけないのはこっちです」
「それで、本当に行ってしまっていいのか?」
なぜかクリースが真っすぐこっちを見てくる。なぜ突然見てくるのかわからず困惑する。
二人は奇襲があった理由を正確に理解しているようだが、全てのことが触れることもできずに流れていくようで、理解も気持ちも追いつかない。
「……はい、よろしくお願いします」
お願いしますと言いながら、コールの方を一切見ないのは不敬ではないのかと心配になる。チラリと隣を見上げて確認すると、特に気にしている様子もなくてほっとする。
「クリース?」
視線を戻すと、まるで姿を焼き付けるようとでもするようにじっと見られていた。けれど名を呼ぶと、すぐにすっと視線が外される。
「さよなら、兄さん」
ちゃんと返事をしようとしたのに、背を向けられる。離れていく後ろ姿に声をかけようとして、声が出せなくなっていた。
声を出したら、間違いなく泣いてしまう。これが本当に最後なのかもしれないと思ったら、目が熱くなって唇を噛んだ。
馬に跨ったクリースが片手を小さく上げて遠ざかる姿が滲んで見える。
「大丈夫か?」
隣から発せられる声に、セラスによく言われた言葉だと思ったらもうダメだった。相手がアラガスタの王であるということも考えられず、馬車に飛び込んで扉を閉める。
杖が転がる音が馬車の中で響く。座席に座ることもできず、床にへたり込んだ。
不敬罪で問われても仕方ない行動だ。でも無理だった。
クリースの告げた別れのせいで、現実に引き戻されてしまった。どこか他人事だったから平然としていられたのだ。
いまが現実なのだとわかったら、感情をどうしたらいいかわからなくなる。怒ったコールが馬車に入って来るかもとも思ったが、止まらなかった。
涙が溢れて止まらない。必死に声を押し殺して泣いていると、ゆっくりと馬車が動き出す。
ガタガタと揺れる音と、馬の駆ける音が隠してくれるのをいいことに、今度は声を上げて泣いてしまっていた。
浮かしていた腰を戻そうとして、なぜか勢いよく前に転がりそうになる。幸いすぐに片手をついたおかげで、体をぶつけることは避けられた。
「一体、何が……」
まだラルゴ平野の途中で、アラガスタには入っていないはずだ。なぜ急に馬車が止まったのか、理由がわからない。
さっきは止まった手だが、今度は迷いなく外を確認しようと馬車の扉を開ける。けれど開いた瞬間に、思い切り叩かれるように閉じられる。
「んっ!」
驚きで息を飲むと、小窓にコールの後ろ姿が見える。
「開けるな、中にいろ」
低く静かな声だが、有無を言わせない迫力がある。振り向くことのない後ろ姿からは、張り詰めた雰囲気が漂う。
何かが起きている。急いで別の窓から外を見ると、戦いが起きていた。
明らかに商隊ではないはずなのに、盗賊に襲われるとは思えない。もし盗賊だとすれば、かなり腕に自信があるのだろう。
自信がなければ、アラガスタの王と王の近衛騎士を狙うのは割に合わない。無駄に命を捨てるようなものだ。
さらに言えば、フェールは治安の悪い国ではない。昼間に堂々と襲うような輩がいるとは聞いたこともない。
そしてもっとおかしなことが目の前で起きている。盗賊たちがアラガスタの近衛騎士相手に、後れを取っていない。
奇襲されたとしても、苦戦するはずはない……ないはずなのに、戦いが長引いている。自然と目が近衛騎士ではなく、相手を追うようになる。
一つ一つの動きを、見逃さないようにじっと見て目を見開いていた。
「まさか……」
最初は違和感を覚えたくらいだった。そして違和感の理由がわかると、偶然だと思おうとした。
でも偶然ではなく、襲撃してきた者たちの剣筋を知っている。フェールの近衛騎士たちの剣筋だ。
「どういうことだ?」
アルガスタに行けと……コールの所有物になれと言ったのは、父である王のはずだ。なぜフェールとアラガスタの近衛騎士同士が斬り合っているのか。
違う、そんなはずはないと、剣筋の違いを見つけようとするのに、見つけられない。時間にしたら数分だろうが、ひどく長く感じる。
コールが危険だからと馬車を用意したのは、この襲撃を予想していたからなのか……。
「加勢する。賊を逃がすな!」
「クリース?」
響いた声の主を、慌てて探す。深緋の鎧が陽の光を浴びて輝いている。
クリースの部隊がラルゴ平野を駆けている。王位継承権を与えられた者だけが持つ、近衛騎士とは違うクリースのためだけの騎士たちだ。
なぜかクリースが現れると、襲撃者たちは霧散した。
「追え、捕まえろ!」
クリースの命令を聞いた深緋の部隊が一気に馬を走らせていく。扉を開いても、今度は閉められることはなかった。
杖を手にそっと馬車から降りる。横に立つコールからは、すでに張り詰めた空気は消えていた。
内心、ほっとする。もし一人でも捕まり、予想通りフェールの近衛騎士だったのなら戦が始まってしまう。
「無事ですか?」
馬から下りたクリースが、ゆっくりと歩いてくる。
「あぁ、問題ない。しかし本当に襲われるとは思ってなかった」
「本当に申し訳ない」
視線を落とすクリースの表情は読めない。コールの言葉通りなら、クリースは奇襲されることを知っていたことになる。
そしてやはり馬車を用意したのも、クリースからの情報のためだったとわかる。
「いや、負けるつもりはなかったが、おかげでけが人が出なかった。感謝する」
「お礼を言わないといけないのはこっちです」
「それで、本当に行ってしまっていいのか?」
なぜかクリースが真っすぐこっちを見てくる。なぜ突然見てくるのかわからず困惑する。
二人は奇襲があった理由を正確に理解しているようだが、全てのことが触れることもできずに流れていくようで、理解も気持ちも追いつかない。
「……はい、よろしくお願いします」
お願いしますと言いながら、コールの方を一切見ないのは不敬ではないのかと心配になる。チラリと隣を見上げて確認すると、特に気にしている様子もなくてほっとする。
「クリース?」
視線を戻すと、まるで姿を焼き付けるようとでもするようにじっと見られていた。けれど名を呼ぶと、すぐにすっと視線が外される。
「さよなら、兄さん」
ちゃんと返事をしようとしたのに、背を向けられる。離れていく後ろ姿に声をかけようとして、声が出せなくなっていた。
声を出したら、間違いなく泣いてしまう。これが本当に最後なのかもしれないと思ったら、目が熱くなって唇を噛んだ。
馬に跨ったクリースが片手を小さく上げて遠ざかる姿が滲んで見える。
「大丈夫か?」
隣から発せられる声に、セラスによく言われた言葉だと思ったらもうダメだった。相手がアラガスタの王であるということも考えられず、馬車に飛び込んで扉を閉める。
杖が転がる音が馬車の中で響く。座席に座ることもできず、床にへたり込んだ。
不敬罪で問われても仕方ない行動だ。でも無理だった。
クリースの告げた別れのせいで、現実に引き戻されてしまった。どこか他人事だったから平然としていられたのだ。
いまが現実なのだとわかったら、感情をどうしたらいいかわからなくなる。怒ったコールが馬車に入って来るかもとも思ったが、止まらなかった。
涙が溢れて止まらない。必死に声を押し殺して泣いていると、ゆっくりと馬車が動き出す。
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