フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第4章・真意 23 飾り箱

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失敗した。自然と眉間にシワができるのがわかる。

 ついクライスが可愛くて、弄り回し過ぎた。流石にやり過ぎたことはわかっているが、挿入しなかったのだから許してくれないだろうかと思う。

 まぁ、きっとクライスは声を荒げて怒ったりもしなければ、露骨に嫌悪を示すこともないだろう。だから余計に失敗したと感じる。

 城に戻ってきてから、忙しいのを理由に距離を取るように気を付けていた。到着するまでは、周りに近衛騎士もいたおかげで自らの律することができた。

 けれど邪魔する者も、周りを気にすることもないとなれば話が変わる。無邪気に隣で寝られて、一晩中手を出さずにいるのは苦行だ。

「コール様? そんなに難しい案件でしたか?」

「いや、見てもいない」

「……仕事してください」

 呆れた顔をしたネイトに言われて、大きなため息を吐く。そして椅子の背に体を預けて、力を抜いた。

「ちょっと、コール様! だらしない格好をしないでください!」

 よくネイトには、王らしい品位を保ってくださいと言われる。だがここにはネイトしかいないのだから、気にする必要があるだろうか。

 本当に口うるさい。

「コール様!」

 声に出していないのに、思っていることが読まれたらしい。こういう時、付き合いが長いと面倒なこともある。

「何か問題でもあるんですか?」

 探るようなネイトの声音に、体を起こす。

「クライスが可愛すぎる」

 率直に言うと、ゴミを見るような目で見られる。誰よりもコールを王と認めていないのは、間違いなくネイトだろう。

「冗談は聞かなかったことにしますので、本当は何が問題なんですか?」

「……箱だ」

 クライスが可愛いことは間違いないが、もう一つ気になっていることがある。先日、クライスの従者の手紙と一緒に、綺麗な飾り箱が届いた。

 見事な模様を彫られた箱は、たくさんの色で塗られている。規則性のない塗り方であり、本当にただの木製の箱の可能性もある。

「まだお渡しになっていないんですか?」

「あぁ、ここにしまったままだ」

 執務室の机の中に、ひとまず入れたままになっている。暗号に詳しい者や、知識が豊富な者に確認させた。

 念のため、アニタから細工職人を呼んで確認もさせた。しかし箱には特別なことはないと言われた。

 手紙と一緒に渡そうかとも思ったが、なぜか渡す気になれなかった。送り手がアルブレッドだったからかもしれない。

 王族の血を引いている誰かからの品ということだ。一瞬、クリースのことが頭に浮かんだが、名を隠す必要もない。

「そんなに心配なら、渡さずに始末してしまえばいいでしょう」

 ネイトが言う通り、なかったことにしてしまうのが一番簡単だ。けれど始末した事実を、クライスが知ったらどう思うかが気になる。

 クライスは時々しか、感情を表に出さない。常に王子という仮面を付けているかのようだ。

 人好きする、品のいい笑みが張り付いている。鑑賞するだけなら、仮面を付けた王子で十分満足できる。

 けれど仮面が剥がれた瞬間が、一番そそられる。もう止めるべきだとわかっているのに、止められない程の衝動だ。

 ついつい度が過ぎてしまうのは仕方ない。

「いつもは即決なのに、珍しいですね」

 からかうような表情をするネイトの顔に、うんざりする。

「信用されてないからな」

「同意もなくあんなことすれば当たり前でしょう」

「こっちは同意だと思っていた」

「途中で違うって気づいたでしょうに」

 自業自得ですと言われて、頭を抱えたくなる。どうにか信用を取り戻したいと努力はしたが、昨晩で振り出しに戻っただろう。

 手紙を見た瞬間、柔らかい本当の笑みで文字をなぞっていた。自分には引き出すことができない安心したような微笑みだった。

 ダメだとわかっていたのに、つい自分にも本当の姿を見せて欲しいと思ってしまった。理由は単純、嫉妬したとわかっている。

 何かを拒否することに慣れていないクライスに、拒否させてみたいとも思った。途中で怒ったように睨んできたときは、本当に堪らなかった。

 吸い付くような滑らかな肌と、物欲しそうに収縮して指に絡んでくる内壁を思い出す。そしてまたクライスに触れたくなる。

「変な事を考えていないで、さっさとサインしてください」

「……内容をまだ確認していない」

「だから仕事してください!」

 今日中に必ず必要なのだという大量の紙の束を追加される。机にはもともとかなりの量の束が積まれていた。

「もうスリアが女王になっても良くないか?」

 成人するまではと思っていたが、スリアのやる気は日増しに増している。こんなにやる気のない王がいるより、さっさとスリアを女王にした方が国のためだ。

「本気じゃないとわかっているので、無視します」

 落ち着いたアラガスタで、スリアの命を表立って狙う者はもういない。だがいまのスリアが即位すれば、利用しようとする者が大量に出てくるだろう。

 二年後に利用されるかされないかは、どれだけスリアが成長するかにかかっている。本当に今日中に必要かは怪しいが、いまは自分が処理するしかない。

「さて、どうするか」

 紙に書かれた内容を目で追いながらも、頭の中ではクライスに箱を渡すべきかで悩んでいた。
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