30 / 57
フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第5章・謝意 29 図書室
しおりを挟む
「こちらになります」
ドアを開けたユイアナが、横にどいて中を見せてくれる。視界に広がったのは、日の当たる図書室だった。
本が日にやけてしまわないように、窓側にはテーブルと椅子が並んでいる。反対側の日の当たらないスペースに、たくさんの本が並ぶ。
風通しをしているのか、カーテンがのんびりと揺れている。天井から日が入るとは言え、久しぶりの空以外の景色に感嘆する。
「本当に体調は大丈夫ですか?」
図書室の前で立ち尽くしてしまっていると、心配そうに聞かれる。
「大丈夫。少し圧倒されていただけだから」
フェールの城にも図書室はあるが、ここのように開けた雰囲気はなかった。ドアの横に立つ衛兵を横目に、そっと中に踏み出す。
すると、体に微かな違和感がする。心なしか心音が上がった気がして、顔が熱くなる。
コールを受け入れた場所に、まだ何か収まっているような変な感覚だ。昨日は一日、動くことができなくてベッドで過ごした。
本当は昨日の時点で、図書室への入室許可をもらっていた。でも全く動けなかった。
体が気怠くて、腰もかなり重たく感じた。声もかすれていたせいで、ユイアナが風邪をひいたのかもしれないと慌てていた。
実際に何があったのかを説明することができなくて、体調が悪いことにしてしまった。
中に入って全体を見渡すと、想像していたより奥行きがあり棚がたくさん並んでいるのがわかる。ひとまず近くの棚から背表紙を見ていくことにする。
綺麗に装飾が描かれた背表紙を見ると、自然と口元が緩む。物語や詩集も好きだが、一番好きなのは図鑑だ。
フェールにはない植物や動物、鉱物なども気になる。さらには図鑑ではないが、地図を見るのも好きだ。
「図鑑とかは置いてない?」
「ございますよ」
ユイアナではない声に驚いて、慌てて振り向く。
「司書のリンクスと申します」
「あ……初めまして、クライスです」
感じが悪い訳ではないのに、何だか落ち着かない。コールとユイアナ以外の人に会うのが、一ヶ月ぶりだからかもしれない。
ネイトにすら、塔に案内されてから会っていない。
「図鑑はこちらですよ」
声をかけられるまま、後を追う。そして疑問を感じる。
なぜ振り向きもしないのに、杖で歩くペースに合わせられるのか。コールでさえ、初めて一緒に歩いた時は振り向いていた。
「後は私がいますので、大丈夫ですよ」
「いいえ、一緒にいるように言われていますので」
きっぱりと答えるユイアナにリンクスはそうですかと頷いている。一瞬、どうしようか躊躇してしまう。
けれど確かめなければいけない。
「ドアの前に人もいるし、僕なら大丈夫だから」
「ですが……」
「それにここで飲んでもいいなら、お茶をお願いしたい」
視線をリンクスに向けると、視線が合った。予想が当たってしまったことに、気持ちが暗くなる。
「本のそばでなければ、構いませんよ」
「……では、すぐに用意してきます。くれぐれもクライス様から目を離さないでください」
ユイアナの優しさから心配してくれているのだと思いたいが、監視も兼ね合いしているのだろう。珍しく早足になっている。
部屋からユイアナがいなくなって、取り残されたような気分になる。
「急いで着替えてください」
言われるがままに、渡された服に着替える。
「彼が代わりになって時間を稼ぎますので」
二人きりだと思っていたら、棚の奥にもう一人いたらしい。自分によく似た髪の色をしている。
手には数冊の本を持っていて、窓際のカーテンで隠れる場所に腰を下ろした。リンクスはすでに窓から外に出ている。
「杖は下に落としてください。体は私が支えますので」
用意されていた梯子を見て、誰かにあやしまれなかったのか気になる。
「窓枠の塗り替え中なので、余程のことがなければあやしむ者はいません」
考えていることを読まれたのか、聞く前に答えられてしまった。確かに地面を見ると、塗装材が入った容器と刷毛が転がっている。
杖を投げ捨てることは簡単だった。でもいざ窓から出ようとすると、身体が固まる。
もうコールと会えなくなる。
「急いでください!」
強く言われるのと同時に、腕を引かれる。
「王が待っています」
リンクスは司書だと言っていた。数年以上、本来の素性を隠して仕えていたことになる。
いまクライスを逃がすということは、素性を知られることになる。アラガスタには同じように二度と戻れないということだ。
アラガスタの情報を得るための貴重な人材を失ってでも戻るように言われたら、拒否することはできない。すぐに窓から身を乗り出して、梯子に足をかける。
支えられない左足に体重をかける時は、リンクスの体が支えてくれる。背にコールではない熱を感じて、心が冷え切っていくような気がする。
地面に下りると、木陰から二人の人が大きな衣装箱を持って現れる。いつ図書室に入れるかもわからないのに、毎日待機していたのだろうか。
ひどく異常な気がして不安になってくる。
「窮屈で申し訳ないですがこちらに」
杖を拾ってきてくれた男が、無言で衣装箱に入れている。
「アニタを出てから、私は合流します」
「あの、残ったあの人は……」
身代わりに置いてきてしまった人の安全は確保されているのか聞こうとしたのに、無理矢理箱に詰められた。上から布がかけられて、すぐ蓋を閉められる。
そして鍵をかけられる音がした。隙間から日が入っているとはいえ、薄暗い箱の中で聞けば一気に恐怖が襲ってくる。
中から叩こうとすると、箱が大きく揺れて浮遊感に気持ち悪くなる。急いでいるからなのか、お世辞でも丁寧と言えない扱いだった。
ドアを開けたユイアナが、横にどいて中を見せてくれる。視界に広がったのは、日の当たる図書室だった。
本が日にやけてしまわないように、窓側にはテーブルと椅子が並んでいる。反対側の日の当たらないスペースに、たくさんの本が並ぶ。
風通しをしているのか、カーテンがのんびりと揺れている。天井から日が入るとは言え、久しぶりの空以外の景色に感嘆する。
「本当に体調は大丈夫ですか?」
図書室の前で立ち尽くしてしまっていると、心配そうに聞かれる。
「大丈夫。少し圧倒されていただけだから」
フェールの城にも図書室はあるが、ここのように開けた雰囲気はなかった。ドアの横に立つ衛兵を横目に、そっと中に踏み出す。
すると、体に微かな違和感がする。心なしか心音が上がった気がして、顔が熱くなる。
コールを受け入れた場所に、まだ何か収まっているような変な感覚だ。昨日は一日、動くことができなくてベッドで過ごした。
本当は昨日の時点で、図書室への入室許可をもらっていた。でも全く動けなかった。
体が気怠くて、腰もかなり重たく感じた。声もかすれていたせいで、ユイアナが風邪をひいたのかもしれないと慌てていた。
実際に何があったのかを説明することができなくて、体調が悪いことにしてしまった。
中に入って全体を見渡すと、想像していたより奥行きがあり棚がたくさん並んでいるのがわかる。ひとまず近くの棚から背表紙を見ていくことにする。
綺麗に装飾が描かれた背表紙を見ると、自然と口元が緩む。物語や詩集も好きだが、一番好きなのは図鑑だ。
フェールにはない植物や動物、鉱物なども気になる。さらには図鑑ではないが、地図を見るのも好きだ。
「図鑑とかは置いてない?」
「ございますよ」
ユイアナではない声に驚いて、慌てて振り向く。
「司書のリンクスと申します」
「あ……初めまして、クライスです」
感じが悪い訳ではないのに、何だか落ち着かない。コールとユイアナ以外の人に会うのが、一ヶ月ぶりだからかもしれない。
ネイトにすら、塔に案内されてから会っていない。
「図鑑はこちらですよ」
声をかけられるまま、後を追う。そして疑問を感じる。
なぜ振り向きもしないのに、杖で歩くペースに合わせられるのか。コールでさえ、初めて一緒に歩いた時は振り向いていた。
「後は私がいますので、大丈夫ですよ」
「いいえ、一緒にいるように言われていますので」
きっぱりと答えるユイアナにリンクスはそうですかと頷いている。一瞬、どうしようか躊躇してしまう。
けれど確かめなければいけない。
「ドアの前に人もいるし、僕なら大丈夫だから」
「ですが……」
「それにここで飲んでもいいなら、お茶をお願いしたい」
視線をリンクスに向けると、視線が合った。予想が当たってしまったことに、気持ちが暗くなる。
「本のそばでなければ、構いませんよ」
「……では、すぐに用意してきます。くれぐれもクライス様から目を離さないでください」
ユイアナの優しさから心配してくれているのだと思いたいが、監視も兼ね合いしているのだろう。珍しく早足になっている。
部屋からユイアナがいなくなって、取り残されたような気分になる。
「急いで着替えてください」
言われるがままに、渡された服に着替える。
「彼が代わりになって時間を稼ぎますので」
二人きりだと思っていたら、棚の奥にもう一人いたらしい。自分によく似た髪の色をしている。
手には数冊の本を持っていて、窓際のカーテンで隠れる場所に腰を下ろした。リンクスはすでに窓から外に出ている。
「杖は下に落としてください。体は私が支えますので」
用意されていた梯子を見て、誰かにあやしまれなかったのか気になる。
「窓枠の塗り替え中なので、余程のことがなければあやしむ者はいません」
考えていることを読まれたのか、聞く前に答えられてしまった。確かに地面を見ると、塗装材が入った容器と刷毛が転がっている。
杖を投げ捨てることは簡単だった。でもいざ窓から出ようとすると、身体が固まる。
もうコールと会えなくなる。
「急いでください!」
強く言われるのと同時に、腕を引かれる。
「王が待っています」
リンクスは司書だと言っていた。数年以上、本来の素性を隠して仕えていたことになる。
いまクライスを逃がすということは、素性を知られることになる。アラガスタには同じように二度と戻れないということだ。
アラガスタの情報を得るための貴重な人材を失ってでも戻るように言われたら、拒否することはできない。すぐに窓から身を乗り出して、梯子に足をかける。
支えられない左足に体重をかける時は、リンクスの体が支えてくれる。背にコールではない熱を感じて、心が冷え切っていくような気がする。
地面に下りると、木陰から二人の人が大きな衣装箱を持って現れる。いつ図書室に入れるかもわからないのに、毎日待機していたのだろうか。
ひどく異常な気がして不安になってくる。
「窮屈で申し訳ないですがこちらに」
杖を拾ってきてくれた男が、無言で衣装箱に入れている。
「アニタを出てから、私は合流します」
「あの、残ったあの人は……」
身代わりに置いてきてしまった人の安全は確保されているのか聞こうとしたのに、無理矢理箱に詰められた。上から布がかけられて、すぐ蓋を閉められる。
そして鍵をかけられる音がした。隙間から日が入っているとはいえ、薄暗い箱の中で聞けば一気に恐怖が襲ってくる。
中から叩こうとすると、箱が大きく揺れて浮遊感に気持ち悪くなる。急いでいるからなのか、お世辞でも丁寧と言えない扱いだった。
13
あなたにおすすめの小説
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる