フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

第6章・価値 35 訪問者

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「コール様、少しお時間よろしいですか?」

 さっさと政務を終わらせて、少しでも早く部屋に戻りたいと思っている時に限って邪魔が入る。

「ダメだったら見逃してくれるのか?」

 ため息を吐きながら、執務机に肘をついて手に顎を乗せる。面倒だという態度を遠慮なく披露すると、司書であるリンクスが眉をぴくりと動かすのが見える。

 しかし眉を動かされたくらいでは、部屋に戻りたい気持ちは変わらない。体調を崩させてしまったから、甘いフルーツでも持っていこうかと考える。

 誘われた理由はどうあれ、素直に体を預けるクライスは本当に愛らしかった。柔らかな内壁がしっとりと絡みついてくるのを思い出して、思わず口元が緩みそうになる。

「品位を……」

「わかった、わかった」

 リンクスではなく、隣にいるネイトからの批判が面倒になって身を正す。無駄に話を引き延ばすよりは、大人しく聞いてしまった方が早い。

「ポーリス様から指示を頂いたのですが、どう処理しますか?」

 名を聞いても、一瞬誰かわからなかった。そして、昨日会ったばかりの使者だったと思い出す。

「もう城から追い出したと思っていたが?」

「それが居座られておりまして……」

 ネイトにしては珍しく不手際だ。

「で、何と言ってきた?」

 もともとリンクスは、フェールへ諜者として送った。けれどなぜか声をかけられ、断ることができずにアラガスタに戻って来た。

 仕方ないので、四年前から表向きは司書として雇った。アラガスタにとって都合の良い情報をフェールに流させ、同時にフェールの内情を探らせている。

「クライス様をお助けしなければならないので、協力しろと言ってますね」

「却下だ」

 鼻で笑ってしまいそうだ。場合によっては、リンクスを諜者の任から解放してもいい。

「わかりました。もともとこの城から人を逃がそうと言うのが無理な話ですから」

 口が達者なリンクスなら、きっと上手く丸め込めるだろうと思う。しかし相手がかなりしつこく粘るであろうことも予想できる。

 話は終わりだと判断したリンクスが、執務室から出ようとドアを開ける。するとちょうどノックをしようとしていた侍女と鉢合わせることになった。

「おや、これは失礼しました」

「あ、いえ、こちらこそ申し訳ありません」

 慌てて頭を下げた侍女が、道を譲るように横に移動する。

「待て、まだ話は終わっていない」

 出て行こうとしたリンクスを呼び止めて、部屋に戻す。

「入れ」

「失礼します」

 侍女が話を聞いていた可能性を考えていた。もし聞いてしまっていたのなら、リンクスの任を解くまで閉じ込めて置かなければならない。

「何の用だ」

「あの、二人の客人がどうしても王に会いたいと……」

「どこの客人だ」

「それが、鷹の知らせだと言えばわかると……」

「……今すぐここに連れてこい」

 まさかとは思ったが、ひどく興味をそそられる。しっかりとお辞儀をした侍女が、再び廊下へ消えていく。

「ネイト、話を聞いていたかいないか調べて置いてくれ」

「わかりました」

 侍女の件はこれで問題ない。

「私もいた方が?」

「あぁ、予想している客人なら、その方が話が早いだろう」

 実際には何か必要があれば説明に行くのはネイトであり、自分が動く必要はない。けれどなぜかいた方がいいだろうと思った。

 しばらく待って、部屋に通された二人はボロボロな身なりをしている。そして深くフードを下ろして、顔を見られないようにしている。

 侍女が部屋から出るのを待ってから、口を開いた。

「ここにいる者は信用できる。顔を隠す必要はない」

「わかりました」

 クライスより少し低いが、よく似た声をしている。フードを落とすと、同じ綺麗な翡翠色の瞳が見える。

 同じように隣の男もフードを下ろす。予想はしていたが、クライスがひどく心配していた従者のセラスだった。

「これはまた……驚きです」

 思わずネイトが呟いたのを聞いて、頷きたくなる。実に面白い。

 死んだとは思っていなかったが、アラガスタに現れるとは思っていなかった。

「お久しぶりです。コール様」

「無事で何よりだ。クリース王子」

「……ポーリスですね」

 使者の名を出したクリースが、微かに眉間にシワを寄せている。頭の回転が速いのは、相変わらずのようだ。

「クライスを呼んで来させよう」

 今日は一日休むように言ったが、この状況を後で知ったら機嫌を損ねてしまう。表情を変えないクリースと違って、セラスは嬉しそうな顔をしている。

「兄は呼ばないでください」

「……理由を聞いても?」

「今日はコール様にお願いがあって来たのです」

 なぜこの兄弟はお互いに話をするということをしないのかと思ってしまう。会話がないから余計にこじれているような気がしてならない。

「話を聞くのは構わないが、願いを聞くは別だ」

「ありがとうございます。父の……フェールの王の居場所を探してもらいたいのです」

「城から消えていたか」

 クライスを助け出したいというポーリスの話が頭をよぎる。

「遠征を命じられて、すぐに殺されると気づきました。だから自らの死を偽装して、城に戻ったのですが……」

 なぜ城に戻ったのかを考えると、何とも言えない気持ちになる。クリースの覚悟は相当なものだろう。

「なぜそこまでする」

「……私が呪われた子だからです」

 生まれてくるときに母を失う子は、呪われていると言われるのは知っている。しかし迷信だ。

「私は身近な人からいろんなものを奪ってばかりいるのです」

 ゆっくりと口を開いたクリースの話は、聞くに堪えないものだった。
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