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フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第6章・価値 36 呪われた子
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「初めに奪ったのは母の命でした」
そして同時に父と兄から母を奪ったのだとクリースは言った。言わせてもらえば、母を奪われたのはクリースも一緒だろう。
「そして兄が七歳の時、左足と王位継承権を奪いました」
一瞬、耳を疑った。
「生まれつきではなかったのか?」
「違います。父が左足首を潰したのです」
フェールの風習で、八歳になるまではできる限り隠して育てるのは知っている。けれど面倒を見ていた人間がいたのだから、生まれつきではないことを知っている者がいるはずだ。
セラスも初耳だったのか、顔色がみるみる変わっていくのがわかる。
「隠せる事実ではないと思うが?」
初めてクリースが、セラスの方を見た。
「足をダメにされる前に働いていた者は、みな命を奪われています」
「……そんなはずないだろ?」
王族同士の会話に勝手に割って入るのは不敬ではるが、何も言わなかった。クリースがセラスを見た瞬間に、何となく感じていた。
セラスの血縁も含まれるのだろうと。
「時間はかかったが、全員調べた。兄さんが八歳になるまでに、事故や病気で亡くなっている」
セラスに掴まれていた腕を払ったクリースが、瞳を伏せている。けれど真実を知りたいと思っているセラスは、追及を緩める気がないらしい。
今度は両肩を掴んで、詰め寄っている。クリースが怒ることも抵抗もしないのは、自分が奪ったと思っているからなのだろう。
「オレの両親も殺されたって言うのか?」
揺すられているクリースを見て、仕方なくセラスの腕を掴んだ。
「責める相手を間違えるな」
気持ちは痛い程わかるが、当時のクリースはまだ四歳だ。いくら王族は責任を負わなければいけないと言っても、幼い子供に何ができるか。
ぐっとセラスの腕にさらに力が入るのを感じた後、ゆっくりと力が抜けて行くのがわかる。クリースの肩から手を離すのを見て、掴んだ腕を解放してやる。
セラスが未だに生きていると言うことは、クライスの左足の事実を知らなかったということだ。
「……さらに足を潰されたことによって熱を出した兄は、記憶をなくしていました。兄から母との思い出も奪ったのです」
なぜクリースはこんなにも自分が悪いと思うのだろうか。
「そしてコール様に兄自身を奪わせ、父から兄を奪いました」
「一つ訂正しておく。あの時、オレは何も奪ってはいない」
味見してしまったことは事実だが、クリースが言っている点については奪っていない。さらに昨夜は奪ったのではなく、お互い了承の上だ。
少しだけだが、クリースの表情がほっとしたように見える。
「さらに兄から従者を奪いました」
「オレは奪われてないからな。クライスの願いを叶えただけだ」
もしクライスに従者を連れて行きたいと言われたら、たぶん了承していただろう。けれどクライスは違う選択をした。
選ばせたことにより、奪ったと感じているのだろうか。
「最後に、私は父の命を奪おうと思います」
淡々と言った事実の重さに、場が冷たくなったのを感じる。王を殺すと言うことは、捕まれば必ず処刑だ。
二度とフェールに戻ることはできない。
「本気か?」
「はい。王が生きているということは、私が兄の人生を奪い続けると言うことです」
正気なのだろうかと、じっと目を見る。少し幼さが残るが、賢く澄んだ瞳をしている。
クライスの柔らかな瞳とは違うが、やはりよく似ていると思う。しかしクライスの人生を奪っているのは、クリースではなく父であるフェールの王だ。
指摘した方がいいだろうかとも思うが、くだらない慰めと取られることが目に見えている。クライスも割と頑固な一面があるが、クリースは兄以上に見える。
「いいだろう、協力する」
クリースが言う通り、危険がなくなるまで塔の中にクライスを閉じ込めて置くわけにもいかない。何より城に向かうまでの間に瞳を輝かせて口元を緩める姿を、また見たい。
このまま人形のようになっていくクライスなど見たくもない。
「リンクス、ポーリスが言っていたことを一言一句違えず言ってみろ」
無茶を言うというような顔をリンクスにされたが、できないことを強要したことは一度もない。ふぅ……と目を閉じながら息を吐きだしたリンクスが口を開く。
「クリース様が亡くなったことで、王がとても心を痛めているんですよ。これでクライス様までアラガスタの慰み者として命を奪われたら、王が生きていけるはずがありません」
「殺そうとした奴らがよく言えるな」
ぼそりとセラスが呟いたのが耳に入る。上手くいっていないのかと思ったが、セラスはセラスなりにクリースのことを思っているらしい。
「ですからクライス様を助け出して、王のところに届けなければなりません。私が帰る時に、衣装箱に入れてフェールの馬車に積みましょう……とのことです」
まるでクライスが荷物のように語るポーリスに怒りが湧いてくる。
「ポーリスは王の居場所を知っていると言うことですね」
「そのように思いますが、どこに連れて行くのかは話しておりませんでした」
クリースの問いに、リンクスが首を振っている。
「クライスに話して、協力を頼むか?」
「……できれば兄には話さないでください」
気持ちはわかるが、他に王の居場所を特定するのは難しく思える。
「一つお聞きしてもいいですか?」
「構わん」
「飾り箱が届きませんでしたか?」
昨夜、クライスの手に載せた飾り箱を思い出す。
「昨夜渡したな」
「……では、兄にはアラガスタを脱走してもらいましょう。リンクス様は諜者ですよね?」
どうしたものかと言うように、リンクスが見てくるので頷く。
「そうです」
「一緒に脱走して頂いて、兄を守ってもらうことは可能ですか?」
「可能では……ありますが……」
常にこちらの反応を確認するリンクスは、ネイトと同じくらい有能だ。
「ひとまず話を聞こう」
「ありがとうございます」
礼を言いながらも、クリースがいろいろと考えているのがわかる。味方にすれば心強い相手だ。
だがあえて敵として戦ってみたら面白いと思う。きっとネイトはまた絶望的な顔をするだろうが。
そして同時に父と兄から母を奪ったのだとクリースは言った。言わせてもらえば、母を奪われたのはクリースも一緒だろう。
「そして兄が七歳の時、左足と王位継承権を奪いました」
一瞬、耳を疑った。
「生まれつきではなかったのか?」
「違います。父が左足首を潰したのです」
フェールの風習で、八歳になるまではできる限り隠して育てるのは知っている。けれど面倒を見ていた人間がいたのだから、生まれつきではないことを知っている者がいるはずだ。
セラスも初耳だったのか、顔色がみるみる変わっていくのがわかる。
「隠せる事実ではないと思うが?」
初めてクリースが、セラスの方を見た。
「足をダメにされる前に働いていた者は、みな命を奪われています」
「……そんなはずないだろ?」
王族同士の会話に勝手に割って入るのは不敬ではるが、何も言わなかった。クリースがセラスを見た瞬間に、何となく感じていた。
セラスの血縁も含まれるのだろうと。
「時間はかかったが、全員調べた。兄さんが八歳になるまでに、事故や病気で亡くなっている」
セラスに掴まれていた腕を払ったクリースが、瞳を伏せている。けれど真実を知りたいと思っているセラスは、追及を緩める気がないらしい。
今度は両肩を掴んで、詰め寄っている。クリースが怒ることも抵抗もしないのは、自分が奪ったと思っているからなのだろう。
「オレの両親も殺されたって言うのか?」
揺すられているクリースを見て、仕方なくセラスの腕を掴んだ。
「責める相手を間違えるな」
気持ちは痛い程わかるが、当時のクリースはまだ四歳だ。いくら王族は責任を負わなければいけないと言っても、幼い子供に何ができるか。
ぐっとセラスの腕にさらに力が入るのを感じた後、ゆっくりと力が抜けて行くのがわかる。クリースの肩から手を離すのを見て、掴んだ腕を解放してやる。
セラスが未だに生きていると言うことは、クライスの左足の事実を知らなかったということだ。
「……さらに足を潰されたことによって熱を出した兄は、記憶をなくしていました。兄から母との思い出も奪ったのです」
なぜクリースはこんなにも自分が悪いと思うのだろうか。
「そしてコール様に兄自身を奪わせ、父から兄を奪いました」
「一つ訂正しておく。あの時、オレは何も奪ってはいない」
味見してしまったことは事実だが、クリースが言っている点については奪っていない。さらに昨夜は奪ったのではなく、お互い了承の上だ。
少しだけだが、クリースの表情がほっとしたように見える。
「さらに兄から従者を奪いました」
「オレは奪われてないからな。クライスの願いを叶えただけだ」
もしクライスに従者を連れて行きたいと言われたら、たぶん了承していただろう。けれどクライスは違う選択をした。
選ばせたことにより、奪ったと感じているのだろうか。
「最後に、私は父の命を奪おうと思います」
淡々と言った事実の重さに、場が冷たくなったのを感じる。王を殺すと言うことは、捕まれば必ず処刑だ。
二度とフェールに戻ることはできない。
「本気か?」
「はい。王が生きているということは、私が兄の人生を奪い続けると言うことです」
正気なのだろうかと、じっと目を見る。少し幼さが残るが、賢く澄んだ瞳をしている。
クライスの柔らかな瞳とは違うが、やはりよく似ていると思う。しかしクライスの人生を奪っているのは、クリースではなく父であるフェールの王だ。
指摘した方がいいだろうかとも思うが、くだらない慰めと取られることが目に見えている。クライスも割と頑固な一面があるが、クリースは兄以上に見える。
「いいだろう、協力する」
クリースが言う通り、危険がなくなるまで塔の中にクライスを閉じ込めて置くわけにもいかない。何より城に向かうまでの間に瞳を輝かせて口元を緩める姿を、また見たい。
このまま人形のようになっていくクライスなど見たくもない。
「リンクス、ポーリスが言っていたことを一言一句違えず言ってみろ」
無茶を言うというような顔をリンクスにされたが、できないことを強要したことは一度もない。ふぅ……と目を閉じながら息を吐きだしたリンクスが口を開く。
「クリース様が亡くなったことで、王がとても心を痛めているんですよ。これでクライス様までアラガスタの慰み者として命を奪われたら、王が生きていけるはずがありません」
「殺そうとした奴らがよく言えるな」
ぼそりとセラスが呟いたのが耳に入る。上手くいっていないのかと思ったが、セラスはセラスなりにクリースのことを思っているらしい。
「ですからクライス様を助け出して、王のところに届けなければなりません。私が帰る時に、衣装箱に入れてフェールの馬車に積みましょう……とのことです」
まるでクライスが荷物のように語るポーリスに怒りが湧いてくる。
「ポーリスは王の居場所を知っていると言うことですね」
「そのように思いますが、どこに連れて行くのかは話しておりませんでした」
クリースの問いに、リンクスが首を振っている。
「クライスに話して、協力を頼むか?」
「……できれば兄には話さないでください」
気持ちはわかるが、他に王の居場所を特定するのは難しく思える。
「一つお聞きしてもいいですか?」
「構わん」
「飾り箱が届きませんでしたか?」
昨夜、クライスの手に載せた飾り箱を思い出す。
「昨夜渡したな」
「……では、兄にはアラガスタを脱走してもらいましょう。リンクス様は諜者ですよね?」
どうしたものかと言うように、リンクスが見てくるので頷く。
「そうです」
「一緒に脱走して頂いて、兄を守ってもらうことは可能ですか?」
「可能では……ありますが……」
常にこちらの反応を確認するリンクスは、ネイトと同じくらい有能だ。
「ひとまず話を聞こう」
「ありがとうございます」
礼を言いながらも、クリースがいろいろと考えているのがわかる。味方にすれば心強い相手だ。
だがあえて敵として戦ってみたら面白いと思う。きっとネイトはまた絶望的な顔をするだろうが。
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