42 / 57
フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-
第6章・価値 41 突入
しおりを挟む
視界にリンクスが映り、城門が開いているのが見える。一気に距離が縮まって、門を越えた瞬間に馬を走らせていたのだと気づく。
時に思うより先に体が動く瞬間がある。頭が決断するより先に、体が動く。
リンクスの背に迫っていた兵士が、ひどくゆっくり動いているように見えた。久しぶりに剣から伝わってくる感触が、手と腕に響く。
ドサッという嫌な音を立てて、兵が倒れる。ふっといつもの視界に戻って息を吐いた。
「……ありがとうございます」
「なぜ一人でいる」
命を救ったことの礼を言われたが、いるはずのクライスがいないことに怒りが湧いてくる。
「城の中に……!」
「言ったことを忘れたか」
最後まで言わさずに刃を首にあてる。
「っ……無茶言わないでください。城門を開けるのだけで精一杯です」
「剣を向ける相手を間違えてます」
やっといくら言っても無駄だとわかったのか、ついてきたキールが肩を落としている。
「そばにいるとよく気づいてくれました」
フォローするように、キールがリンクスを褒めているがどうしたものかと思う。
「見たことのある鷹が城壁そばに降下していくのが見えたので……」
城門を開けるために、リンクスが二名の兵士を倒したのは見て取れる。だが、丈量酌量するかしないかは別の話だ。
「後できっちり話し合おう」
クライスの方が優先だと、刃を外してやる。
「数は」
「ここから北東に駐屯所があり二十数名ほどが待機しています。後は警備に十五名です」
「城内は」
「使用人が十名前後で、中に兵は入れていないようです」
さっと城の方を向いて確認すると、全ての窓に格子が見える。自室としている塔を考えると人のことは言えないが、まるで城ではなく監獄を建築したように見えてしまう。
しっかりとポーリスから情報を引き出していたことは褒められるが、やはりいまクライスのそばに誰もいないということが許せない。
「キール、十五人つれていけ」
「了解しました」
どこに行けと言わなくても、キールは迷わずに北東に馬を向ける。
「クリース、セラスと先に中に行け」
「ですが……」
「城にしては駐屯している兵が少ない。外はオレとリンクスで十分だろう」
まだ何か言いたい顔をクリースがしているが、時間がない。
「何だ、残りの兵五人とリンクスもつれていくか?」
「何を言っているんですか!」
悲鳴を上げたのはクリースではなくリンクスだった。戦闘要員として数えるなと何度か言われたことがあるが、使える者は使う。
「……いいえ、ありがとうございます。カイ、高く飛べ」
また腕に戻ってきていたカイを、さっとクリースが飛ばす。数回翼を動かすと、風に乗ったのか一気に上昇していく。
城に向かって動きだしたクリースたちを見ながら、一瞬で城壁と前庭を見渡す。通常なら花や芝生にするところを、なぜか木を植えている。
こちら側が動きづらくもなるが、相手側も敵を見つけるのが難しくなるように思う。
「誰かリンクスを乗せてやれ。クリースを守るように展開しろ」
声をかけるとよく教育されている兵は、迷わずクリースの横につけるように馬を走らせる。そして自らも反対側に回る。
本当にネイトをつれてこなくて良かった。集中したい時に、小言を聞き続けることになっていただろう。
木がなくなり、開けた場所に出ると予想通り弓に矢をつがえようとする姿が視界に入る。すぐに馬の頭を向けて、相手に向かって突っ込む。
矢が放たれる前に、一人を斬った。周囲にすぐ目を向けると、三人の敵兵を確認できる。
視界の端でクリースの方を見ると、抜けた穴をちゃんと兵が埋めたのがわかる。戻る必要はないと判断して、矢をクリースたちの方に向ける者を斬る。
北東から大きな声が上がり、キールの方も始まったことがわかる。斬りかかってきた兵の刃を受け止めると、高い音が響く。
跳ね返してやると、相手がよろめく。体勢を立て直す前に、剣を振り下ろした。
さらに矢を向けようとしてくるもう一人に向かって、手綱を握っていた手を放してナイフを投げる。手を斬り裂かれたせいで弓を取り落とす姿が見えたと思うのと同時に、一気に近づいて剣を刺した。
クリースを守らせた兵たちの方も、臨機応変に対応している。三人がクリースのそばに残り、二人が飛び出して行くのが見える。
倒したのは四人、交戦しているのは三人、残りは八人ほどになる。残りは違う場所を警備しているのだろうか。
立地がいいだけに安心していたのか、まだ完全に城が機能していなかったのか。こんなに簡単な城攻めは初めてと言える。
城の扉に到着したクリースとセラスが、下馬しているのが見える。周りを警戒しながら、扉に向けて馬を進める。
「どうしますか? 裏に回りますか?」
警戒を緩めないまま、すでに兵の馬から下りたリンクスが確認してくる。
「いや、キールが何とかするだろう」
同じように下馬して、手綱をリンクスに預ける。
「ここはリンクスに任せる。指示に従え」
言いながら足はもう城内に向かって進んでいた。入り口を守らせておけば、後ろから狙われることはないだろう。
使用人の数がかなり少ないと言うだけあって、城内は異常なほどに静かで陰湿な空気が漂っている。すでにクリースとセラスの姿はなかった。
時に思うより先に体が動く瞬間がある。頭が決断するより先に、体が動く。
リンクスの背に迫っていた兵士が、ひどくゆっくり動いているように見えた。久しぶりに剣から伝わってくる感触が、手と腕に響く。
ドサッという嫌な音を立てて、兵が倒れる。ふっといつもの視界に戻って息を吐いた。
「……ありがとうございます」
「なぜ一人でいる」
命を救ったことの礼を言われたが、いるはずのクライスがいないことに怒りが湧いてくる。
「城の中に……!」
「言ったことを忘れたか」
最後まで言わさずに刃を首にあてる。
「っ……無茶言わないでください。城門を開けるのだけで精一杯です」
「剣を向ける相手を間違えてます」
やっといくら言っても無駄だとわかったのか、ついてきたキールが肩を落としている。
「そばにいるとよく気づいてくれました」
フォローするように、キールがリンクスを褒めているがどうしたものかと思う。
「見たことのある鷹が城壁そばに降下していくのが見えたので……」
城門を開けるために、リンクスが二名の兵士を倒したのは見て取れる。だが、丈量酌量するかしないかは別の話だ。
「後できっちり話し合おう」
クライスの方が優先だと、刃を外してやる。
「数は」
「ここから北東に駐屯所があり二十数名ほどが待機しています。後は警備に十五名です」
「城内は」
「使用人が十名前後で、中に兵は入れていないようです」
さっと城の方を向いて確認すると、全ての窓に格子が見える。自室としている塔を考えると人のことは言えないが、まるで城ではなく監獄を建築したように見えてしまう。
しっかりとポーリスから情報を引き出していたことは褒められるが、やはりいまクライスのそばに誰もいないということが許せない。
「キール、十五人つれていけ」
「了解しました」
どこに行けと言わなくても、キールは迷わずに北東に馬を向ける。
「クリース、セラスと先に中に行け」
「ですが……」
「城にしては駐屯している兵が少ない。外はオレとリンクスで十分だろう」
まだ何か言いたい顔をクリースがしているが、時間がない。
「何だ、残りの兵五人とリンクスもつれていくか?」
「何を言っているんですか!」
悲鳴を上げたのはクリースではなくリンクスだった。戦闘要員として数えるなと何度か言われたことがあるが、使える者は使う。
「……いいえ、ありがとうございます。カイ、高く飛べ」
また腕に戻ってきていたカイを、さっとクリースが飛ばす。数回翼を動かすと、風に乗ったのか一気に上昇していく。
城に向かって動きだしたクリースたちを見ながら、一瞬で城壁と前庭を見渡す。通常なら花や芝生にするところを、なぜか木を植えている。
こちら側が動きづらくもなるが、相手側も敵を見つけるのが難しくなるように思う。
「誰かリンクスを乗せてやれ。クリースを守るように展開しろ」
声をかけるとよく教育されている兵は、迷わずクリースの横につけるように馬を走らせる。そして自らも反対側に回る。
本当にネイトをつれてこなくて良かった。集中したい時に、小言を聞き続けることになっていただろう。
木がなくなり、開けた場所に出ると予想通り弓に矢をつがえようとする姿が視界に入る。すぐに馬の頭を向けて、相手に向かって突っ込む。
矢が放たれる前に、一人を斬った。周囲にすぐ目を向けると、三人の敵兵を確認できる。
視界の端でクリースの方を見ると、抜けた穴をちゃんと兵が埋めたのがわかる。戻る必要はないと判断して、矢をクリースたちの方に向ける者を斬る。
北東から大きな声が上がり、キールの方も始まったことがわかる。斬りかかってきた兵の刃を受け止めると、高い音が響く。
跳ね返してやると、相手がよろめく。体勢を立て直す前に、剣を振り下ろした。
さらに矢を向けようとしてくるもう一人に向かって、手綱を握っていた手を放してナイフを投げる。手を斬り裂かれたせいで弓を取り落とす姿が見えたと思うのと同時に、一気に近づいて剣を刺した。
クリースを守らせた兵たちの方も、臨機応変に対応している。三人がクリースのそばに残り、二人が飛び出して行くのが見える。
倒したのは四人、交戦しているのは三人、残りは八人ほどになる。残りは違う場所を警備しているのだろうか。
立地がいいだけに安心していたのか、まだ完全に城が機能していなかったのか。こんなに簡単な城攻めは初めてと言える。
城の扉に到着したクリースとセラスが、下馬しているのが見える。周りを警戒しながら、扉に向けて馬を進める。
「どうしますか? 裏に回りますか?」
警戒を緩めないまま、すでに兵の馬から下りたリンクスが確認してくる。
「いや、キールが何とかするだろう」
同じように下馬して、手綱をリンクスに預ける。
「ここはリンクスに任せる。指示に従え」
言いながら足はもう城内に向かって進んでいた。入り口を守らせておけば、後ろから狙われることはないだろう。
使用人の数がかなり少ないと言うだけあって、城内は異常なほどに静かで陰湿な空気が漂っている。すでにクリースとセラスの姿はなかった。
12
あなたにおすすめの小説
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる