フェールの花-価値のない王子は完璧な王に愛される-

淡海のえ

文字の大きさ
53 / 57
挿話集

51 ネイトの受難-始まり編-

しおりを挟む
 全ての発端はスリアの放った一言だった。

「リンクスは本当にネイトが好きなんですね」

 朗らかな微笑みと一緒に、とんでもないことを言われる。いや、まだここまでだったら他愛ない会話で終わったはずだ。

 なのになぜかリンクスが黙ってしまった。正確に言うと、黙ったというよりは動きが止まっている。

 いつもさらっと何でもこなすリンクスにしては珍しい。

「おい、何ぼーっとしてんだよ」

 アラガスタの王族はコールを筆頭に、親しい者には甘いところがある。けれどさすがに次期王女に声をかけられて黙ってしまうのはまずいだろう。

 そっと肘で背を押すと、はっとしたようにリンクスが振り返る。さっさと適当に返事をしろと視線を送る。

 けれどなぜか焦ったように、頬を染めて手にしていた本をドサドサっと、芝居か何かのように劇的に落としてくれた。見たこともない様子に、思わずネイトも本を拾おうとした手を止めてしまう。

 結果として、肯定しているとしか思えないリンクスの態度にコールもスリアも生温い視線を送ってくる。コールとほぼ同じくらいのでかい体をして、何をしているんだと怒鳴りたくなる。

 スリアやクライスがしたら可愛いと思えるが、リンクスやコール、そしてネイトがやっても全く可愛くない。むしろ背筋がぞっとする。

 頬を染めるような奴じゃなかっただろうと、今すぐ肩を強く揺すって目覚めさせたい。さらにコールにくだらないネタを与えないで欲しい。

 間違いなく、何かの折に話を持ち出されるのが目に見えている。ただでさえ人の話を聞いてくれないのに、どうしくれると思う。

 さらには自分の首をもしめるような行動をなぜしたのか。

「止めろ。今すぐ否定しろ」

 小さな声で伝えると、リンクスが慌てて何度も頷く。

「え、あ、は、はい! 私が好きなだけです」

「誰が肯定しろって言った!」

 思わず怒鳴ってしまうと、コールの爆笑する声とスリアが必死に笑いを堪えている音が聞こえる。幼なじみではなく、普段はちゃんと線を引いて仕事していたのが台無しだ。

「あぁ、すみません……」

 見るからに肩を落とされて、何とも言えない気持ちになる。あれ? リンクスって優秀じゃなかったか? と疑問になる。

 コールに言われれば、どんなことでも答えるだけの能力がある。実際に、先日のコールの我儘にも実に上手く対応していた。

 いくつかはコール的には不満があったようだが、ネイトからしたら全員無事に戻って来れたのだから問題はない。リンクスがもう二度とコールとは外に出たくないと言っていたのには、少しだけだが同情はした。

「はぁ……体調が悪いならもう先に休めよ」

「いや、今日はもう終えよう」

 冬になって、日が落ちるのが早くなったせいで政務の時間は短くなっている。もちろん冬に備えて夏と秋の間に、決められることは全て終えるようにしているから政務の量も少ない。

 ただ一番の理由は、コールがクライスのところに早く戻りたいからだろう。先日からスリアも本格的に政務に加わったことで、仕事的には例年より進みが早いから文句はない。

「では、私もこれで」

 王族二人はさっさと部屋から出て行ってしまうが、この微妙な空気をどうしろと言うのか。

「お疲れ様です」

 二人に頭を下げると、横にいたリンクスも慌てて頭を下げている。どう考えてもおかしい。

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫です。少し考え事をしていましてすみません」

「こないだの件か?」

 ポーリスに同行して、クライスを守るように言われて戻って来てから何か変わった気がする。考え事をしていたり、話の内容を聞いていない時さえある。

 コールとの付き合いを考えれば、リンクスとの付き合いは約半分……八年くらいだ。十五歳でコールに採用されてから、普通なら五年以上はかかる訓練をたった二年で終えて諜者になった。

 すぐにフェールに潜入したと聞いたが、一年もしないうちに出戻って来た。アラガスタの諜者と見破られたのではなく、勧誘されてフェールの諜者となって戻って来た。

 こうなっては仕方ないとコールは笑っていたが、もっと上手くやってこいと内心思ってしまった。そしてアラガスタで司書という役割を得て、アラガスタにとって都合の良い内容を、ポーリスを通してフェールに流していた。

「えぇ、まぁ……」

 はっきりとしないリンクスもまた珍しい。

「そんな煮え切らない奴だったか?」

「……今まで命の危機という状況に陥ったことがなかったんです」

 報告では兵が完全に揃っていなかったおかげで、難はなかったと聞いている。

「何があったんだ?」

「何があったと言いますか……コール様が……」

 たぶんクライスが関係あるのだろう。詳しく聞かなくても、何となく察してしまう。

「コール様に仕えるのが嫌になったのか?」

「いいえ、違います!」

 即答したので、見過ごすことにする。もし肯定するような返事がきたら、ただではおかないところだ。

「けれどいつでも命を失う可能性があると思ったら、このままでいけないと思い始めまして……」

 見過ごしてやろうとしたのに、結局嫌だと言うことだろうか。

「だから、その……ネイトにお願いがあります」

 どうしてだからなのかよくわからない。

「一応、聞くが叶えるかは別の話だ」

 さっさと言えと思うのに、リンクスは神妙な顔をして黙ってしまう。どれだけ難しい願いなのかとこっちまで無駄に緊張してくる。

「……く、唇を奪わせてください」

「…………は?」

 何を言われたのか考えて、理解したら信じられないくらいに冷たい声を出していた。自らの命が危機に瀕して思うことがそれなのかと。

「オレにお願いしてないで、誘ってくる令嬢とすればいいだろう」

 リンクスがよく貴族の令嬢に誘われているのを見た。諜者だからなのか全て断っていたが、今はもう諜者ではない。

 好みの令嬢の誘いに乗って、口付けでも何でもしてくればいい。

「あ……そ、そうですね……」

 見るからに悲壮感を漂わされて、面倒くさいなと思ってしまう。ふと、まさか本当に自分にしたかったのかと思った。

 けれどあまりにも有り得な過ぎて、自分で笑ってしまう。

「まぁ、飲みながら相談にでも乗ってやるよ」

「……ありがとうございます」

 相談に乗ると言っているのに、リンクスの肩は完全に落ちているように見えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない

北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。 ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。 四歳である今はまだ従者ではない。 死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった?? 十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。 こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう! そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!? クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 透夜×ロロァのお話です。 本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけを更新するかもです。 『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も 『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑) 大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑) 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...