異世界は音楽と共に

ゆき

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第5話 この世界の成り立ち

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馬蹄の音が乾いた大地にリズムを刻む。風が顔に当たり、舞い上がる土埃が奏の視界を曇らせた。ガレスの言葉が、馬上で揺れる彼の心に重くのしかかる。

「異世界召喚者って……そんなに目立つ存在なんですか?」

ガレスは遠くを睨むような目つきで頷いた。その表情には、言葉以上の重みが刻まれている。

「目立つなんてもんじゃない。お前の存在はこの国にとって『禁忌』そのものだ。」

「そんなっ……」

鼓動が速まる。冷や汗が背中を伝う。

「異世界召喚魔法は百年以上も前に禁止された。召喚者がもたらす力と災いを恐れたからだ。もし見つかれば、処刑されるだろうな。」

その言葉は、重い鎖のように奏の心に巻きついた。息苦しさが喉を締めつける。逃れようとしても、現実は容赦なく追いすがる。

「でも……どうして俺を召喚したんだ?そもそも誰が?」

ガレスは手綱を引き、馬の歩調を緩める。乾いた風に混じるガレスの声は、どこか遠く、冷たかった。

「それがわかれば苦労しないさ。」

その一言に、答えのない問いが闇に沈んだ。馬は再び前へと進み、二人を乗せた影が、朝の薄明かりに細く伸びていく。

しばらくすると、目的の場所へ辿り着いた。看板にはかろうじて「ノクターン」の文字が読み取れる。時の風雨に晒されても、どこか誇り高い存在感がそこにあった。

ガレスの手が重厚な木製の扉を押し開けると、冷えた空気が室内へと流れ込んだ。

室内は静寂に包まれ、照明の光は一切ない。代わりに、窓から差し込む淡い光が、ゆっくりと埃を舞わせながらカウンターや酒瓶を照らしている。木の床には光と影のモザイクが広がり、時の流れが止まったような静謐さが漂っていた。

奥の隅には、古びたピアノがひっそりと佇んでいる。その鍵盤は、まるで眠りについているかのように静かだった。

ガレスがカウンターの奥へ進みながら、低い声で説明した。

「今は窓からの光だけだ。昼間はそれで十分だろう?でも、夜になれば店内は一変する」

彼は天井に取り付けられた幾つかのガラス球を指差す。その球体は不透明で、細かい魔法の紋様が彫り込まれていた。

「これは『灯光の魔法具』だ。日が沈むと自動で灯り、柔らかな光で店内を照らす。普通の照明と違って、炎を使わないから安全だし、光の色合いも調整できる。客の気分や雰囲気に合わせてな」

奏は天井の魔法具を見上げ、静かに息を呑んだ。そこには、この世界ならではの技術と知恵が詰まっている。

「……夜のバーも見てみたいな」

ふと呟いた言葉に、ガレスは口の端を上げた。

「夜になれば、地元の常連、貴族、商人、あらゆる人間が集まる。ここはただの店じゃない。情報と噂が行き交う、『闇の社交場』だ」


奏はカウンターに座らされ、ガレスの真剣な眼差しを受け止めた。静かなバーの中で、その言葉だけが鋭く響く。

「まずはこの国と、この世界の仕組みについて知る必要がある。知らなければ、お前はすぐにこの世界の闇に飲まれるだろう。」


ガレスは棚から一枚の地図を取り出し、テーブルに広げた。羊皮紙に描かれた五つの大都市が、まるで運命の盤上に置かれた駒のように並んでいる。

「メロディアス王国には五つの都市がある。それぞれが異なる魔法と文化を育んでいるんだ。」

東の都市「ラボリオ」――錬金術と工業魔法の結晶。煙と歯車が踊る街。

西の都市「エルフローラ」――自然と魔法が共鳴する楽園。エルフと獣人が歌う森。

南の都市「ヒーラリア」――癒しの風が吹く温暖な地。薬学と芸術が発展した街。

北の都市「ヴァルカン」――戦士たちが鍛えられる鋼鉄の砦。魔法と筋肉がぶつかる場所。

中央都市「ハルモニア」――王族と貴族が君臨する芸術の都。腐敗の匂いが漂う宮廷。

ガレスの指が各都市を示すたび、地図の中で小さな物語が芽吹くように思えた。地図を畳むと、ガレスは深い溜息をついた。

「メロディアス王国は表向き平和だが、腐敗、差別、闇ギルド……陰に潜む危険は数えきれない。お前が異世界召喚者だと知られたら、命はないと思え。」

冷たい汗が奏の背中を伝った。恐怖と疑念が心を蝕む。自分がこの世界にいる意味。それは、まだ見つからない。

ふと視線がピアノに向く。古びた鍵盤が、誘うように、静かに彼を待っていた。

足が勝手にピアノの前へと向かう。静寂が二人の距離を縮める。
指先を鍵盤に置くと、冷たい感触が肌に馴染んだ。

――その瞬間、頭の片隅に微かな声が響く。

〈私の音を聞いて――〉

「俺のギフトって……なんなんだろう。」

声に出した疑問が、空気に溶けて消えた。

ガレスがカウンター越しに目を細め、静かに言った。

「ギフトなら誰にでもわかる。鑑定士に見てもらえ。」

ガレスは奥から一本の高級そうな酒瓶を取り出し、奏に差し出した。

「あと3日もすりゃあ、ルシエが街に戻る。その時にこれを持って行け。あいつは酒さえあれば、大人しくなるからな。」

奏は酒瓶を受け取り、静かに頷いた。重みのある瓶が、これからの運命の鍵のように思えた。

鍵盤を軽く叩く。低い音がバーに響き、静寂を切り裂いた。
ガレスは口の端をわずかに上げた。

「……いい音だな」

その言葉が、奏の心の奥深くに、小さな光を灯した。

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