イノリβ

山橋雪

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02-16

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 ――カケマクモカシコキ――ノミコト
 ――――――――カシコミカシコミマヲス――

 おどろおどろしい声だった。
 ほんの数メートル先で、女が髪を振り乱し、血走った目で虚空を見つめ叫んでいる。
 女将だ。
 あの石――地蔵の前で、わけのわからない言葉を発している。

 いや、あの独特の言葉。聞いたことがある。
 ――神社で聞くノリトだ。
 すなわち、あの部屋で聞こえた――女将の言っていたノリトとはいま聞こえているこれのことで……僕たちを供物として献上するノリトを唱えているということだ。
 
 必死に、何度も身体をくの字に折り曲げて礼拝する様に、背筋が凍る。
 本当にあの女将か?
 あまりの人の変わりようが不気味でならなかった。

「あのノリト……神道の体裁を保ってはいるが……」

「……聞きなじみのない神様のお名前が聞こえたね。あれはあの石に宿る方のお名前ではない」

「失礼なやつだな、名前を間違えるなんて。……問い詰めるか。アタシが供物にされている証拠はつかめたしな」

 ユウカが女将の足元を指さす。
 地蔵の目の前に、何か文字の書かれた人形の形代が置かれている。
 書かれていたのはユウカの名前だった。
 
 深くため息をついたユウカは左手に扇子を持ち立ち上がった。

「いったい何を……」

「ここからがコンサルの仕事だよ。コウタ達は……そうだな、一応隠れとけ」

 隠れていなければならないコンサルの仕事とはいったい……。
 穏やかではない指示に、顔が引きつる。
 警棒を握る右手に力がこもる。

「……お手並み拝見といこうかな」

「うるせーよ」

 ユウカはぶっきらぼうにそう返すと、足音を殺すようにそっと女将のもとへ近づき、声をかけた。

「……イナバさん。何をされているのですか?」

 ノリトをあげるのに相当集中していたのだろう。全く予想していなかった事態に、女将の身体がビクリと跳ねた。

「えっ、あっ、どうして」

「こんな夜中に何を」

 冷たい声音でユウカは問う。
 泳ぐ目で女将は答える。

「あっ、その、これは……そう! 以前、来られた霊媒師さんが悪霊退治するにはこうすると良いと」

「……ほう、そうでしたか」

「そ、そうなんですよ」

「――私の名前を書いた形代を供えるのも、その霊媒師の指示ですか?」

 女将は「あっ」と小さく声を上げ、直後、しまったという顔をした。

「貴方の言う霊媒師が、今日ここに初めて来た私の名前を知っているわけがない。つまり、その形代に私の名前を書いたのは貴方の意思に他ならない」

「いや、これは……」

「天井裏の形代。あれらは、この建物の持ち主である貴女しかできないですよね?」

「どっ、どうしてそれを……。あそこに人は入れないはず……あっ」 

「……いったいどういうおつもりですか? ――貴女は、いったいどんなイノリを実現させようとしているのですか?」

 扇子の先を切先のように女将の顎先に突きつけ、氷のように冷たい口調でユウカは問う。

「私も祈祷師の端くれです。ノロイを返すことは容易い。けれど私はコンサルでもあります。正直に全て話していただければ、それも踏まえてお力になりましょう。コトを荒立てるのが全てではないでしょう」

 一転、優しく、諭すような口調でユウカは問い直す。
 アメと鞭。これが、彼女の仕事のやり方のようだ。
 さすがまがいなりにもコンサルだけあって、口が回る。脅すだけではなく、追加発注まで引き出せるような交渉までやってしまうのか。
 感心していると、隣で笑い声が聞こえた。セリナだ。

「くくく、半分脅迫なのは変わりないけれどね。しかし……このまま穏やかにコトが進むと思っているのなら、まだ甘いね」

「――コウタ君、キミの出番は近いよ」

 にこやかに微笑むセリナが恐ろしかった。
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