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一章『万能屋と死霊術師』編
第二話「食事処【イットウ】」-5
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そこでようやく、リタははにかんだ。ずっと仏頂面だったから気づかなかったが、そうして笑うと、本当に年相応の女の子にしか見えない。
すっ、と、彼女が差しだしてきたのは右手だった。綺麗に揃えた四本の指が、まっすぐ僕の方に向いている。
その意味を、僕が理解するよりも早く、彼女は言った。
「いいわ。契約成立よ。陸の月が終わるまでの一か月間、あなたのことを守ってあげる」
途端。
安堵が、胸を満たすのが分かった。
何せ、相手は世界最高の万能屋。断られる可能性もそれなりにあるんじゃないかと思っていたばっかりに、思わず気が抜けてしまう。
緊張の糸が緩む。
よかった。と、ひとまずの安心に僕は息を吐いて、彼女の手を取った。
柔らかく、小さい、少女の手は決して頼りがいのあるものではなかったが、それでも実力は確かだった。僕はそれを、先ほどこの目で確かめている。
本物の【赤翼】なのかはまだ怪しいところではあるが、この際、僕を守ってくれるなら誰でもいい。握り返した手に力が籠るのを感じながら、ようやく返す言葉を見つけることができた。
「ああ、短い間だが、こちらこそよろしく。さて、詳しい話は――」
と、僕の声を遮るようにして、リタは空いた左手を大きく上げた。
すると、またしてもカウンターのあたりから誰かが近づいてくる。しかしそれは先ほどのウェイトレスではなく、ここに入ってすぐに声をかけてきた、長身の女性だった。
彼女はへらへらと軽薄な笑みを浮かべながらリタのすぐ脇まで来ると、その赤毛の美しい頭の上に手を載せながら、低いアルトで言った。
「やあ、決まったのかい? よかったじゃないか。今度は何の仕事なんだい?」
「やめて、オレリア。もう子供じゃないんだから頭を撫でまわさないで頂戴」
おっと失礼、なんておどけた様子で、オレリアと呼ばれた女性は手を引いた。
言葉とは裏腹に、リタはそこまで嫌がっている風には見えなかった。その距離感は単なる店員と客というよりは、どこか、姉妹のような近しさを感じる。
頭に巻いたバンダナをほんの少し整えてから、オレリアは、僕の方に視線を向けた。そして、歯を見せて豪快に笑う。
「あんたが依頼人だね。あたしはオレリア。この【イットウ】の店主で、こっちのちっこいのの……まあ、保護者みたいなもんさ、よろしくね」
「オレリア!」叫ぶリタの頬は、ほんの少し赤い。伝説の【赤翼】が子ども扱いされているというのはなんだかおかしな感じだった。
「あ、ああ。ジェイだ。よろしく……」
返しながら、僕は心中で首を傾げていた。
どうしてこのタイミングで、店主を呼ぶ必要があったのか。僕らが今からするのは仕事の話――できることなら、部外者に聞かれたくはないのではないだろうか。
それとも、やはりリタは偽物で、実はこっちのオレリアが【赤翼】であるなんてこともあるかもしれない。彼女は女性にしては体も大柄だし、顔つきも引き締まっている。リタよりも何倍も女傑のイメージが似合いそうな精悍さだ。
そんな彼女に、リタは奇妙なことを言った。
「オレリア、上の広い客室を貸してもらえるかしら。それと、彼の分の食事も」
部屋と、食事?
宿をここに移せということだろうか。というか、この半分酒場と見分けがつかない食堂に、宿泊のできる客室があるということの方が驚きだ。
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
「何? ここは私が普段からねぐらにしてるところだから、安全性は問題ないわよ」
「そりゃあ結構だ、結構なんだが、広い部屋ってのはどうしてなんだ? まあ、好みを言ってられる状況じゃないのはわかってるんだけどさ、ほら、どうせなら僕は、狭い部屋の方が落ち着くんだが……」
元とはいえ、貴族らしくないと言われれば、それはそうなのかもしれないが。
変に広い部屋に泊まらされても困るというか、持て余す。もしかすると室内で襲われ、戦闘になる可能性も考えてのことなのかもしれないが、そもそも室内に侵入を許した時点で厳しいのではないか、なんて、考える僕に、リタは予想外の答えを返した。
「何言ってるのよ、二人で一部屋なんだから、流石に手狭になっちゃうでしょ」
二人で一部屋?
再び、頭の端に疑問符が浮かぶ。
なんだか、致命的に話がズレている気がする。僕と彼女、どちらかの認識に、決定的な齟齬が発生している。
「あー、もう、だからぁ……」
眉を寄せる僕に、ほんの少しだけ焦れたのだろう。
微かに苛立った声で、リタは、ついにそれを口にした。
「今日から一か月、あんたは私と暮らすのよ!」
は? と、漏れ出た僕の声は遠く。食堂の喧騒にかき消され、戻ってくることはなかった。
……これが、僕と彼女の物語の始まり。
こうして、出来損ないの死霊術師と、世界一の万能屋。二人の奇妙で、しかし一生忘れられないであろう同居生活は幕を開けることになったのだ。
すっ、と、彼女が差しだしてきたのは右手だった。綺麗に揃えた四本の指が、まっすぐ僕の方に向いている。
その意味を、僕が理解するよりも早く、彼女は言った。
「いいわ。契約成立よ。陸の月が終わるまでの一か月間、あなたのことを守ってあげる」
途端。
安堵が、胸を満たすのが分かった。
何せ、相手は世界最高の万能屋。断られる可能性もそれなりにあるんじゃないかと思っていたばっかりに、思わず気が抜けてしまう。
緊張の糸が緩む。
よかった。と、ひとまずの安心に僕は息を吐いて、彼女の手を取った。
柔らかく、小さい、少女の手は決して頼りがいのあるものではなかったが、それでも実力は確かだった。僕はそれを、先ほどこの目で確かめている。
本物の【赤翼】なのかはまだ怪しいところではあるが、この際、僕を守ってくれるなら誰でもいい。握り返した手に力が籠るのを感じながら、ようやく返す言葉を見つけることができた。
「ああ、短い間だが、こちらこそよろしく。さて、詳しい話は――」
と、僕の声を遮るようにして、リタは空いた左手を大きく上げた。
すると、またしてもカウンターのあたりから誰かが近づいてくる。しかしそれは先ほどのウェイトレスではなく、ここに入ってすぐに声をかけてきた、長身の女性だった。
彼女はへらへらと軽薄な笑みを浮かべながらリタのすぐ脇まで来ると、その赤毛の美しい頭の上に手を載せながら、低いアルトで言った。
「やあ、決まったのかい? よかったじゃないか。今度は何の仕事なんだい?」
「やめて、オレリア。もう子供じゃないんだから頭を撫でまわさないで頂戴」
おっと失礼、なんておどけた様子で、オレリアと呼ばれた女性は手を引いた。
言葉とは裏腹に、リタはそこまで嫌がっている風には見えなかった。その距離感は単なる店員と客というよりは、どこか、姉妹のような近しさを感じる。
頭に巻いたバンダナをほんの少し整えてから、オレリアは、僕の方に視線を向けた。そして、歯を見せて豪快に笑う。
「あんたが依頼人だね。あたしはオレリア。この【イットウ】の店主で、こっちのちっこいのの……まあ、保護者みたいなもんさ、よろしくね」
「オレリア!」叫ぶリタの頬は、ほんの少し赤い。伝説の【赤翼】が子ども扱いされているというのはなんだかおかしな感じだった。
「あ、ああ。ジェイだ。よろしく……」
返しながら、僕は心中で首を傾げていた。
どうしてこのタイミングで、店主を呼ぶ必要があったのか。僕らが今からするのは仕事の話――できることなら、部外者に聞かれたくはないのではないだろうか。
それとも、やはりリタは偽物で、実はこっちのオレリアが【赤翼】であるなんてこともあるかもしれない。彼女は女性にしては体も大柄だし、顔つきも引き締まっている。リタよりも何倍も女傑のイメージが似合いそうな精悍さだ。
そんな彼女に、リタは奇妙なことを言った。
「オレリア、上の広い客室を貸してもらえるかしら。それと、彼の分の食事も」
部屋と、食事?
宿をここに移せということだろうか。というか、この半分酒場と見分けがつかない食堂に、宿泊のできる客室があるということの方が驚きだ。
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
「何? ここは私が普段からねぐらにしてるところだから、安全性は問題ないわよ」
「そりゃあ結構だ、結構なんだが、広い部屋ってのはどうしてなんだ? まあ、好みを言ってられる状況じゃないのはわかってるんだけどさ、ほら、どうせなら僕は、狭い部屋の方が落ち着くんだが……」
元とはいえ、貴族らしくないと言われれば、それはそうなのかもしれないが。
変に広い部屋に泊まらされても困るというか、持て余す。もしかすると室内で襲われ、戦闘になる可能性も考えてのことなのかもしれないが、そもそも室内に侵入を許した時点で厳しいのではないか、なんて、考える僕に、リタは予想外の答えを返した。
「何言ってるのよ、二人で一部屋なんだから、流石に手狭になっちゃうでしょ」
二人で一部屋?
再び、頭の端に疑問符が浮かぶ。
なんだか、致命的に話がズレている気がする。僕と彼女、どちらかの認識に、決定的な齟齬が発生している。
「あー、もう、だからぁ……」
眉を寄せる僕に、ほんの少しだけ焦れたのだろう。
微かに苛立った声で、リタは、ついにそれを口にした。
「今日から一か月、あんたは私と暮らすのよ!」
は? と、漏れ出た僕の声は遠く。食堂の喧騒にかき消され、戻ってくることはなかった。
……これが、僕と彼女の物語の始まり。
こうして、出来損ないの死霊術師と、世界一の万能屋。二人の奇妙で、しかし一生忘れられないであろう同居生活は幕を開けることになったのだ。
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