37 / 161
二章『【凪の村】』編
第八話「凪いだ水面」-2
しおりを挟む
僕は、彼女にそれを話すべきか迷った。というのも、話したところで彼女に伝わるとは思えないからだ。
多分、今この村にいる人間でその存在を知っているのは――僕だけだから。
僕は半ば無意識のうちに、首元のロザリオに手を伸ばしていた。冷たい金属の感覚が、荒事で火照った体温を冷ましていく。
しかし、そうして俯いていても時間は過ぎるばかりだ。言うまでリタは納得しないだろうし、仕方がない。と、腹をくくって。
「……実は、僕は――」
と、口にしようとして。
口の中で音の形を定めていて。
そこで、気づいた。
「――ちょっと待て、あるぞ」
はあ? と、リタが苛立ち交じりの声を上げた。何を言っているのか、という顔で、僕をじろりと睨みつけてくる。
「あるって、何よ。子供たちを見つける手がかりがあるって言うの?」
「ああ。たぶん僕は一人、目撃者を知っている」
「目撃者って、そんなのがいるならこいつはとっくの昔に捕まってたでしょうが」
顎で指しながら、彼女の眉間の皺がどんどんと深くなっていく。何を言っているんだこいつはと、口にしていないのに聞こえてきそうなほどだ。
確かに、そうだ。偽イアンはそれなりに用心して行動していただろうし、認識阻害魔術を用いていた以上、魔術師でもなんでもない村人に犯行を目撃されるというのは考えにくい。
第一、そんなものがいるのならリタがこの村に呼ばれることはなかっただろう。この事件で一番厄介だったのが、そう言った手掛かりの見つけづらさでもあったのだろうから。
ただ。
それは人の目において、の話だ。
「……いるんだよ、それが。一人だけ、事件の一部始終を人知れず見届けてたかもしれないやつがさ」
「あんた、まさか」
リタの目が驚愕に見開かれる。恐らく、言わずとも理解してくれたのだろう。彼女の表情が、ほんの少しだけ弛んだ。
「……いいわ、どうせ他にアテもなさそうだし、案内しなさい」
僕は静かに頷いた。
そして、思い返す。僕が『彼』と最後に会った場所は、ここからそう遠く離れてはいない。そう遠くないところにいるはずだ。
僕は歩き出す。確かな居場所はわからないが、たぶん僕は、もう一度彼と会うことができる。二度あることはきっと三度あるはずだという、それは何も根拠のない予感でしかなかったが、僕の怠惰を蹴とばすにはそれで十分だった。
かさり、かさりと、逢魔が時の村に僕らの乾いた足音が響く。
あの街のものとは違う柔らかな西日は、しかし、僅かな陰影までもを色濃く映し出す。深まるコントラストは、イコールでタイムリミットを表している。
リタは、先を行く僕に何かを言ったりはしなかった。口うるさい彼女にしては珍しく、黙して僕に着いて来ている。
それもそうか。何でもできる彼女にしたって、これは明らかに専門外。条理の外にある、埒外の作業だ。
僕にしかできない。
僕がやらなければならない。
事件の解決とか、そんなことは差し置いたとしても、僕は僕として、ここを譲るわけにはいかない。
ロザリオを握る手に、思わず力が籠る。冷たい金属の角が掌に食い込んで微かに痛んだが、今の僕にそれを気にしているような余裕はなかった。ただ五月蠅いくらいの心音と、腹の底が縮むような緊張感を抑えながら、ひたすらに集中力を研ぎ澄ませていく。
このロザリオは、僕に残された唯一の形見。燃える生家から逃げ延びる際、最後に父から譲り受けたものだ。
よく磨かれた銀製のこれは、決してただの飾りではない。これもまた、リタのマントや僕の霊符と同じような、紋様の刻まれた触媒である。
そして、その効果は――。
多分、今この村にいる人間でその存在を知っているのは――僕だけだから。
僕は半ば無意識のうちに、首元のロザリオに手を伸ばしていた。冷たい金属の感覚が、荒事で火照った体温を冷ましていく。
しかし、そうして俯いていても時間は過ぎるばかりだ。言うまでリタは納得しないだろうし、仕方がない。と、腹をくくって。
「……実は、僕は――」
と、口にしようとして。
口の中で音の形を定めていて。
そこで、気づいた。
「――ちょっと待て、あるぞ」
はあ? と、リタが苛立ち交じりの声を上げた。何を言っているのか、という顔で、僕をじろりと睨みつけてくる。
「あるって、何よ。子供たちを見つける手がかりがあるって言うの?」
「ああ。たぶん僕は一人、目撃者を知っている」
「目撃者って、そんなのがいるならこいつはとっくの昔に捕まってたでしょうが」
顎で指しながら、彼女の眉間の皺がどんどんと深くなっていく。何を言っているんだこいつはと、口にしていないのに聞こえてきそうなほどだ。
確かに、そうだ。偽イアンはそれなりに用心して行動していただろうし、認識阻害魔術を用いていた以上、魔術師でもなんでもない村人に犯行を目撃されるというのは考えにくい。
第一、そんなものがいるのならリタがこの村に呼ばれることはなかっただろう。この事件で一番厄介だったのが、そう言った手掛かりの見つけづらさでもあったのだろうから。
ただ。
それは人の目において、の話だ。
「……いるんだよ、それが。一人だけ、事件の一部始終を人知れず見届けてたかもしれないやつがさ」
「あんた、まさか」
リタの目が驚愕に見開かれる。恐らく、言わずとも理解してくれたのだろう。彼女の表情が、ほんの少しだけ弛んだ。
「……いいわ、どうせ他にアテもなさそうだし、案内しなさい」
僕は静かに頷いた。
そして、思い返す。僕が『彼』と最後に会った場所は、ここからそう遠く離れてはいない。そう遠くないところにいるはずだ。
僕は歩き出す。確かな居場所はわからないが、たぶん僕は、もう一度彼と会うことができる。二度あることはきっと三度あるはずだという、それは何も根拠のない予感でしかなかったが、僕の怠惰を蹴とばすにはそれで十分だった。
かさり、かさりと、逢魔が時の村に僕らの乾いた足音が響く。
あの街のものとは違う柔らかな西日は、しかし、僅かな陰影までもを色濃く映し出す。深まるコントラストは、イコールでタイムリミットを表している。
リタは、先を行く僕に何かを言ったりはしなかった。口うるさい彼女にしては珍しく、黙して僕に着いて来ている。
それもそうか。何でもできる彼女にしたって、これは明らかに専門外。条理の外にある、埒外の作業だ。
僕にしかできない。
僕がやらなければならない。
事件の解決とか、そんなことは差し置いたとしても、僕は僕として、ここを譲るわけにはいかない。
ロザリオを握る手に、思わず力が籠る。冷たい金属の角が掌に食い込んで微かに痛んだが、今の僕にそれを気にしているような余裕はなかった。ただ五月蠅いくらいの心音と、腹の底が縮むような緊張感を抑えながら、ひたすらに集中力を研ぎ澄ませていく。
このロザリオは、僕に残された唯一の形見。燃える生家から逃げ延びる際、最後に父から譲り受けたものだ。
よく磨かれた銀製のこれは、決してただの飾りではない。これもまた、リタのマントや僕の霊符と同じような、紋様の刻まれた触媒である。
そして、その効果は――。
0
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる