45 / 161
三章『竜の慟哭と壁の町』編
第十話「大陸間横断鉄道」-3
しおりを挟む
それは、一見すれば人間の、それも成人女性のように見えるだろう。細い腰と手脚、豊かな胸部に長い髪。けれど、その爪先は猛禽類の如き鈎爪となっており、腕の半ばほどからは、同じく鷹や鷲を思わせるような、大きな翼に変わっている。
酷薄な笑みを浮かべ、まるで品定めでもするかのようにこちらを見つめてくるその生き物に、僕は心当たりがあった。
「ッ、有翼人かよっ……!」
有翼人。
高い知能と、その大きな翼が特徴的な魔物であり、主に、行倒れた旅人などが変性するという。見た目こそ人間に近いものの、その生態は残酷の一言。子供や若い女性が攫われた、なんて話はよく聞くし、何より極めつけに、こいつらの主食は――。
「――クソっ!」僕は悪態を一つ吐き捨てると、そのまま横合いに飛び退く、ガラスが割れたのは、それと同時の事だった。鋭い爪が透明の帳をぶち破り、ジャケットの端を僅かに掠める。
頭の中をぐるぐると回り続ける、いつか本で読んだ知識を、一旦頭蓋の奥底に収めて、僕はゆっくりと一つ、息を吐いた。
見れば、周囲は既に地獄絵図と化していた。窓から強襲してきた鈎爪に捕らえられた者。隣人を連れていかれまいと、その服に必死に縋りつく者。そして、そのまま身動きも取れず、横合いから飛来した牙に喰いつかれる者。
阿鼻叫喚の車内を嘲るように、僕らの座っていたボックス席にも、一体の有翼人が侵入してくる。
心拍が上がる、相手は話が通じない化け物だ。それに、今はリタもいない。ここ数週間で幾度目かの命の危機に、思わず心拍が上がる。
しかし、焦ってはいけない。深呼吸、そして、それと同時に、懐から抜き放った霊符に力を込める。
「――ウィル・オ・ウィスプ!」
指先から放たれた霊符は火の玉となり、笑う有翼人の顔面に直撃した。一瞬の隙、車内にはもう、逃げ場がないようだった。
僕は思い切って、窓から身を投げ出した。線路脇の地面まではそれなりの高さがあり、ろくな受け身の取り方も知らない僕は、酷く体を打ち付けたものの、すぐに体を起こし、状況を確認する。
「……なんだよ、これ」
そして、思わず固まってしまった。
十二両からなる大陸間横断鉄道、その全ての客車に、およそ十匹ずつ程の有翼人が貼り付いている。その数、延べ百体は下らないだろう。
思わず、霊符を握る手の力が緩んでしまった。背筋を登ってくる冷たい感触は、屋敷が焼け落ちるのを見ていた時と、よく似ていた。
が、絶望に膝を着いている暇もなかった。
窓のすぐ傍に纏わりついていた、何体かの有翼人が振り向いた。獲物が、列車から飛び出してきたことに気が付いたのだ。連中は、僕の目にわずかな怯えがあることを確認するかのように観察したのち、一斉に飛びかかってきた。
霊符を――いや、仮に手持ちの札をすべて『ウィル・オ・ウィスプ』にして当てたとしても、ろくな時間稼ぎにならないだろう。そう判断した僕は、脇目も振らず駆け出した。
そして、辺りを見回す。僕の考えが正しければ、『それ』は、遠くから見てもよく目立つはずなのだ。
探し始めてから、ほんの数秒。見つけた僕は、そちらに全力で駆ける。
目指すは車両前方。赤い髪を振り回す、鋼の旋風の中心だ。
「……! ちょっと、あんた、何やってるのよ!」
向こうも僕を視認したのか、リタが驚いたように目を見開いた。そのすぐ側に滑り込んで背中を合わせた僕は、半ばヤケクソな調子で霊符を構えた。
「うるさいな、車内まで連中が入ってきたんだよ! というか、曲がりなりにも護衛なんだから、置いていくなっての!」
叫びつつ、人魂を放つ。接近してきていた一体の腹部で弾けたそれは、花火程度の威力しかない。
しかし、一瞬怯ませればそれで十分。リタが翼を閃かせる。飛行に適した有翼人の体は、鋼の翼の打撃を耐えられるようにはなっていないようで、ひしゃげながら転がっていった。
「そ、それはそうだけど、でも、列車がこんなことになっちゃったら、出ていかざるを得ないじゃない!」
彼女は必死に反論しつつも、戦いの手を緩めない。そのまま、翼を振るった勢いを殺さずに上空から襲い来た個体を蹴り飛ばしていく。
そして、華麗に着地した彼女は、訝しげに眉を寄せた。
「……それにしても、おかしいわね。なんでこいつら、列車なんか襲いに来てるの?」
「おかしいって、何がだよ。魔物なんだから、人を襲って当然だろ」
しかし、彼女は首を振る。
「有翼人は、とても高い知能を有しているわ。それこそ、人と遜色ないほどに。だから、食うに困っても『列車を襲う』なんて不確実で乱暴な方法、滅多に取りはしないわよ」
「って、言ったって、現に僕らは襲われてるじゃないか! その、滅多ってのが今起こってるんだろ!」
僕は叫びつつ、指先で札の枚数を確かめる。あと、八発。相手の数を考えれば、残弾は圧倒的に不足している。
「……ひとまず、あんたは私のそばを離れないで。それと、霊符は常に撃てるようにしておくこと」
「言われるまでもない、頼むぜ【赤翼】先生。僕は、こんなとこで――」
と、そこまで口にしたところで、肩に圧迫感を覚えた。
続いて、感じたのは重さ。見れば、僕の肩口に深く、巨大な鉤爪が食い込んでいた。
酷薄な笑みを浮かべ、まるで品定めでもするかのようにこちらを見つめてくるその生き物に、僕は心当たりがあった。
「ッ、有翼人かよっ……!」
有翼人。
高い知能と、その大きな翼が特徴的な魔物であり、主に、行倒れた旅人などが変性するという。見た目こそ人間に近いものの、その生態は残酷の一言。子供や若い女性が攫われた、なんて話はよく聞くし、何より極めつけに、こいつらの主食は――。
「――クソっ!」僕は悪態を一つ吐き捨てると、そのまま横合いに飛び退く、ガラスが割れたのは、それと同時の事だった。鋭い爪が透明の帳をぶち破り、ジャケットの端を僅かに掠める。
頭の中をぐるぐると回り続ける、いつか本で読んだ知識を、一旦頭蓋の奥底に収めて、僕はゆっくりと一つ、息を吐いた。
見れば、周囲は既に地獄絵図と化していた。窓から強襲してきた鈎爪に捕らえられた者。隣人を連れていかれまいと、その服に必死に縋りつく者。そして、そのまま身動きも取れず、横合いから飛来した牙に喰いつかれる者。
阿鼻叫喚の車内を嘲るように、僕らの座っていたボックス席にも、一体の有翼人が侵入してくる。
心拍が上がる、相手は話が通じない化け物だ。それに、今はリタもいない。ここ数週間で幾度目かの命の危機に、思わず心拍が上がる。
しかし、焦ってはいけない。深呼吸、そして、それと同時に、懐から抜き放った霊符に力を込める。
「――ウィル・オ・ウィスプ!」
指先から放たれた霊符は火の玉となり、笑う有翼人の顔面に直撃した。一瞬の隙、車内にはもう、逃げ場がないようだった。
僕は思い切って、窓から身を投げ出した。線路脇の地面まではそれなりの高さがあり、ろくな受け身の取り方も知らない僕は、酷く体を打ち付けたものの、すぐに体を起こし、状況を確認する。
「……なんだよ、これ」
そして、思わず固まってしまった。
十二両からなる大陸間横断鉄道、その全ての客車に、およそ十匹ずつ程の有翼人が貼り付いている。その数、延べ百体は下らないだろう。
思わず、霊符を握る手の力が緩んでしまった。背筋を登ってくる冷たい感触は、屋敷が焼け落ちるのを見ていた時と、よく似ていた。
が、絶望に膝を着いている暇もなかった。
窓のすぐ傍に纏わりついていた、何体かの有翼人が振り向いた。獲物が、列車から飛び出してきたことに気が付いたのだ。連中は、僕の目にわずかな怯えがあることを確認するかのように観察したのち、一斉に飛びかかってきた。
霊符を――いや、仮に手持ちの札をすべて『ウィル・オ・ウィスプ』にして当てたとしても、ろくな時間稼ぎにならないだろう。そう判断した僕は、脇目も振らず駆け出した。
そして、辺りを見回す。僕の考えが正しければ、『それ』は、遠くから見てもよく目立つはずなのだ。
探し始めてから、ほんの数秒。見つけた僕は、そちらに全力で駆ける。
目指すは車両前方。赤い髪を振り回す、鋼の旋風の中心だ。
「……! ちょっと、あんた、何やってるのよ!」
向こうも僕を視認したのか、リタが驚いたように目を見開いた。そのすぐ側に滑り込んで背中を合わせた僕は、半ばヤケクソな調子で霊符を構えた。
「うるさいな、車内まで連中が入ってきたんだよ! というか、曲がりなりにも護衛なんだから、置いていくなっての!」
叫びつつ、人魂を放つ。接近してきていた一体の腹部で弾けたそれは、花火程度の威力しかない。
しかし、一瞬怯ませればそれで十分。リタが翼を閃かせる。飛行に適した有翼人の体は、鋼の翼の打撃を耐えられるようにはなっていないようで、ひしゃげながら転がっていった。
「そ、それはそうだけど、でも、列車がこんなことになっちゃったら、出ていかざるを得ないじゃない!」
彼女は必死に反論しつつも、戦いの手を緩めない。そのまま、翼を振るった勢いを殺さずに上空から襲い来た個体を蹴り飛ばしていく。
そして、華麗に着地した彼女は、訝しげに眉を寄せた。
「……それにしても、おかしいわね。なんでこいつら、列車なんか襲いに来てるの?」
「おかしいって、何がだよ。魔物なんだから、人を襲って当然だろ」
しかし、彼女は首を振る。
「有翼人は、とても高い知能を有しているわ。それこそ、人と遜色ないほどに。だから、食うに困っても『列車を襲う』なんて不確実で乱暴な方法、滅多に取りはしないわよ」
「って、言ったって、現に僕らは襲われてるじゃないか! その、滅多ってのが今起こってるんだろ!」
僕は叫びつつ、指先で札の枚数を確かめる。あと、八発。相手の数を考えれば、残弾は圧倒的に不足している。
「……ひとまず、あんたは私のそばを離れないで。それと、霊符は常に撃てるようにしておくこと」
「言われるまでもない、頼むぜ【赤翼】先生。僕は、こんなとこで――」
と、そこまで口にしたところで、肩に圧迫感を覚えた。
続いて、感じたのは重さ。見れば、僕の肩口に深く、巨大な鉤爪が食い込んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる