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三章『竜の慟哭と壁の町』編
第十三話「思い/思い出」-3
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「……へえ、そう。それで、この街まで」
ここまでの経緯を聞いたマキナは、そう口にしながら、どこかぎこちない様子で頷いていた。
無表情、そして、反応にも乏しい彼女はどのくらい僕の話に興味を抱いているのかはわからなかったが、最後まで聞いてくれたということは、退屈はしていなかったのだろう。
それに、見る限りでは骸骨に捕まったことによる怪我も残っていないようだ。それに一つ、胸を撫で下ろしつつ、息を吐いた。
「ああ、いつもこうだ。あいつ、危ないかもしれないっていうのに、必ず僕を任務に連れて行こうとするんだ」
とはいえ、その理由は以前も聞いている。
自分が守りきればいい。ある種単純で、乱暴さすらも感じるその考え方は、【赤翼】の能力の高さによるものなのだろう。
完璧に、そうする自信があるから――と、一文を書き添えれば、それでなんとなくリタらしさを感じられないこともない。
しかし、マキナはゆるゆると首を振った。
「……たぶん、それだけでは、ないですよ」
「前には、そう言っていたけどな」
「だとすれば、照れ隠し。リタ様はきっと、『あのお方』の真似事をしているから」
そこで、僕は首を傾げた。
『あのお方』とは、誰のことだろうか?
訝しげにしている僕の表情を読み取ったのか、マキナはさらに続ける。
「もしかして、リタ様はあなたに、昔のことを秘匿している?」
「……ああ、聞いてないな。とはいえ、聞く理由もない。僕は、ただの依頼人だからな」
口にした定型句。聞いたマキナは、ただ僕を見つめるばかりだった。
まるで、咎めるように。どこか不思議そうに、或いは、諌めるような輝きを宿していたかもしれない。
「それは、どうしてなのでしょう?」
「どうして、って、何がだよ」
「どうして、依頼人が万能屋の過去を気にする理由がないのでしょう?」
彼女の淡々とした物言いが、ひどく、僕の背に刺さる。
「……そりゃあ、だって。深入りしたって、いいことないだろう」
僕は、逃げるように、さらに言葉を重ねる。
心のどこか奥の方では、それがただの方便であることもわかっている。深入りしていいことがない、のではなく、深入りしたくないのだ。
……僕の瞼の裏には、今も、焼け焦げる家族の姿が残っている。
「……ジェイ様は、怯えてらっしゃる」
僕の弱さを、彼女は一言で撃ち抜いた。
怯えている。リタに歩み寄れば、別れが辛くなるばかりだと。そう、言いたいのだろうか。
「そんなことは、ないさ」
僕はそれを絞り出すだけで精一杯だった。
認めてしまえば楽なのだろう。受け入れてしまえば、楽なのだろう。
しかし、楽になるためには、僕にはほんの少しだけ、心の張りが足りなかった。
「過去を知ることは、その人を知ることに他なりません。共に歩むのなら、いずれ、知ることは避けられない」
「いや、だから、僕はただの依頼人で……」
「本当に?」彼女のガラス玉のような目が、僕の水晶体を覗き込む。
それがどうにもバツが悪くて、僕は逃げるように立ち上がり、窓辺へと向かった。
リタと僕の関係性は、単なる仕事でしかない。
それ以上でも、それ以下でもなく。たった二週間で、人が変わることはできないのだ。
――しかし。
「……少しだけ、知りたいと思っているのは事実だよ」
僕はできるだけ声量を絞って、そう、呟いた。
言うまでもなく、聞くまでもなく、それは僕の本音の欠片だ。勿論、知的好奇心の範疇でしかないのだろうが、この陸の月が終わる前に、もう少しだけ、彼女のことを知ってもいいかもしれないとは、思っている。
僕と彼女の関係は、時限式でほどけていってしまう。
ひとりとひとり。きっと、それ以降で僕たちの人生が重なることは、無いのだろう。世界最高の万能屋として生きようとする彼女と、しがない死霊術士では、それこそ、二度と接点などないかもしれない。
それは、ほんの少し、寂しかった。
「……なら、是非ともそうなさって。リタ様には、きっとあなたが必要」
マキナはゆっくりとベッドから立ち上がった。けれど、その足音は遠ざかっていく。どうやら、彼女はこの部屋を辞すことにしたようだ。
ここまでの経緯を聞いたマキナは、そう口にしながら、どこかぎこちない様子で頷いていた。
無表情、そして、反応にも乏しい彼女はどのくらい僕の話に興味を抱いているのかはわからなかったが、最後まで聞いてくれたということは、退屈はしていなかったのだろう。
それに、見る限りでは骸骨に捕まったことによる怪我も残っていないようだ。それに一つ、胸を撫で下ろしつつ、息を吐いた。
「ああ、いつもこうだ。あいつ、危ないかもしれないっていうのに、必ず僕を任務に連れて行こうとするんだ」
とはいえ、その理由は以前も聞いている。
自分が守りきればいい。ある種単純で、乱暴さすらも感じるその考え方は、【赤翼】の能力の高さによるものなのだろう。
完璧に、そうする自信があるから――と、一文を書き添えれば、それでなんとなくリタらしさを感じられないこともない。
しかし、マキナはゆるゆると首を振った。
「……たぶん、それだけでは、ないですよ」
「前には、そう言っていたけどな」
「だとすれば、照れ隠し。リタ様はきっと、『あのお方』の真似事をしているから」
そこで、僕は首を傾げた。
『あのお方』とは、誰のことだろうか?
訝しげにしている僕の表情を読み取ったのか、マキナはさらに続ける。
「もしかして、リタ様はあなたに、昔のことを秘匿している?」
「……ああ、聞いてないな。とはいえ、聞く理由もない。僕は、ただの依頼人だからな」
口にした定型句。聞いたマキナは、ただ僕を見つめるばかりだった。
まるで、咎めるように。どこか不思議そうに、或いは、諌めるような輝きを宿していたかもしれない。
「それは、どうしてなのでしょう?」
「どうして、って、何がだよ」
「どうして、依頼人が万能屋の過去を気にする理由がないのでしょう?」
彼女の淡々とした物言いが、ひどく、僕の背に刺さる。
「……そりゃあ、だって。深入りしたって、いいことないだろう」
僕は、逃げるように、さらに言葉を重ねる。
心のどこか奥の方では、それがただの方便であることもわかっている。深入りしていいことがない、のではなく、深入りしたくないのだ。
……僕の瞼の裏には、今も、焼け焦げる家族の姿が残っている。
「……ジェイ様は、怯えてらっしゃる」
僕の弱さを、彼女は一言で撃ち抜いた。
怯えている。リタに歩み寄れば、別れが辛くなるばかりだと。そう、言いたいのだろうか。
「そんなことは、ないさ」
僕はそれを絞り出すだけで精一杯だった。
認めてしまえば楽なのだろう。受け入れてしまえば、楽なのだろう。
しかし、楽になるためには、僕にはほんの少しだけ、心の張りが足りなかった。
「過去を知ることは、その人を知ることに他なりません。共に歩むのなら、いずれ、知ることは避けられない」
「いや、だから、僕はただの依頼人で……」
「本当に?」彼女のガラス玉のような目が、僕の水晶体を覗き込む。
それがどうにもバツが悪くて、僕は逃げるように立ち上がり、窓辺へと向かった。
リタと僕の関係性は、単なる仕事でしかない。
それ以上でも、それ以下でもなく。たった二週間で、人が変わることはできないのだ。
――しかし。
「……少しだけ、知りたいと思っているのは事実だよ」
僕はできるだけ声量を絞って、そう、呟いた。
言うまでもなく、聞くまでもなく、それは僕の本音の欠片だ。勿論、知的好奇心の範疇でしかないのだろうが、この陸の月が終わる前に、もう少しだけ、彼女のことを知ってもいいかもしれないとは、思っている。
僕と彼女の関係は、時限式でほどけていってしまう。
ひとりとひとり。きっと、それ以降で僕たちの人生が重なることは、無いのだろう。世界最高の万能屋として生きようとする彼女と、しがない死霊術士では、それこそ、二度と接点などないかもしれない。
それは、ほんの少し、寂しかった。
「……なら、是非ともそうなさって。リタ様には、きっとあなたが必要」
マキナはゆっくりとベッドから立ち上がった。けれど、その足音は遠ざかっていく。どうやら、彼女はこの部屋を辞すことにしたようだ。
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