赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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三章『竜の慟哭と壁の町』編

第十四話「出陣」-1

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 翌朝、僕たちの起床は、いつもよりも二時間以上早い、空が白みだした頃だった。
 僕は珍しく、リタよりも先に目を開けた。作戦当日の緊張感がそうさせたのか、心拍がいつもよりも早く、そして重い。

 身支度を整え、懐の霊符の枚数を確かめる。昨晩補充したため、十分な量が用意できている。
 頼りなくはあるが、いざという時にはこれが最後の生命線なのだ。できる限りの準備をしておいて、損はない。

 首からロザリオを掛け、襟を正したところで、背後から眠たげな息遣いが聞こえてきた。

「……あれ、ジェイ。もう起きてたの……?」

 半開きの目を擦りながら上体を起こしたリタには、いつものような鋭さも、苛烈さもなかった。

「ああ、ちょっと、な。『夕暮れの街』に慣れすぎて、朝の空気が合わなかったのかも」

 口にしてから思えば、街の外で一晩を明かしたのは、この生活が始まってから初めてだ。
 あながち、それも原因の一つで間違いないのかもしれない――と、ぼんやり考えつつ、彼女の半開きの目を見つめる。


「……なによ」怪訝そうに、彼女は眉を寄せた。

「いや、何も。それよりも、この後、魔物と戦いに行くっていうのに、そんなに寝ぼけ眼で大丈夫なのかよ?」

「余計なお世話ね。それに、しっかりと抜くところは抜く、引き締める時は引き締める。それが、プロとしての心構えよ」


 そりゃあまた、都合の良い心構えだこと。
 とは、言葉に出さず。僕は背を向け、窓の外を見やった。

 流石に、この早朝では『壁の街』といえど、眠りに就いているかのように静かだった。
 耳を澄ませば、遥か遠くから砲声と爆音が聞こえてくるような気がしたが、それは昨日、あの光景を目にしていたからだろうか。

 いずれ、この街の壁は突破される。
 その未来を遠ざけるためにも――今日の作戦は、絶対に失敗できないのだ。

「……本当に、いいのね?」

 その声に振り返れば、既にリタが身支度を整え、僕の背後に立っていた。目を離したのはほんの数分だというのに、魔術でと使ったのだろうかと、疑いたくなるほどの早着替えだ。


「いいって、何かだよ」

「今日の作戦。あなた、私についてくるってことで本当にいいの?」


 僕はそんな話を聞きながら、昨晩の会話を思い出していた。
 結局のところ、作戦の内容は変わらない。ラティーンとドラコが道を開いて、その間にリタが、親玉を叩く。

 けれど、ラティーンは言ってくれたのだ。無理に、僕を危険な場所に連れて行く必要はないと。
 だから、僕には選択肢が生まれた。リタに同行するか、それとも、ここに残ってマキナとともに二人の帰りを待つか、だ。

 そして、僕は決断した――危険を犯してでも、リタについていく、と。

「ああ、それか」僕は努めて、事もなげに。「問題ない……わけがないだろ。魔物との戦いに巻き込まれるなんてまっぴらだし、可能なら行きたくないさ」

 【赤翼】ですら手を焼く、魔物の親玉。
 そんなものとの戦いに同行すれば、巻き添えを食らってもおかしくはない。どうして、僕がそんな危ない所に、とも思う。

 だが。

「ここに残ったって、リトラ神父の手下が来るかもしれないんだ。どう転んだって、安全なところなんてない。それなら、少しでもマシな方を選ぶさ」

 そこで、一歩、彼女に歩み寄る。
 しっかりと両目を見据えたのは、今の僕にできる、最大限の誠意の表現だった。

「――守ってくれるんだろ? 【赤翼】さん」

 僕の言葉に、彼女は一瞬だけ驚いたような様子を見せた。
 しかし、すぐにその視線はいつもの鋭さを取り戻す。


「あんた、変なところで気障きざなのよね」

「うるさいな、いいだろ、とにかく信頼してるってことだよ」


 変に茶化すものだから、何だか気恥ずかしくなってしまった。
 照れを振り払うように、僕は部屋の扉に手をかけようとした――ところで、勢いよく扉が開く。

「よう、お前さん方! 起きてるかい?」

 入ってきたのはラティーンだった。既に彼は身支度を整えており、いつもの重々しい鎧を着込んでいた。

 彼は向かい合う僕らを、交互に見た後に、一拍を置いてから、口を開く。


「……すまん、お邪魔だったな」

「「邪魔じゃないっての!」」


 思わず、声が揃う。そんな様を見て、ラティーンは豪快に笑った。


「ガハハハ! 二人とも、仲睦まじそうで何よりだ」

「勘違いしないでよね、ラティーン。こいつと私は、ただの雇用関係で……」

「はいはい、まあ、なんだっていいけどよ」


 そこで、彼の視線が鋭さを増す。
 兜越しに見えるその眼光は、先程までの人の良さそうな印象とは違う、戦士の、或いは万能屋としての真剣味を感じさせた。


「……これから行くのは、死地だぜ。俺らが十二年前にしくじった……いや、しくじらざるを得なかった、そんな相手と戦うんだ。リタ、覚悟は――」

「――言うまでもないわ」


 食い気味に、彼女は答える。その目にはもう、迷いなどない。

「私は【赤翼】。世界最高の万能屋だもの」

 言い放つと同時に、その赤い髪がなびく。窓から風が入ってきたのだ。それはどうにも神々しく、そして、出来過ぎの構図に見えた。

 心配など、何一つとして要らない。これまでと同じように、彼女に任せておけば全てを収めてくれる――そんな、安心感に満ち満ちた立ち姿だった。

 と、不意にラティーンの背後から、ちょこちょこと歩み出してくる小さな人影があった。
 その人影――マキナは、僕たちの目をしっかりと見つめ、口を開く。

「……リタ様、ジェイ様。どうぞ、お気をつけて。そしてどうか、この街の宿痾に――竜の因縁に、決着をつけてください」

 竜の因縁?
 首を傾げる僕を尻目に、リタは強く頷いた。

 問いかけようと口を開くよりも早く、ラティーンがときの声を上げる。

「よし、それじゃあ行くぜ。目標は北の沼地、この街の呪いの中心部だ」

 幕が開く。もう、待ったはない。
 戦いの火蓋は――切って落とされようとしていた。


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