赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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三章『竜の慟哭と壁の町』編

第十四話「出陣」-5

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「知らない、というか、知るわけがない。実物見たのだって、ドラコが初めてだったんだぜ」

「そう、なら、教えてあげるわ」


 ぴしゃん、ぴしゃん、ぴしゃん。
 僕らの会話の合間に、泥が跳ねる音が響く。まるでそれは、歪な相槌のように。

「竜種を殺す方法は二つ――そのひとつは、同じ竜の炎で焼き払うこと」

 彼女はその細い指を一本立てると、後ろを歩く僕の方に見せてくる。
 そして、淡々とした口調で続けた。


「竜の炎が同族に効くのは道理なの。縄張り争いの時に、相手に効かない武器を持っていても仕方ない。だから、同族の鱗を焼き払えるだけの火力を身に着けたの」

「じゃあ、ドラコを外の魔物たちが殺すのは無理ってことなのか?」


 僕の見た限りでは、魔物の軍勢の中に竜種は一匹としていなかった。なら、あの鈍色の体には傷一つつかないということなのだろうか?
 そんな風に浮かべた僕の思考に、リタは首を振った。


「いえ、そんなことはないわ。もう一つの方法、それは心臓を潰すことよ。竜種が生命力の化け物だったとしても、その源たる心臓を破壊されては、生きていけないわ」

「……いや、それじゃダメだろ」


 僕は待ったをかける。
 竜種は強靭な肉体、そして何よりも、人間よりも比重の重い魂を持った生き物だ。

 魂の質量は情報量で決まる。永き時を生きる竜種は、それだけで多くの情報を魂に溜め込むのだ。

「そのままじゃ、竜種の肉体――空っぽになった魂の器に、別のよくないものが引き寄せられる可能性がある」

 質量の大きな魂が失われたとき。
 まるで真空のように、そこには多くの情報が流れ込むことがある。そのため、魂の力が強い存在を弔う時には、荼毘に付すのが原則なのだ。

「流石、死霊術師。私よりも、魂のことについては詳しいみたいね」

 リタはそう話を結んだ。軽快に歩きながら、よくそんなに口が回るものだと感嘆したが、一旦、それは置いておいて。

「……心のこもってない称賛はいらない。今、どうしてその話をする必要があったんだ?」

 敵方の群れに竜種はおらず、いるのは味方のドラコだけ。なら、竜の殺し方など、僕らが話す必要は無いはずだ。
 リタは、それに答えることはしなかった。代わりに、振り返らぬまま話を続ける。


「……正直に話すわ。十二年前、【赤翼】はこの先にいる呪いの主を、恐らく倒すことができていたはずなの」

「――なんだと?」僕は思わず聞き返す。


 それは、聞いていた話と違う。【赤翼】は魔物の親玉を倒すことができず、封じるに留まったという話だったはずだ。

「対外的には、そうなっているわね」リタは、少しだけ後ろめたそうに。「倒せなかったんじゃなくて、倒すわけにはいかなかったのよ」

 倒すわけにはいかなかった。
 妙に引っかかる言い回しだった。これだけの呪いを振り撒いている相手なら、すぐにでも仕留めた方がいいに決まっているはずなのに。

「……当時、【赤翼】が派遣された時には、既に斥候としての第一次討伐隊が壊滅した後だったの。本命の第二次討伐隊に加わったのは、【赤翼】と、ドラコの親を連れたラティーンだった」

 彼女の口ぶりは、自分が体験したものというよりは、まるで誰かから聞いた内容を話しているかのようだった。
 思い出話……それとも違う。どちらかといえば、両親から伝え聞いた経験談を話している――そんな感覚に近かった。

「【赤翼】一行は、順調に親玉を追い詰めた。体力を削り、傷を与え、あと一歩というところまで来て――」

 だって、彼女は一度たりとも。
 【赤翼】のことを、『私』と呼んでいないのだ。

 そこまで話したところで、僕らの足は洞窟の終わりに差し掛かった。

 最奥は広い空間に繋がっており、あの山はくり抜かれたような形になっていたのか、上からは微かに陽光が差してきているようだった。

「――あれね、見つけたわ」

 リタの言葉が、どこか確信めいた響きを帯びる。

 泥濘と影の中に、何かが佇んでいた。大きい。小山の如きその巨体は、竜種であるドラコと――いや、ふた周りは大きいだろうか?
 はっきりと姿が視認できない、この位置からでもわかる。呪いの親玉は、あの影だ。それを実感させるほどの圧力と殺気が、その場には満ち満ちていた。

 そんな中でも彼女は汗一つかかない。至極冷静に、目の前の敵に視線を向けつつ、続ける。

「当時の【赤翼】は、魔物の親玉を倒すことができた。できたのよ――」

 影が、翼を広げる。それと同時にそこから滴り落ちた泥が――否、それは泥ではない。腐肉だ。

 鼻を突く異臭は、間違いなく腐敗臭。そんな中で長い首を持ち上げた先に、鼻梁の伸びた細長い頭部。そして、そこにビッシリと生えた鋭い歯は、一本一本が大剣のような無骨さと鋭さを帯びていた。

 鱗はその多くが腐れどなお、金属質な輝きは失っていない。研がれていない刃のような危うさは、むしろ手入れが行き届いているものよりも恐ろしく感じる。

「――予想外だったのはその後だった。倒された魔物の親玉は、激戦で息絶えたドラコの親の亡骸に乗り移ったの」

 腐臭と悍ましさの塊が、一歩踏み出して咆哮を上げる。化け物の吠え声というよりは、割れた悲鳴に近いそれを聞きつつ、僕の脳裏に浮かんだのは、その怪物の名前だった。

屍竜ドラゴンゾンビっ……!?」

 ええ、とリタは事も無げだ。応じるように彼女も翼を広げ、死の気配を纏った屍竜と向かい合う。
 リトラ神父の手下と戦った時。

 偽イアンと戦った時。
 そして――今回も。彼女は揺らがない、臆さない、加えてなによりも、曲がらない。

 最強の前では、相手が何だろうと関係無いのだ。怪物でも、人でも、例えそれが、続く宿痾より立ち上がってきた因縁であったとしても。

「いくわよ、あんたは、【赤翼】の負の遺産は、私が消し炭にしてやるわ――」

 純白の翼と、黒い翼がぶつかり合う。
 激突の衝撃が山を揺らし、泥を跳ね上げ、腐肉と羽が舞い散る。

 この時、僕はまだ知らなかった。
 この戦いに、どんな意味があるのか、なんて。

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