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三章『竜の慟哭と壁の町』編
第十六話「竜の息吹」-1
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ドラコは恐らく、竜種の中ではまだ子供なのだろう。
それでもあの体躯だというのだから、全く竜種という生き物は恐ろしいのだが、少なくとも現状においては、それが明確な差となっているようだった。
ガキン、ガキンと、幾度となく互いの爪を打ち合わせる二頭の竜種。
死後十年以上が経過しているとは言え、朽ちぬ竜の体だ。ドラコよりも成熟した竜の死体を元にした屍竜の方が、力としては上のようだった。
ぐらり、とドラコの体が揺らぐ。そこを見逃さず、首筋に噛みつかんと屍竜の牙が迫る――。
「――ハッハァ! そうはさせるかよ!」
しかし、それは唐突に突っ込んできた騎竜兵の槍に阻まれた。ドラコの背中を蹴って、屍竜の首元に目掛けて槍を叩き込んだラティーンは、その体表を蹴るようにして翻り、再び竜の背中に舞い戻る。
慮外の一撃に不意を突かれたのか、ほんの僅かな時間、屍竜の澱んだ瞳が視力を失う。それを逃さず、赤色の風が飛来する。
「そこよ、『鉄の翼』ッ!」
風を薙ぐ音と共に、振り抜かれる鈍色の翼。ここにきて始めてのクリーンヒットだ。
しかし、屍竜は事も無げに頭を起こす。まるで、これっぽちも効いていないかのように。
「……あれを平然と受けられちゃ、たまったもんじゃないわね」
ぼやくリタの脇に、ラティーンとドラコが並ぶ。
「仕方あるめえよ。相手は腐っても竜種、決定打を与えられるのは、同じ竜種のドラコだけだってこったろ」
「悔しいけど、そうみたいね。もう少し削れると思ったけど……」
削るも何も、屍竜は健在。リタの猛攻が効かなかったわけではないのだろうが、少なくとも力を削ぐようなダメージを与えられていないのは事実だ。
ラティーンたちの参戦で戦況は好転した。しかし、決着には程遠い。
歯噛みするリタに、ラティーンは静かに言い放つ。
「なら、もういいなリタ。こっからは、俺の作戦に従ってもらうぜ」
「……仕方ないわね。今はそれが、最適解みたい」
僕は一人首を傾げた。作戦? もしかして、昨日僕がいなかったときに、何か取り決めをしていたのだろうか?
確かに、時間稼ぎを請け負ったのが、決め手を持たないリタなのは違和感があったが、それ以上踏み込もうとはしなかった。
二人の間に何か取り決めがあっても、おかしくはないが――。
「よし、そうしたら早速だが……おい、坊主」
「……僕か?」意外な指名に、思わず目を見開く。
「そう、お前だ。さっきの魂を掴む術――あれ、どのくらい稼げる?」
手のひらに目を落とす。
皮膚は爛れ、血が滲む。竜の中身に触れた代償は、決して小さくはなかった。ただ握るだけで、激痛が走る。
それに、さっきは必死だったからたまたま上手く行ったのだ。出来損ないの僕にとって、『生者の葬列』は決して成功度の高い技ではない。
「……できて、五秒。それだって、確実じゃないけど」
「よし、そんだけありゃ十分だな。やれ」
ラティーンは納得したように頷き、僕にそう告げた。事も無げに、或いは、当たり前のように。
「やれって……向こうだって、当然それは警戒してくるだろ、そんなに上手く――」
「なら、そこは私がカバーするわ」
リタが横合いから声を張る。彼女の表情は読めなかったが、決して穏やかな顔をしていないであろうことだけは、声色から読み取れた。
「私が、あんたを守り抜く。だからあんたはとにかく、術を使うのに集中しなさい」
「……いや、そんなこと言われても、僕に」
僕に。
僕に、できるのだろうか?
僕は半端者だ。スペクター家の修行も、半ばで逃げ出している。さっきは確かに上手くいったが、それは紛れのようなものだ。
もし、ここで失敗してしまったら、僕らは――。
「よう、坊主。お前の使う死霊術、スペクター家の術式は、魂に直接触れることができるものだったな」
「ああ、そうだ。でも、僕は……」
「魂に触れる術なんざ、そこのリタでも使えねえよ。曲がりなりにも、死霊術師の代替として働けるように身に着けたそいつが、だ。この場でそれが可能なのは、お前しかいねえ」
最強の万能屋にも。
原初の竜騎士にもできない。
出来損ないの死霊術にしか、できないことがある。
「……仮に、僕がそれをできたとして、勝算はあるのか?」
「おう、後は俺とドラコに任せとけ。きっちりとカタをつけてやる」
話し込む僕らに、屍竜の爪が飛来する。ドラコがそれを横合いに逸らしつつも、辺りは舞い上がった粉塵に隠される。
不明瞭な視界の中、いやに低く落ち着いた声が、僕の耳に届いていた。
「……失敗してもいい、なんて言わねえ。一発で決めろ。それができると、俺ぁ信じてるぜ」
信じる?
僕を?
兄貴や妹と比べても落ちこぼれで、名家の面汚しである僕を、信じるって?
「……簡単に言ってくれるな、おっさん」
それでもあの体躯だというのだから、全く竜種という生き物は恐ろしいのだが、少なくとも現状においては、それが明確な差となっているようだった。
ガキン、ガキンと、幾度となく互いの爪を打ち合わせる二頭の竜種。
死後十年以上が経過しているとは言え、朽ちぬ竜の体だ。ドラコよりも成熟した竜の死体を元にした屍竜の方が、力としては上のようだった。
ぐらり、とドラコの体が揺らぐ。そこを見逃さず、首筋に噛みつかんと屍竜の牙が迫る――。
「――ハッハァ! そうはさせるかよ!」
しかし、それは唐突に突っ込んできた騎竜兵の槍に阻まれた。ドラコの背中を蹴って、屍竜の首元に目掛けて槍を叩き込んだラティーンは、その体表を蹴るようにして翻り、再び竜の背中に舞い戻る。
慮外の一撃に不意を突かれたのか、ほんの僅かな時間、屍竜の澱んだ瞳が視力を失う。それを逃さず、赤色の風が飛来する。
「そこよ、『鉄の翼』ッ!」
風を薙ぐ音と共に、振り抜かれる鈍色の翼。ここにきて始めてのクリーンヒットだ。
しかし、屍竜は事も無げに頭を起こす。まるで、これっぽちも効いていないかのように。
「……あれを平然と受けられちゃ、たまったもんじゃないわね」
ぼやくリタの脇に、ラティーンとドラコが並ぶ。
「仕方あるめえよ。相手は腐っても竜種、決定打を与えられるのは、同じ竜種のドラコだけだってこったろ」
「悔しいけど、そうみたいね。もう少し削れると思ったけど……」
削るも何も、屍竜は健在。リタの猛攻が効かなかったわけではないのだろうが、少なくとも力を削ぐようなダメージを与えられていないのは事実だ。
ラティーンたちの参戦で戦況は好転した。しかし、決着には程遠い。
歯噛みするリタに、ラティーンは静かに言い放つ。
「なら、もういいなリタ。こっからは、俺の作戦に従ってもらうぜ」
「……仕方ないわね。今はそれが、最適解みたい」
僕は一人首を傾げた。作戦? もしかして、昨日僕がいなかったときに、何か取り決めをしていたのだろうか?
確かに、時間稼ぎを請け負ったのが、決め手を持たないリタなのは違和感があったが、それ以上踏み込もうとはしなかった。
二人の間に何か取り決めがあっても、おかしくはないが――。
「よし、そうしたら早速だが……おい、坊主」
「……僕か?」意外な指名に、思わず目を見開く。
「そう、お前だ。さっきの魂を掴む術――あれ、どのくらい稼げる?」
手のひらに目を落とす。
皮膚は爛れ、血が滲む。竜の中身に触れた代償は、決して小さくはなかった。ただ握るだけで、激痛が走る。
それに、さっきは必死だったからたまたま上手く行ったのだ。出来損ないの僕にとって、『生者の葬列』は決して成功度の高い技ではない。
「……できて、五秒。それだって、確実じゃないけど」
「よし、そんだけありゃ十分だな。やれ」
ラティーンは納得したように頷き、僕にそう告げた。事も無げに、或いは、当たり前のように。
「やれって……向こうだって、当然それは警戒してくるだろ、そんなに上手く――」
「なら、そこは私がカバーするわ」
リタが横合いから声を張る。彼女の表情は読めなかったが、決して穏やかな顔をしていないであろうことだけは、声色から読み取れた。
「私が、あんたを守り抜く。だからあんたはとにかく、術を使うのに集中しなさい」
「……いや、そんなこと言われても、僕に」
僕に。
僕に、できるのだろうか?
僕は半端者だ。スペクター家の修行も、半ばで逃げ出している。さっきは確かに上手くいったが、それは紛れのようなものだ。
もし、ここで失敗してしまったら、僕らは――。
「よう、坊主。お前の使う死霊術、スペクター家の術式は、魂に直接触れることができるものだったな」
「ああ、そうだ。でも、僕は……」
「魂に触れる術なんざ、そこのリタでも使えねえよ。曲がりなりにも、死霊術師の代替として働けるように身に着けたそいつが、だ。この場でそれが可能なのは、お前しかいねえ」
最強の万能屋にも。
原初の竜騎士にもできない。
出来損ないの死霊術にしか、できないことがある。
「……仮に、僕がそれをできたとして、勝算はあるのか?」
「おう、後は俺とドラコに任せとけ。きっちりとカタをつけてやる」
話し込む僕らに、屍竜の爪が飛来する。ドラコがそれを横合いに逸らしつつも、辺りは舞い上がった粉塵に隠される。
不明瞭な視界の中、いやに低く落ち着いた声が、僕の耳に届いていた。
「……失敗してもいい、なんて言わねえ。一発で決めろ。それができると、俺ぁ信じてるぜ」
信じる?
僕を?
兄貴や妹と比べても落ちこぼれで、名家の面汚しである僕を、信じるって?
「……簡単に言ってくれるな、おっさん」
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