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四章『死別という病』編
第十八話「新たな街へ」-1
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「【病の街】は、恐らく大陸の中で一番、人の出入りが厳しい街なのよ」
リタがそう話したのは、大陸間横断鉄道、下り線のボックス席の中のことだった。
あれから、すぐに【壁の街】を発った僕たちは、今日の最終列車に乗り込んだ。
乗車までの間に仕掛けてくる可能性もある――とリタは気を張っていたが、その心配は杞憂に終わり、僕たちはある意味拍子抜けするほどに呆気なく、この座席に収まることができたのだ。
先程、車内販売のワゴンから購入したカスクート。口いっぱいに頬張ったそれを飲み下してから、僕は言葉を返す。
「一番厳しい? それって、どういうことなんだよ?」
「言った通りよ、大陸にある街の中で、最も厳しく人の出入りを制限しているの」
何故、とは聞かなかった。
【壁の街】がそうであったように、呪いに侵された街には、呪いに対抗するための風土が生まれる。
あの堅固な城壁がそうであったように、恐らくは、次の街でも。
「まあ、おおかた、あんたの予想通り」
リタはそこで、紅茶を一口含んだ。単に喉を湿らせるだけではなく、一拍を開ける意味合いもあったのだろう。
そうして、彼女は淡々とした調子で続ける。
「理由は単純明快――『病の拡散を防ぐため』よ。【病の街】で生まれる疾病の治療は、他の街では不可能だもの。容易に立ち入って、外部に持ち出されたら大惨事だわ」
「……確かにそうだな。なら、街に入るにはどうすればいいんだ?」
「これもまたシンプルよ。街に入れるのは医者とその家族、あるいは【病の街】の医療を頼みに訪れた患者のどちらかだけ」
そこで僕は首を傾げた。
リタは万能屋、僕は死霊術師。どちらも医者などではないし、傷こそ負ってはいるものの、病を抱えているわけでもない。
何か、街に入るアテがあるのだろうか?
と、その思考もまた、読まれているのだろう。彼女はポケットに手を突っ込むと、小さな金属片を取り出した。
よく見てみれば、バッジか何かに見えるそれは、杖と蛇の絵柄と、中央辺りに数字の"1"が入った変わった意匠のものだった。
「医者としての資格くらいなら、私だって持ってるわよ。あんたは助手、一応その設定で行くつもり」
「医者の資格って……そのバッジか?」
「ええ、一級医療術師の資格証。これが無ければ、医療行為を行うことは愚か、医者を名乗ることすら許されないわ」
「確か、等級によって扱える病や症状が変わる……とかだっけか。うちの家で抱えてた町医者は、二級の医療術師だったぜ」
「それでも立派なものよ」リタは、ビスケットを噛み砕きながら。「三級を取るだけでも、合格率は三割に満たないもの」
まあ、私は一発合格だったけど、と、それを口に出さなければいいものを。
ゴウン、と音を起てて車窓が揺れる。どうやら、トンネルに入ったようだった。暗く閉ざされた窓に顔を映しながら、僕は黙考する。
【病の街】。
毒に倒れたラティーン。
そして、何よりも――ついに動き出した、リトラ一派。
考えなければならないことが、いくつもあった。心も頭も、どこかささくれ立ったかのように波打ち、安らぐことはない。
これから、僕らはどうなるのか。その不安が、胸の中にあるキャンバスを、端から黒い絵の具で塗り潰そうとしていっている。
「……むしろ、私が気になってるのは、リトラが引き連れていたあの男ね」
ぽつり。リタが呟いたのは、そんな頃合いの頃だった。
「リトラが連れていた男……?」
口にしながら、僕は記憶を呼び起こす。
まるで、黒い風のように動く、細身の人影。確かにただ者ではない風格が漂っていたが、一体……?
「そう、あの男、たぶん『戦闘屋』よ」
「『戦闘屋』……? って、何だよそれ」
聞き馴染みのない単語に、僕は首を傾げた。万能屋――とは違うのだろうか?
「全然違うわ。私たち万能屋は"あらゆるものの代替となること"を生業としているの。だから頼まれれば、医者にだって戦士にだって、依頼次第ではパン屋の店番やベビーシッターにだってなるわ」
それは、僕も知っている事実だ。
実際、リタが目の前で華麗に依頼をこなしていくのも目の当たりにしている、時には探偵、時には狩人。そして、時には――護衛。
「でも、戦闘屋の連中は違うわ。あいつらは戦うことしかできない、戦うことしかしない。多岐に渡る習得者じゃなくて、一つの洗練者のプロフェッショナル。私も、真っ向からぶつかれば危ないわ」
「……驚いた、お前、『世界最強の万能屋』じゃないのかよ」
「いちいち癇に障るわね、もちろん最強よ。ただ、たった一つに絞った連中の強さは、侮れないって話」
常に自信に満ち溢れた彼女に、ここまで言わせるとは。
それだけ、あの細身の男は危険だと言うことなのだろう。確かに、僕はともかくとしてリタもラティーンも、あの男が現れたことに気が付いてなかった。
そうでなければ、あの初見の一撃は成功しなかっただろう。底知れない何かを、あいつは持っている。
リタがそう話したのは、大陸間横断鉄道、下り線のボックス席の中のことだった。
あれから、すぐに【壁の街】を発った僕たちは、今日の最終列車に乗り込んだ。
乗車までの間に仕掛けてくる可能性もある――とリタは気を張っていたが、その心配は杞憂に終わり、僕たちはある意味拍子抜けするほどに呆気なく、この座席に収まることができたのだ。
先程、車内販売のワゴンから購入したカスクート。口いっぱいに頬張ったそれを飲み下してから、僕は言葉を返す。
「一番厳しい? それって、どういうことなんだよ?」
「言った通りよ、大陸にある街の中で、最も厳しく人の出入りを制限しているの」
何故、とは聞かなかった。
【壁の街】がそうであったように、呪いに侵された街には、呪いに対抗するための風土が生まれる。
あの堅固な城壁がそうであったように、恐らくは、次の街でも。
「まあ、おおかた、あんたの予想通り」
リタはそこで、紅茶を一口含んだ。単に喉を湿らせるだけではなく、一拍を開ける意味合いもあったのだろう。
そうして、彼女は淡々とした調子で続ける。
「理由は単純明快――『病の拡散を防ぐため』よ。【病の街】で生まれる疾病の治療は、他の街では不可能だもの。容易に立ち入って、外部に持ち出されたら大惨事だわ」
「……確かにそうだな。なら、街に入るにはどうすればいいんだ?」
「これもまたシンプルよ。街に入れるのは医者とその家族、あるいは【病の街】の医療を頼みに訪れた患者のどちらかだけ」
そこで僕は首を傾げた。
リタは万能屋、僕は死霊術師。どちらも医者などではないし、傷こそ負ってはいるものの、病を抱えているわけでもない。
何か、街に入るアテがあるのだろうか?
と、その思考もまた、読まれているのだろう。彼女はポケットに手を突っ込むと、小さな金属片を取り出した。
よく見てみれば、バッジか何かに見えるそれは、杖と蛇の絵柄と、中央辺りに数字の"1"が入った変わった意匠のものだった。
「医者としての資格くらいなら、私だって持ってるわよ。あんたは助手、一応その設定で行くつもり」
「医者の資格って……そのバッジか?」
「ええ、一級医療術師の資格証。これが無ければ、医療行為を行うことは愚か、医者を名乗ることすら許されないわ」
「確か、等級によって扱える病や症状が変わる……とかだっけか。うちの家で抱えてた町医者は、二級の医療術師だったぜ」
「それでも立派なものよ」リタは、ビスケットを噛み砕きながら。「三級を取るだけでも、合格率は三割に満たないもの」
まあ、私は一発合格だったけど、と、それを口に出さなければいいものを。
ゴウン、と音を起てて車窓が揺れる。どうやら、トンネルに入ったようだった。暗く閉ざされた窓に顔を映しながら、僕は黙考する。
【病の街】。
毒に倒れたラティーン。
そして、何よりも――ついに動き出した、リトラ一派。
考えなければならないことが、いくつもあった。心も頭も、どこかささくれ立ったかのように波打ち、安らぐことはない。
これから、僕らはどうなるのか。その不安が、胸の中にあるキャンバスを、端から黒い絵の具で塗り潰そうとしていっている。
「……むしろ、私が気になってるのは、リトラが引き連れていたあの男ね」
ぽつり。リタが呟いたのは、そんな頃合いの頃だった。
「リトラが連れていた男……?」
口にしながら、僕は記憶を呼び起こす。
まるで、黒い風のように動く、細身の人影。確かにただ者ではない風格が漂っていたが、一体……?
「そう、あの男、たぶん『戦闘屋』よ」
「『戦闘屋』……? って、何だよそれ」
聞き馴染みのない単語に、僕は首を傾げた。万能屋――とは違うのだろうか?
「全然違うわ。私たち万能屋は"あらゆるものの代替となること"を生業としているの。だから頼まれれば、医者にだって戦士にだって、依頼次第ではパン屋の店番やベビーシッターにだってなるわ」
それは、僕も知っている事実だ。
実際、リタが目の前で華麗に依頼をこなしていくのも目の当たりにしている、時には探偵、時には狩人。そして、時には――護衛。
「でも、戦闘屋の連中は違うわ。あいつらは戦うことしかできない、戦うことしかしない。多岐に渡る習得者じゃなくて、一つの洗練者のプロフェッショナル。私も、真っ向からぶつかれば危ないわ」
「……驚いた、お前、『世界最強の万能屋』じゃないのかよ」
「いちいち癇に障るわね、もちろん最強よ。ただ、たった一つに絞った連中の強さは、侮れないって話」
常に自信に満ち溢れた彼女に、ここまで言わせるとは。
それだけ、あの細身の男は危険だと言うことなのだろう。確かに、僕はともかくとしてリタもラティーンも、あの男が現れたことに気が付いてなかった。
そうでなければ、あの初見の一撃は成功しなかっただろう。底知れない何かを、あいつは持っている。
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