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四章『死別という病』編
第十八話「新たな街へ」-2
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「それでも、何もかもがわからないってわけじゃないわ。少なくとも、戦い方はわかるもの」
僕は静かに頷いた。あの細身の影は、ナイフを用いて素早い攻撃を仕掛けて来ていた。
そこに搦め手は存在しない――少なくとも、偽イアンの使った虚を突くような攻撃ではなく、純粋な身体能力によるものに見えた。
「――100%、身体能力だけってわけでもないけどね」
リタは、何かに気が付いているようだった。実際に刃を交えた彼女の方が、端から見ていた僕よりも解像度は高いだろう。
「まあ、お前のことだ。負けることは無いだろうと思ってるけどさ……」
「勿論よ、というか狙われてるのはあんたなんだから、自分のことだけ考えてなさい」
「はいはい……というか、僕らは良いにしても、マキナとラティーンは大丈夫なのか?」
僕らは、【壁の街】に二人を残してきていた。
危篤のラティーンを連れながら、リトラ一派の襲撃をしのぐのは困難である、といった判断からだったが、やはりそこにはリスクも存在する。
リトラは街の中にもその手を伸ばしていたのだ。
となれば、二人を人質にしてこちらを強請ってくる――そんな汚い手も、あいつなら取りかねない。
ドラコは街の中に入れず、今、あの二人を守る戦力は存在しない。これはかなり、危険な状況なのではないだろうか?
しかし、リタの反応はあっさりとしたものだった。
「そっちは心配いらないわ、マキナは優秀な結界術師だもの。戦うことこそできなくても、あの子が本気になれば、私だって締め出されるかもしれないわ」
ラティーンが担ぎ込まれた病院、その周囲を囲むように強固な結界を張っているとのことだった。
彼女は消耗するが、数日は保つだろう――というのが、リタの弁。どうあれ、毒の回りを考えれば残り時間は少ないのだから、可及的速やかに動かなければいけないのは変わらないようだ。
ならば、僕たちが気にかけるべきは、やはり自分たち自身ということか。
「……そうだな、あんまり人のことも言ってられないか。前回は、この列車に乗っているときに襲われた訳だしな」
「そうね、あれは有翼人だったけど……今襲われたら、流石に私もあんたも相当キツいわよ」
「わかってるさ、今の状況で油断できるほど、呑気じゃない」
相手の出方がわからない以上、できることは備えることだけだ。しかし、互いに傷を負っているこの状況で、四六時中気を張り続けているというのもまた、不可能である。
故に、どこかで必ず、隙を晒すことにはなってしまう――それが致命的なものでないことを願うばかりだ。
僕が気合いを入れ直すために一つ伸びを打てば、再び窓枠が鳴き、塗り潰されていた車窓に夜の情景が戻ってきた。
トンネルを抜けたのだろうか、そう考えていた僕の目に、仄かな明かりが飛び込んでくる。
「……停車駅ね、私たちの目的地は、まだまだ先だけど」
そう口にするリタの、紙背に隠した言葉を読み取る。
「ああ、わかってる。もしかすると、乗ってくる可能性もあるわけだ……」
二人で揃って、車内に入ってくる乗客たちに目を向ける。下り線であること、そして、時間帯も相まってか、そこまでの人数はいなかった。
しかし、油断はできない。その中にリトラの手下が紛れている可能性も、否定することはできないのだから。
最後の一人までが列車に収まるのを見届けて、僕とリタは息を吐いた。
「ふう、怪しそうな奴は見当たらなかったな。そっちは?」
「私も、特に気になる連中は乗ってこなかったわね……とはいえ、気は抜けないけど」
変装や、擬態の可能性もある。突然、車内で本性を表す可能性だって、無くはないのだ。
「まあ、そうなったらそうなったで、その時ね。ここはひとまず――」
――と、リタがそう口にしようとした、その時だった。
「――なんだよ嬢ちゃん、俺たちに難癖つけようってのか?」
粗暴な言葉が、僕らの間に割り込んでくる。
見れば、ボックス席を出たところの廊下。数人の人影が立っているのが見えた。見るからに乱暴そうな風体――明るい色の短髪と、横を刈り上げた長髪の、体格のいい二人組みだ――男たちと、彼らに囲まれるようにして、一人の少女が立ち尽くしていた。
少女は白いローブに身を包んだ小柄なシルエットで、フードを被っており見えないが、長い髪を後ろに流しているようだ。年の頃は……恐らく、僕らと同じくらいだろうか?
「ご、ごめんなさい……でも、ここは私の席で、予約してて……」
「だからよお、何度も言ってるよなァ?」
男のうち一人が、少女に顔を寄せるようにして威圧する。見るからに陳腐な脅しではあったが、彼女を萎縮させるには十分なようで、その白い肌がさらに血の気を失った。
「俺たちゃ、足を伸ばして座りてえんだよ、だから、俺らの一般席とお嬢ちゃんのボックス席を交換してくれって話!」
「わ、私も薬の材料を持ち帰らなきゃいけなくて、荷物が多くて、その……」
「あ? 何か言ったかよ?」
見ていられなかった。
まったく、こんな絵に描いたようなチンピラが本当にいるというのか。
ちらりとリタに視線を向ければ、彼女も静かに頷く。どうやら同意見のようだった。慎重に行かなければいけない道行きとは言え、困っている人間を捨て置くことはできない。
僕は静かに頷いた。あの細身の影は、ナイフを用いて素早い攻撃を仕掛けて来ていた。
そこに搦め手は存在しない――少なくとも、偽イアンの使った虚を突くような攻撃ではなく、純粋な身体能力によるものに見えた。
「――100%、身体能力だけってわけでもないけどね」
リタは、何かに気が付いているようだった。実際に刃を交えた彼女の方が、端から見ていた僕よりも解像度は高いだろう。
「まあ、お前のことだ。負けることは無いだろうと思ってるけどさ……」
「勿論よ、というか狙われてるのはあんたなんだから、自分のことだけ考えてなさい」
「はいはい……というか、僕らは良いにしても、マキナとラティーンは大丈夫なのか?」
僕らは、【壁の街】に二人を残してきていた。
危篤のラティーンを連れながら、リトラ一派の襲撃をしのぐのは困難である、といった判断からだったが、やはりそこにはリスクも存在する。
リトラは街の中にもその手を伸ばしていたのだ。
となれば、二人を人質にしてこちらを強請ってくる――そんな汚い手も、あいつなら取りかねない。
ドラコは街の中に入れず、今、あの二人を守る戦力は存在しない。これはかなり、危険な状況なのではないだろうか?
しかし、リタの反応はあっさりとしたものだった。
「そっちは心配いらないわ、マキナは優秀な結界術師だもの。戦うことこそできなくても、あの子が本気になれば、私だって締め出されるかもしれないわ」
ラティーンが担ぎ込まれた病院、その周囲を囲むように強固な結界を張っているとのことだった。
彼女は消耗するが、数日は保つだろう――というのが、リタの弁。どうあれ、毒の回りを考えれば残り時間は少ないのだから、可及的速やかに動かなければいけないのは変わらないようだ。
ならば、僕たちが気にかけるべきは、やはり自分たち自身ということか。
「……そうだな、あんまり人のことも言ってられないか。前回は、この列車に乗っているときに襲われた訳だしな」
「そうね、あれは有翼人だったけど……今襲われたら、流石に私もあんたも相当キツいわよ」
「わかってるさ、今の状況で油断できるほど、呑気じゃない」
相手の出方がわからない以上、できることは備えることだけだ。しかし、互いに傷を負っているこの状況で、四六時中気を張り続けているというのもまた、不可能である。
故に、どこかで必ず、隙を晒すことにはなってしまう――それが致命的なものでないことを願うばかりだ。
僕が気合いを入れ直すために一つ伸びを打てば、再び窓枠が鳴き、塗り潰されていた車窓に夜の情景が戻ってきた。
トンネルを抜けたのだろうか、そう考えていた僕の目に、仄かな明かりが飛び込んでくる。
「……停車駅ね、私たちの目的地は、まだまだ先だけど」
そう口にするリタの、紙背に隠した言葉を読み取る。
「ああ、わかってる。もしかすると、乗ってくる可能性もあるわけだ……」
二人で揃って、車内に入ってくる乗客たちに目を向ける。下り線であること、そして、時間帯も相まってか、そこまでの人数はいなかった。
しかし、油断はできない。その中にリトラの手下が紛れている可能性も、否定することはできないのだから。
最後の一人までが列車に収まるのを見届けて、僕とリタは息を吐いた。
「ふう、怪しそうな奴は見当たらなかったな。そっちは?」
「私も、特に気になる連中は乗ってこなかったわね……とはいえ、気は抜けないけど」
変装や、擬態の可能性もある。突然、車内で本性を表す可能性だって、無くはないのだ。
「まあ、そうなったらそうなったで、その時ね。ここはひとまず――」
――と、リタがそう口にしようとした、その時だった。
「――なんだよ嬢ちゃん、俺たちに難癖つけようってのか?」
粗暴な言葉が、僕らの間に割り込んでくる。
見れば、ボックス席を出たところの廊下。数人の人影が立っているのが見えた。見るからに乱暴そうな風体――明るい色の短髪と、横を刈り上げた長髪の、体格のいい二人組みだ――男たちと、彼らに囲まれるようにして、一人の少女が立ち尽くしていた。
少女は白いローブに身を包んだ小柄なシルエットで、フードを被っており見えないが、長い髪を後ろに流しているようだ。年の頃は……恐らく、僕らと同じくらいだろうか?
「ご、ごめんなさい……でも、ここは私の席で、予約してて……」
「だからよお、何度も言ってるよなァ?」
男のうち一人が、少女に顔を寄せるようにして威圧する。見るからに陳腐な脅しではあったが、彼女を萎縮させるには十分なようで、その白い肌がさらに血の気を失った。
「俺たちゃ、足を伸ばして座りてえんだよ、だから、俺らの一般席とお嬢ちゃんのボックス席を交換してくれって話!」
「わ、私も薬の材料を持ち帰らなきゃいけなくて、荷物が多くて、その……」
「あ? 何か言ったかよ?」
見ていられなかった。
まったく、こんな絵に描いたようなチンピラが本当にいるというのか。
ちらりとリタに視線を向ければ、彼女も静かに頷く。どうやら同意見のようだった。慎重に行かなければいけない道行きとは言え、困っている人間を捨て置くことはできない。
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