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四章『死別という病』編
第十八話「新たな街へ」-3
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「おい、待てよお前ら。カッコ悪いことしてるんじゃねえよ」
ボックス席を出てゆき、僕は男たちに溜め息混じりの声をかける。狙い通り進んだ視線が二つと、怯えるような視線が一つ、僕の方に吸い寄せられた。
「なんだ、兄ちゃん。俺らに何か用かよ?」
「何か用か、じゃねえ。使い古された脅しなんてやめとけって言ってるんだよ。イマドキ流行らないだろ、そんなもん」
僕の言葉に、男たちは一瞬だけ驚いたように目を丸くした後、揃って吹き出すように笑い出す。聞かずとも、それが嘲笑であることは自明だった。
長髪の男が、僕との距離をさらに詰める。それこそ、拳どころか膝や肘も届くような距離。そこで、彼はおどけたような調子で口を開いた。
「くはははっ、よう、兄ちゃん。正義漢ぶるのはやめとけよ、痛い目見るのは嫌だろ?」
「……なあ、お前ら台本でも持ってるのか? なら、作家に伝えとけよ、セリフのチョイスが二十年ほど遅れてるぞ……って」
「おい、馬鹿にするのも大概にしとけよ、お前」
短髪の男が、腰元から何かを取り出す。暗い車内でも、それが短い刃物であることは視認できた。
少女が短く悲鳴を上げる。確かに、荒事に慣れていなければ、突然の凶器は脅威に感じるだろう。
しかし、僕の心は不思議なほどに穏やかだった。
突きつけられた刃は、僕を刻むに十分足るものだ。貫かれれば負傷するし、もしかすると死ぬかもしれない。それは自覚しているというのに。
――揺らぐ輪郭の襲撃者。
――咆哮を上げる屍竜。
――そして、細身の戦闘屋。
それらと比べれば、目の前の脅威のいかに矮小なことか。やれやれ、と首を振ってから、僕は両手を上げる。
「ああ、なんだよ、おっかねえもん出すなよ。お前、その粗末なもんで何をしようって言うんだよ」
「あ? 決まってんだろ。あんまり生意気言うんなら、痛い目に……」
僕はそこで、内心ほくそ笑んだ。
そう、彼らは僕に危害を加えようというのだ。勇敢にも、その手にある刃物一振りで。
「そりゃあ困るな、勘弁してほしいぜ――」
短髪が言い切るのに被せるようにして、僕は背後に目配せをする。思った通り、僕らのボックス席は既に空になっていた。
僕の護衛は――仕事が早いのだ。
「――なあ、リタ?」
刹那、手から刃が跳ね上がる。それは勢いよく天井に突き刺さると、短髪は苦痛に呻いた。下方向からの蹴り上げは、手の甲に鮮やかな打撲の痕を残している。
そのまま弧を描いた爪先が、短髪の顎を蹴り抜いた。途端、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。
驚いたのか、長髪が僅かに後方を確認しようとした。その瞬間、膝裏に鋭い一撃が叩き込まれる。加減はしただろうが、世界最強の一撃だ。しばらくは立ち上がれるまい。
「やっぱあんた、カッコつけすぎよ」
そこまでを終えて、リタは跪いた長髪の背中の上に軽やかに降り立つと、芝居がかった調子で肩を竦めた。
「なんだよ、その割にはノリがよかったじゃないか。しっかり、前振りが終わるまで待っててくれたしさ」
「私だってこいつらにはムカついてたけど、今の私は仕事中だもの。何か理由がないと、それこそ、護衛対象が襲われでもしないと、戦うわけにはいかないわ」
へいへい、と僕は頷いた。そして、足元に転がる無様な連中に視線を落とす。今だに長髪の方は僕らに怒りのこもった視線を向けようとしてくるが、自分の上に立っている人間との戦力差を推し量る程度の知能はあるようで、それ以上動こうとはしなかった。
「……で、こいつらどうする? 叩き出そうにも、次の停車駅はまだ先だろ」
「放っときましょ。どっちにしろ、これだけの騒ぎなら車掌が来るわ。後は、そっちに任せておけばいいわよ」
そういうものか。確かに、リタは音もなく二人を仕留めてみせたが、彼らが他の乗客に絡んでいたのは間違いない。
と、僕が自分たちの席に戻ろうとしていたところで、不意に。
「あ、あの、ありがとうございます!」
少女が、ペコリと頭を下げた。
揺れるフードに目をやりながら、僕は適当に片手を上げて返す。
「ああ、いいんだ、止めてくれよ。僕は何もしてないからさ」
「本当にね、やったのはほとんど私じゃない」
ジロリと睨んでくるリタを適当にいなすと、少女は顔を上げる。シルクを思わせる肌に、柔らかな瞳。口元は不安のせいか、僅かに開かれていたものの、ほんのりと桜色の唇が、やけに鮮やかだった。
「わ、私、【病の街】で医療術師をしている、シーナと申します。お二人とも、なんとお礼を言ったらいいか……」
名乗るシーナをよそに、僕の視線は一箇所に吸い寄せられる。確かに、彼女の胸元のあたりに光っているのは、リタが持っていたのと同じバッジのようだった。
リタのものに刻まれた数字は"1"だったが、こっちには"3"が刻まれている。これはつまり、彼女が三級医療術師であることを示すものなのだろう。
「そうか、僕はジェイ。こっちは護衛のリタ。ちょうど僕らも【病の街】に向かうところだったんだ――」
と、そこまで話したところで。
「……駄目です、今の【病の街】には、来てはいけません」
シーナの顔が、悲しげに歪む。ただ事ではない様子に、思わず僕らは眉を寄せた。
「……シーナさん、って言ったかしら。その、どうして、街に行ったらいけないの?」
リタが尋ねる。注意深く、シーナを怯えさせないように。頭の端に過った確信のようなものを、言葉に乗らないように注意を払いながら。
「はい……今の街は、物騒なことになっているんです。つい先日から――」
嫌な予感が、心拍を加速させた。
そして、そういう予感ほど、当たってほしくもないのによく当たるものなのだ。
どくん。
どくん。
どくん。
たっぷり三拍を置いてから、シーナが口を開く。
「――死者が、歩くようになったんです」
ボックス席を出てゆき、僕は男たちに溜め息混じりの声をかける。狙い通り進んだ視線が二つと、怯えるような視線が一つ、僕の方に吸い寄せられた。
「なんだ、兄ちゃん。俺らに何か用かよ?」
「何か用か、じゃねえ。使い古された脅しなんてやめとけって言ってるんだよ。イマドキ流行らないだろ、そんなもん」
僕の言葉に、男たちは一瞬だけ驚いたように目を丸くした後、揃って吹き出すように笑い出す。聞かずとも、それが嘲笑であることは自明だった。
長髪の男が、僕との距離をさらに詰める。それこそ、拳どころか膝や肘も届くような距離。そこで、彼はおどけたような調子で口を開いた。
「くはははっ、よう、兄ちゃん。正義漢ぶるのはやめとけよ、痛い目見るのは嫌だろ?」
「……なあ、お前ら台本でも持ってるのか? なら、作家に伝えとけよ、セリフのチョイスが二十年ほど遅れてるぞ……って」
「おい、馬鹿にするのも大概にしとけよ、お前」
短髪の男が、腰元から何かを取り出す。暗い車内でも、それが短い刃物であることは視認できた。
少女が短く悲鳴を上げる。確かに、荒事に慣れていなければ、突然の凶器は脅威に感じるだろう。
しかし、僕の心は不思議なほどに穏やかだった。
突きつけられた刃は、僕を刻むに十分足るものだ。貫かれれば負傷するし、もしかすると死ぬかもしれない。それは自覚しているというのに。
――揺らぐ輪郭の襲撃者。
――咆哮を上げる屍竜。
――そして、細身の戦闘屋。
それらと比べれば、目の前の脅威のいかに矮小なことか。やれやれ、と首を振ってから、僕は両手を上げる。
「ああ、なんだよ、おっかねえもん出すなよ。お前、その粗末なもんで何をしようって言うんだよ」
「あ? 決まってんだろ。あんまり生意気言うんなら、痛い目に……」
僕はそこで、内心ほくそ笑んだ。
そう、彼らは僕に危害を加えようというのだ。勇敢にも、その手にある刃物一振りで。
「そりゃあ困るな、勘弁してほしいぜ――」
短髪が言い切るのに被せるようにして、僕は背後に目配せをする。思った通り、僕らのボックス席は既に空になっていた。
僕の護衛は――仕事が早いのだ。
「――なあ、リタ?」
刹那、手から刃が跳ね上がる。それは勢いよく天井に突き刺さると、短髪は苦痛に呻いた。下方向からの蹴り上げは、手の甲に鮮やかな打撲の痕を残している。
そのまま弧を描いた爪先が、短髪の顎を蹴り抜いた。途端、糸が切れた人形のように崩れ落ちていく。
驚いたのか、長髪が僅かに後方を確認しようとした。その瞬間、膝裏に鋭い一撃が叩き込まれる。加減はしただろうが、世界最強の一撃だ。しばらくは立ち上がれるまい。
「やっぱあんた、カッコつけすぎよ」
そこまでを終えて、リタは跪いた長髪の背中の上に軽やかに降り立つと、芝居がかった調子で肩を竦めた。
「なんだよ、その割にはノリがよかったじゃないか。しっかり、前振りが終わるまで待っててくれたしさ」
「私だってこいつらにはムカついてたけど、今の私は仕事中だもの。何か理由がないと、それこそ、護衛対象が襲われでもしないと、戦うわけにはいかないわ」
へいへい、と僕は頷いた。そして、足元に転がる無様な連中に視線を落とす。今だに長髪の方は僕らに怒りのこもった視線を向けようとしてくるが、自分の上に立っている人間との戦力差を推し量る程度の知能はあるようで、それ以上動こうとはしなかった。
「……で、こいつらどうする? 叩き出そうにも、次の停車駅はまだ先だろ」
「放っときましょ。どっちにしろ、これだけの騒ぎなら車掌が来るわ。後は、そっちに任せておけばいいわよ」
そういうものか。確かに、リタは音もなく二人を仕留めてみせたが、彼らが他の乗客に絡んでいたのは間違いない。
と、僕が自分たちの席に戻ろうとしていたところで、不意に。
「あ、あの、ありがとうございます!」
少女が、ペコリと頭を下げた。
揺れるフードに目をやりながら、僕は適当に片手を上げて返す。
「ああ、いいんだ、止めてくれよ。僕は何もしてないからさ」
「本当にね、やったのはほとんど私じゃない」
ジロリと睨んでくるリタを適当にいなすと、少女は顔を上げる。シルクを思わせる肌に、柔らかな瞳。口元は不安のせいか、僅かに開かれていたものの、ほんのりと桜色の唇が、やけに鮮やかだった。
「わ、私、【病の街】で医療術師をしている、シーナと申します。お二人とも、なんとお礼を言ったらいいか……」
名乗るシーナをよそに、僕の視線は一箇所に吸い寄せられる。確かに、彼女の胸元のあたりに光っているのは、リタが持っていたのと同じバッジのようだった。
リタのものに刻まれた数字は"1"だったが、こっちには"3"が刻まれている。これはつまり、彼女が三級医療術師であることを示すものなのだろう。
「そうか、僕はジェイ。こっちは護衛のリタ。ちょうど僕らも【病の街】に向かうところだったんだ――」
と、そこまで話したところで。
「……駄目です、今の【病の街】には、来てはいけません」
シーナの顔が、悲しげに歪む。ただ事ではない様子に、思わず僕らは眉を寄せた。
「……シーナさん、って言ったかしら。その、どうして、街に行ったらいけないの?」
リタが尋ねる。注意深く、シーナを怯えさせないように。頭の端に過った確信のようなものを、言葉に乗らないように注意を払いながら。
「はい……今の街は、物騒なことになっているんです。つい先日から――」
嫌な予感が、心拍を加速させた。
そして、そういう予感ほど、当たってほしくもないのによく当たるものなのだ。
どくん。
どくん。
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