83 / 161
四章『死別という病』編
第二十話「第一医療棟」-2
しおりを挟む
「さあ、怪我人の手当ても終わった。改めて自己紹介をさせてもらおう」
くるりと椅子ごと回転させ、こちらを向いた彼女は、首元にかけられた名札のようなものを持ち上げつつ、僕らに視線を合わせる。
「私はエイヴァ=カロライナ。先程も言ったが、この治療棟の医療魔術師筆頭だ」
「丁寧にどうも、ジェイだ。そこの大怪我してる肉食獣が、護衛のリタ」
「誰が肉食獣よ!」
噛みつくリタは、思ってたよりも元気そうだった。
とはいえ、流石にいつものように暴れてはいない。前言撤回、いいところ小動物程度といったところか。
「ふむ、ならばジェイ君。聞かせてもらうが、君たちはどうしてこの街に来た? 状況は、そこのシーナに聞いていたんだろう?」
切れ長の瞳が、部屋の入り口脇に佇むシーナに向けられる。急に話のタネにされたからか、その小さな肩が細かく震えるのが見えた。
「ああ、聞いたよ。それでも、僕たちにはこの街の医療が必要だった」
「……聞かせてもらおう」
そこで、僕はこれまでの経緯を話すことにした。
もちろん、僕の出自などの都合の悪い部分は削ぎ落とし、リタとラティーンで共闘して屍竜を倒した後、リトラの一派に襲われたということ。
そして、ラティーンが魔物の毒を受けてしまい、【壁の街】の病院では治療ができなかったということ。
ある程度の事情を聞き終えたエイヴァは、納得したように二度、三度と頷いた。
「ふむ、それで、件の毒のサンプルはあるのか?」
「ああ、ここに……」
僕は懐から、持参した瓶を取り出した。中に入っているのは、濁った粘液のようなもの。ラティーンの傷から採取した、恐らく、現在彼の体を蝕んでいると思われる毒そのものだ。
エイヴァはそれをひったくるようにして奪うと、部屋の灯りに透かすようにして中を確認した。そして、確信めいた様子で口を開く。
「……これは、タイリクドクトカゲの毒だな。即効性の致死毒……には相違ないが、もっと毒性の強いものもあっただろうに」
「ああ、それでも、敵の襲撃者はこいつを使った。それはつまり……」
「ラティーンを殺すのが目的じゃ、ないってことでしょ」
リタの言葉に、僕も頷いた。全く同じ考えだ。
そもそもラティーンを殺すのであれば、あの場でいくらでもやりようがあった。そうしなかったのは、彼が人質として機能するからだろう。
解毒の方法を探して、僕たちが必ず、この街に来るように仕向けたかったのだ。
「……委細承知した、まずは結論から言おう、私であれば、この毒の解毒剤を作るのは可能だろう」
大陸でも、それができるものは僅かだろうがねと言い添えるのを忘れずに。
「しかし、今、ここでは無理だ。この第一医療棟の創薬設備は、先日の『呪い』に対抗するためにフル稼働させた結果、不調を来すようになってしまった」
「なら、どこにならその設備はあるの?」
リタの声には焦燥が混じっている。結論から話す、と言った割に本題に入らない彼女に、やきもきしているのかもしれない。
そんなせっかちも、普段のものとはどこか違う気がして。
「第三医療棟だ。君たちの本懐を果たすのであれば、我々はあの場所を奪回する必要があるな」
「……奪回、か」
僕はチラリとシーナの方を見やった。
先ほど襲ってきた、患者たちの成れの果てに、彼女は酷くショックを受けている様子だった。
恐らく、第三医療棟にいた患者や医者は、全員――それを口に出そうとは思わなかったが、相当な惨状が予想されるのは確かだ。
「……一応、聞いておくわ。想定される最悪の場合、向こうの総戦力はどのくらいになるの?」
最悪の場合。
それはつまり、人々が鏖殺され、全て屍者に変えられていた場合の話だ。
エイヴァの視線が、一緒だけシーナを捉えた。しかし、今は配慮をしていられる状況ではない。躊躇なく、彼女は答える。
「おおよそ、千人というところか。ほとんどが非戦闘員ではあるが、それでも楽観できる数字ではないな」
「……あのリッチのような、戦闘力を持った患者はどのくらいいたの?」
「僅少、とだけ言っておこう。私たちも患者全員のプライベートまで完全に把握しているわけじゃない。そこまで数はいないだろうが、一人というわけでもないはずだ」
「……いや、たぶん、アイツだけだぞ」
僕はそこで口を挟むことにした。
「リッチは普通の屍者とは違う、生み出すためにはそれなりの時間が必要だ。第三医療棟が落ちたのは、多分ここ数時間の話だよな?」
「ああ、そうだ。昨晩の時点ではまだ、魔信機での交信ができていた」
「……なら、非戦闘員の屍者もそこまで多くはない。死霊術をかけられて全体の半分、殺す際に抵抗された可能性も考えれば、三分の一もないかもな」
エイヴァは、ふむ、と顎に手を当て、何かを考え込むように俯いた。
「ならば、時間の問題だな。待てば待つほど状況は悪くなる。少年少女、ちなみに、君たちの知人が毒を受けたのは何時ごろだ」
「……今日の昼頃よ。まだ十時間も経ってないわ」
答えるリタの言葉に、僕はこっそり驚いていた。それだけしか経っていなかったのか。密度の濃すぎる一日に、思わず目眩がしそうになる。
「そうか、ならば【壁の街】に薬を運ぶ猶予も加味して、おおよそ十時間……タイムリミットは、その辺りか」
くるりと椅子ごと回転させ、こちらを向いた彼女は、首元にかけられた名札のようなものを持ち上げつつ、僕らに視線を合わせる。
「私はエイヴァ=カロライナ。先程も言ったが、この治療棟の医療魔術師筆頭だ」
「丁寧にどうも、ジェイだ。そこの大怪我してる肉食獣が、護衛のリタ」
「誰が肉食獣よ!」
噛みつくリタは、思ってたよりも元気そうだった。
とはいえ、流石にいつものように暴れてはいない。前言撤回、いいところ小動物程度といったところか。
「ふむ、ならばジェイ君。聞かせてもらうが、君たちはどうしてこの街に来た? 状況は、そこのシーナに聞いていたんだろう?」
切れ長の瞳が、部屋の入り口脇に佇むシーナに向けられる。急に話のタネにされたからか、その小さな肩が細かく震えるのが見えた。
「ああ、聞いたよ。それでも、僕たちにはこの街の医療が必要だった」
「……聞かせてもらおう」
そこで、僕はこれまでの経緯を話すことにした。
もちろん、僕の出自などの都合の悪い部分は削ぎ落とし、リタとラティーンで共闘して屍竜を倒した後、リトラの一派に襲われたということ。
そして、ラティーンが魔物の毒を受けてしまい、【壁の街】の病院では治療ができなかったということ。
ある程度の事情を聞き終えたエイヴァは、納得したように二度、三度と頷いた。
「ふむ、それで、件の毒のサンプルはあるのか?」
「ああ、ここに……」
僕は懐から、持参した瓶を取り出した。中に入っているのは、濁った粘液のようなもの。ラティーンの傷から採取した、恐らく、現在彼の体を蝕んでいると思われる毒そのものだ。
エイヴァはそれをひったくるようにして奪うと、部屋の灯りに透かすようにして中を確認した。そして、確信めいた様子で口を開く。
「……これは、タイリクドクトカゲの毒だな。即効性の致死毒……には相違ないが、もっと毒性の強いものもあっただろうに」
「ああ、それでも、敵の襲撃者はこいつを使った。それはつまり……」
「ラティーンを殺すのが目的じゃ、ないってことでしょ」
リタの言葉に、僕も頷いた。全く同じ考えだ。
そもそもラティーンを殺すのであれば、あの場でいくらでもやりようがあった。そうしなかったのは、彼が人質として機能するからだろう。
解毒の方法を探して、僕たちが必ず、この街に来るように仕向けたかったのだ。
「……委細承知した、まずは結論から言おう、私であれば、この毒の解毒剤を作るのは可能だろう」
大陸でも、それができるものは僅かだろうがねと言い添えるのを忘れずに。
「しかし、今、ここでは無理だ。この第一医療棟の創薬設備は、先日の『呪い』に対抗するためにフル稼働させた結果、不調を来すようになってしまった」
「なら、どこにならその設備はあるの?」
リタの声には焦燥が混じっている。結論から話す、と言った割に本題に入らない彼女に、やきもきしているのかもしれない。
そんなせっかちも、普段のものとはどこか違う気がして。
「第三医療棟だ。君たちの本懐を果たすのであれば、我々はあの場所を奪回する必要があるな」
「……奪回、か」
僕はチラリとシーナの方を見やった。
先ほど襲ってきた、患者たちの成れの果てに、彼女は酷くショックを受けている様子だった。
恐らく、第三医療棟にいた患者や医者は、全員――それを口に出そうとは思わなかったが、相当な惨状が予想されるのは確かだ。
「……一応、聞いておくわ。想定される最悪の場合、向こうの総戦力はどのくらいになるの?」
最悪の場合。
それはつまり、人々が鏖殺され、全て屍者に変えられていた場合の話だ。
エイヴァの視線が、一緒だけシーナを捉えた。しかし、今は配慮をしていられる状況ではない。躊躇なく、彼女は答える。
「おおよそ、千人というところか。ほとんどが非戦闘員ではあるが、それでも楽観できる数字ではないな」
「……あのリッチのような、戦闘力を持った患者はどのくらいいたの?」
「僅少、とだけ言っておこう。私たちも患者全員のプライベートまで完全に把握しているわけじゃない。そこまで数はいないだろうが、一人というわけでもないはずだ」
「……いや、たぶん、アイツだけだぞ」
僕はそこで口を挟むことにした。
「リッチは普通の屍者とは違う、生み出すためにはそれなりの時間が必要だ。第三医療棟が落ちたのは、多分ここ数時間の話だよな?」
「ああ、そうだ。昨晩の時点ではまだ、魔信機での交信ができていた」
「……なら、非戦闘員の屍者もそこまで多くはない。死霊術をかけられて全体の半分、殺す際に抵抗された可能性も考えれば、三分の一もないかもな」
エイヴァは、ふむ、と顎に手を当て、何かを考え込むように俯いた。
「ならば、時間の問題だな。待てば待つほど状況は悪くなる。少年少女、ちなみに、君たちの知人が毒を受けたのは何時ごろだ」
「……今日の昼頃よ。まだ十時間も経ってないわ」
答えるリタの言葉に、僕はこっそり驚いていた。それだけしか経っていなかったのか。密度の濃すぎる一日に、思わず目眩がしそうになる。
「そうか、ならば【壁の街】に薬を運ぶ猶予も加味して、おおよそ十時間……タイムリミットは、その辺りか」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
モブ高校生と愉快なカード達〜主人公は無自覚脱モブ&チート持ちだった!カードから美少女を召喚します!強いカード程1癖2癖もあり一筋縄ではない〜
KeyBow
ファンタジー
1999年世界各地に隕石が落ち、その数年後に隕石が落ちた場所がラビリンス(迷宮)となり魔物が町に湧き出した。
各国の軍隊、日本も自衛隊によりラビリンスより外に出た魔物を駆逐した。
ラビリンスの中で魔物を倒すと稀にその個体の姿が写ったカードが落ちた。
その後、そのカードに血を掛けるとその魔物が召喚され使役できる事が判明した。
彼らは通称カーヴァント。
カーヴァントを使役する者は探索者と呼ばれた。
カーヴァントには1から10までのランクがあり、1は最弱、6で強者、7や8は最大戦力で鬼神とも呼ばれる強さだ。
しかし9と10は報告された事がない伝説級だ。
また、カードのランクはそのカードにいるカーヴァントを召喚するのに必要なコストに比例する。
探索者は各自そのラビリンスが持っているカーヴァントの召喚コスト内分しか召喚出来ない。
つまり沢山のカーヴァントを召喚したくてもコスト制限があり、強力なカーヴァントはコストが高い為に少数精鋭となる。
数を選ぶか質を選ぶかになるのだ。
月日が流れ、最初にラビリンスに入った者達の子供達が高校生〜大学生に。
彼らは二世と呼ばれ、例外なく特別な力を持っていた。
そんな中、ラビリンスに入った自衛隊員の息子である斗枡も高校生になり探索者となる。
勿論二世だ。
斗枡が持っている最大の能力はカード合成。
それは例えばゴブリンを10体合成すると10体分の力になるもカードのランクとコストは共に変わらない。
彼はその程度の認識だった。
実際は合成結果は最大でランク10の強さになるのだ。
単純な話ではないが、経験を積むとそのカーヴァントはより強力になるが、特筆すべきは合成元の生き残るカーヴァントのコストがそのままになる事だ。
つまりランク1(コスト1)の最弱扱いにも関わらず、実は伝説級であるランク10の強力な実力を持つカーヴァントを作れるチートだった。
また、探索者ギルドよりアドバイザーとして姉のような女性があてがわれる。
斗枡は平凡な容姿の為に己をモブだと思うも、周りはそうは見ず、クラスの底辺だと思っていたらトップとして周りを巻き込む事になる?
女子が自然と彼の取り巻きに!
彼はモブとしてモブではない高校生として生活を始める所から物語はスタートする。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる