95 / 161
四章『死別という病』編
第二十一話「骸使い」-6
しおりを挟む「私は、患者との約束は違えないのさ。あの少女は、君の無事を約束することで、医療棟に残る道を選んでくれた。君を危険に晒してしまえば、私は彼女を裏切ってしまうことになる」
「……少女って、リタのことか?」
「ああ、彼女ももう、私の患者だからね――」
そこまで話したところで、状況が動いた。
焦れたように眉を寄せたエミリーが、ステッキを翳す。呼応するようにして、大剣使いのリッチが、踏み込みの体勢に入った。
「……で、お喋りは終わった? なら、そろそろおしまいにしてもいいかな?」
「ああ、来たまえ。君の思い通りには、ならないだろうがね」
言い切るよりも早く、大剣使いが動き出す。剣の重さを利用した、恐らく横薙ぎの一撃。
それをエイヴァは、空中に展開した凝固毒で受け止める。しかし、体格差はいかんともし難く、その体は地面に投げ出された。
好機、と大剣が振り下ろされる。決着の一撃としては十分な体勢と威力だろう。僕は、届くことのない手を、思わず伸ばそうとして――。
「心配するな少年。処置はもう、完了した」
――その刃は、エイヴァの真横数センチの位置に落下した。
エミリーの顔に、困惑の色が浮かんでいく。必殺のはずの一太刀を外し、明らかに動揺しているようだった。
「……は? な、なんで……」
その隙に、エイヴァはゆっくりと立ち上がる。倒された際のダメージが無いわけではなさそうだが、それでも軽傷であることは間違いない。
彼女は不思議そうに腕を組むと、そのまま首を倒した。
「ふむ、自覚症状は無しか。しかし、そろそろ分かるだろう。効いてくる頃合いだからね――」
そう口にすると同時、エミリーが膝から崩れ落ちた。まるで糸を切られた人形のように。
しかし、意識を保ったままの彼女の表情は、驚愕に満ちたものだった。まるで、何が起こったのかわからない、とでも言ったかのように。
「なっ、なんだよ、これ……!」
「少年、それ以上前に出ないことだ」
巻き込まれたくないのならね、と続けて、彼女は人差し指を立てる。
「エミリーと言ったね。君に、いくつか問いかけよう」動かなくなった大剣使いを、悠々と追い抜きながら。
「問一、私は医者だ、戦士ではない。そんな私が、逃げずに足を止めて、君と戦っていたのは何故だと思う?」
「ぐ、う……っ、何を……?」
「問二、どうして私が、あんなに毒薬を撒き散らしながら、派手に戦っていたと思う?」
かつ、かつ、かつ。
硬質な靴音を引き連れて、エイヴァが迫る。
その足取りに、迷いは微塵も感じられない。ただ、無慈悲な圧力があるばかりだ。
「問三――リッチに毒は効かないだろうが、さて、君にはどのくらい盛れば、効果が出ると思う?」
「――っ!」エミリーの顔から、一気に血の気が退いていく。
そう、答えは簡単。屍者であるリッチは毒など関係なく動けるが、生者である操り手はそうはいかない。
必然、作用する量の毒物を摂取すれば――体には異常を来すだろう。
「な……そんな、でも、あんたの攻撃は、私に届いてなかったのに……」
切れ切れの声で、エミリーは言う。
確かに、彼女が立っていたのは、二体のリッチの、さらに後方だ。遠距離では魔弾の射手、そして近距離では大剣使いがそれぞれ猛威を振るっていたため、エイヴァは全く接近することができていなかった。
それこそ、指の一本でさえも、届いていなかったはずだ――しかし。
「届いていたさ、最初からね。だって、そっちは――風下だろう?」
瞬間、疑問が氷解した。
ここまでの戦いで使った毒を、彼女は空気中にも散布、あるいは気化させていたのだ。
当然、毒は風に乗り、風下に流れていく。見ることもできなければ、感じることもできない。無味無臭の透明が、いつしかエミリーを包み込んでいたのだ。
となれば、後は待つだけ。毒が回るのを、戦いの高揚が心拍数を上げ、呼吸を速めるのを待つだけだ――。
「――じゃあ、何? 私は……ここに立った時点で、負けてたの……?」
悔しげに吐き捨てるエミリーの傍らに、エイヴァは歩み寄る。
毒の苦痛に身を震わせる彼女に、エイヴァはニヤリと、どこか死の匂いを感じさせる笑みで応えたのだった。
「ククク……負けも勝ちもあるものか、そもそも、私は医者だ。最初から、君とは戦ってなどいないさ」
そう、医者との間に、戦いなど起こりようもない。世界の全てが、彼女の患者であるのなら、これもまた――。
「――治療だよ、お大事にどうぞ」
それが、診断の終わりを告げる言葉であることは、言うまでもないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる