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四章『死別という病』編
第二十二話「第三医療棟」-1
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「ふう、さて、こんなところで大丈夫かな」
眼下で転がるエミリーの手足を、持っていた止血帯で縛り上げたエイヴァは、作業を終えると一つ息を吐いた。
彼女が撒いた毒は、数分も待てば風に流されていったため、僕は、その作業を手伝いつつ、エミリーの様子を伺っていた。
「……う、うう、あ」
毒によって自由の効かない彼女は、今や何の脅威にもならない。死霊術式の刻まれた杖を取り上げてしまえば、今後、向かってくることもないだろう。
そんな、後は転がっていることしかできない彼女を見つめていれば、エイヴァが声をかけてくる。
「ふむ、こいつはもう平気だろう。自然代謝で体から毒が抜けるまでに、十二時間は猶予がある。まあ、我々が事を済ますまでに、また暴れることは無いと思うがね」
「……ああ、そう、だな」
僕の胸中は、正直複雑だった。
目の前に倒れているこいつは、直接的でないとはいえ、僕の家族の敵である。
しかし、一方で、どうしてスペクター家を裏切ったのか、それが気になる自分もいた。今、ここで問いかければ、その答えが得られるかもしれない。
あるいは得られずとも、復讐の一端として、ここで彼女を――。
「――殺そうなどと考えるなよ」
悪化しそうになった僕の思考は、エイヴァの手で縫い止められた。
「そいつの息の根を止めるということは、他でもないお前が、命を奪った罪を背負うということだ。悪いが、罪を抱え込んだ奴に効く薬など、まだこの街でも作られていない」
「……でも、こいつらは、僕の家族を皆殺しにしたんだ」
「なら、きっとこいつらが病んでいたのだ。欲も、野心も、あるいはそれ以外の激情も。見方を変えれば、人の心を揺らす病の一つにほかならないのだから」
行くぞ、と彼女は歩き出す。シーナは幾度か、僕の方を振り向きながら、所在無さげな足取りで、それに続いた。
僕も、行かなければならない。エミリーを退けたとしても、悪霊たちはどうにもならないのだから、引き続き霊視は必要になる。
気持ちを切り替えて、エイヴァに追いつこうと、駆け出したところで――。
「――ぼ、坊ちゃ、ま」
背後から聞こえてきた、切れ切れの声に足を止めた。
見れば、エミリーが顔だけを上げて、視線をこちらに向けていた。もう、ロクに体など動かせないはずだろうに、それでも、彼女は続ける。
「ど、どうか……カンバールの話を聞いてやってよ……やり方は間違えちゃったけど、あいつはただ、おくさ――」
「話すことなんて、ないだろ」
僕は会話を、一言で断ち切った。
もう、何があっても、どんな事情を並べても、僕らの道は重ならない。
屋敷を焼かれたあの日に、僕とあいつの道は決定的に分かれてしまった。
どうして、リトラが親父を裏切ったのか。
その理由なんて、今更知ったところでどうにもならないし、何も起こらない。だから、これ以上論じる必要もない。以上。
僕の中では、そう、答えが出ているのだ。
エミリーはそのまま、意識を失ったようだった。背後を確認すれば、主を失ったリッチたちも、跪くような姿勢のまま沈黙している。もう、僕らの脅威になることはないだろう。
前を向けば、道の先でエイヴァとシーナが待っている。僕にはやることがあるのだ。ここで足を止めているわけにはいかない。
「悪いな、待たせちまった。さあ、先を急ごうぜ」
僕は再び、霊視の力を込める。脅威を一つ排除したとはいえ、まだ油断はできない。リトラ本人の行方も、あの戦闘屋の姿も見えていないのだから。
「ああ、目的地はもう、すぐそこだ。この坂道を下り、通りを抜ければ、見えてくるだろう」
エイヴァはそう言って、坂道の下の方を指さした。
見ると確かに、徐々に道は下り坂となり、その先は通りへと通じていた。あとはここを進めば、僕たちの仕事は終わるわけだ。
「……なら、とっとと行こうぜ。エミリーに邪魔された分もある、僕らは、そんなにのんびりしていられないだろ」
口にしながらも、自分の中で燻る焦りに気が付いていた。現れたのがエミリーだったのは計算外だったが、大なり小なり妨害が入る予想は立てていた。
つまり、現状は順調も順調。それでも僕の足は急いたように動く、胸騒ぎ、嫌な予感、何とでも形容できるだろうが、とにかく、心が炙な感覚を抱えていた。
その正体もわからぬまま、僕らは坂を駆け降りる。そうすれば、程なくしてそれは見えてきた。
先程まで僕たちがいた、第一医療と同じ、混凝土造りの巨大な建物。掲げられているのは医療術師の紋章で間違いないが、刻まれているのは、”3”の文字だ。
「ここが、第三医療棟か……?」
僕は注意深く様子を伺う。施設の入り口は、第一医療棟と同じように封鎖されていたようだが、既にバリケードは破れている。
てっきり、棟の周りは屍者でいっぱいかと思っていたが、どうやらそういうわけではなさそうだ。少なくとも周囲に敵影は見当たらず、死体や血痕が散らばっているわけでもない。
眼下で転がるエミリーの手足を、持っていた止血帯で縛り上げたエイヴァは、作業を終えると一つ息を吐いた。
彼女が撒いた毒は、数分も待てば風に流されていったため、僕は、その作業を手伝いつつ、エミリーの様子を伺っていた。
「……う、うう、あ」
毒によって自由の効かない彼女は、今や何の脅威にもならない。死霊術式の刻まれた杖を取り上げてしまえば、今後、向かってくることもないだろう。
そんな、後は転がっていることしかできない彼女を見つめていれば、エイヴァが声をかけてくる。
「ふむ、こいつはもう平気だろう。自然代謝で体から毒が抜けるまでに、十二時間は猶予がある。まあ、我々が事を済ますまでに、また暴れることは無いと思うがね」
「……ああ、そう、だな」
僕の胸中は、正直複雑だった。
目の前に倒れているこいつは、直接的でないとはいえ、僕の家族の敵である。
しかし、一方で、どうしてスペクター家を裏切ったのか、それが気になる自分もいた。今、ここで問いかければ、その答えが得られるかもしれない。
あるいは得られずとも、復讐の一端として、ここで彼女を――。
「――殺そうなどと考えるなよ」
悪化しそうになった僕の思考は、エイヴァの手で縫い止められた。
「そいつの息の根を止めるということは、他でもないお前が、命を奪った罪を背負うということだ。悪いが、罪を抱え込んだ奴に効く薬など、まだこの街でも作られていない」
「……でも、こいつらは、僕の家族を皆殺しにしたんだ」
「なら、きっとこいつらが病んでいたのだ。欲も、野心も、あるいはそれ以外の激情も。見方を変えれば、人の心を揺らす病の一つにほかならないのだから」
行くぞ、と彼女は歩き出す。シーナは幾度か、僕の方を振り向きながら、所在無さげな足取りで、それに続いた。
僕も、行かなければならない。エミリーを退けたとしても、悪霊たちはどうにもならないのだから、引き続き霊視は必要になる。
気持ちを切り替えて、エイヴァに追いつこうと、駆け出したところで――。
「――ぼ、坊ちゃ、ま」
背後から聞こえてきた、切れ切れの声に足を止めた。
見れば、エミリーが顔だけを上げて、視線をこちらに向けていた。もう、ロクに体など動かせないはずだろうに、それでも、彼女は続ける。
「ど、どうか……カンバールの話を聞いてやってよ……やり方は間違えちゃったけど、あいつはただ、おくさ――」
「話すことなんて、ないだろ」
僕は会話を、一言で断ち切った。
もう、何があっても、どんな事情を並べても、僕らの道は重ならない。
屋敷を焼かれたあの日に、僕とあいつの道は決定的に分かれてしまった。
どうして、リトラが親父を裏切ったのか。
その理由なんて、今更知ったところでどうにもならないし、何も起こらない。だから、これ以上論じる必要もない。以上。
僕の中では、そう、答えが出ているのだ。
エミリーはそのまま、意識を失ったようだった。背後を確認すれば、主を失ったリッチたちも、跪くような姿勢のまま沈黙している。もう、僕らの脅威になることはないだろう。
前を向けば、道の先でエイヴァとシーナが待っている。僕にはやることがあるのだ。ここで足を止めているわけにはいかない。
「悪いな、待たせちまった。さあ、先を急ごうぜ」
僕は再び、霊視の力を込める。脅威を一つ排除したとはいえ、まだ油断はできない。リトラ本人の行方も、あの戦闘屋の姿も見えていないのだから。
「ああ、目的地はもう、すぐそこだ。この坂道を下り、通りを抜ければ、見えてくるだろう」
エイヴァはそう言って、坂道の下の方を指さした。
見ると確かに、徐々に道は下り坂となり、その先は通りへと通じていた。あとはここを進めば、僕たちの仕事は終わるわけだ。
「……なら、とっとと行こうぜ。エミリーに邪魔された分もある、僕らは、そんなにのんびりしていられないだろ」
口にしながらも、自分の中で燻る焦りに気が付いていた。現れたのがエミリーだったのは計算外だったが、大なり小なり妨害が入る予想は立てていた。
つまり、現状は順調も順調。それでも僕の足は急いたように動く、胸騒ぎ、嫌な予感、何とでも形容できるだろうが、とにかく、心が炙な感覚を抱えていた。
その正体もわからぬまま、僕らは坂を駆け降りる。そうすれば、程なくしてそれは見えてきた。
先程まで僕たちがいた、第一医療と同じ、混凝土造りの巨大な建物。掲げられているのは医療術師の紋章で間違いないが、刻まれているのは、”3”の文字だ。
「ここが、第三医療棟か……?」
僕は注意深く様子を伺う。施設の入り口は、第一医療棟と同じように封鎖されていたようだが、既にバリケードは破れている。
てっきり、棟の周りは屍者でいっぱいかと思っていたが、どうやらそういうわけではなさそうだ。少なくとも周囲に敵影は見当たらず、死体や血痕が散らばっているわけでもない。
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