赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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四章『死別という病』編

第二十二話「第三医療棟」-2

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「――静かすぎるな」

 最初に違和感を口にしたのは、エイヴァだった。その言葉に、僕は静かに同意する。

 そう、あまりにも静かすぎる。事前の予想では、数百人は屍者がいるという話だったはずだ。
 しかし、数百人どころか、ただの一体すらも見当たらない。


「まさか、昨日、地下通路で溶かした連中だけで全て、というわけでもあるまい。一体、奴らはどこに消えた――?」

「……行ってみよう、それで、はっきりする」


 エイヴァが頷く。結局のところ、僕らは虎穴に入るしかない。そしてまごついていればいるほど、状況は悪化していくのだ。

 僕は霊視を途絶えさせぬように、彼女らの先を行くことにした。中に入ったら悪霊の巣で、そのまま――ということもあり得るだろう。

 細心の注意を払い、入り口から中を覗き込む――しかし、これまた拍子抜けするほどに、中はがらんとしていた。

 物が壊れたり、壁が傷ついたりといった、荒れた様子もない。ここで戦闘や虐殺は起こっていなかったかのように、そこからは人間だけがいなくなっていた。

「おいおい、これは、どういうことだよ……」

 僕は理由がわからず、そう口にすることしかできなかった。仮に、屍者や死霊術師がいないのはいいとしても、それなら、この医療棟にいたはずの患者や医者たちは、どこに消えた――?

「……そもそも、勘違いをしていたのかもしれんな」

 後に続いて、エイヴァとシーナが入ってくる。彼女は辺りの状況を確認してから、苦い顔で眼鏡を上げた。


「勘違い、ってのは何だよ」

「言葉通りの意味だ。そもそも、連中は第三医療棟そのものには興味がなかった、という話だよ」

「……それは、どういう意味だ?」


 第三医療棟に興味が無かった、というのなら、一体どうして、占拠などしたのだろうか。
 リトラはこの街の全てを占領しようとしている――そうではないのだろうか?

「違う。少年、考えろ。彼には別の目的があるんじゃないか? そうじゃなければ、リトラ・カンバールとやらの一連の行動に筋が通らない」

 【昏い街】で、僕の家族を焼き。
 【夕暮れの街】まで僕を追い。
 【壁の街】でラティーンを貫き。

 そして、【病の街】を襲った。

 さらに、そこに僕が狙われている理由を加えれば、答えは自ずと導かれるだろう。

 しかし。


「……いや、わからない、わからないって。あいつは意味不明で、理由不在で、理解不能な殺戮者、そのはずだろ」

「そうであるのなら、わざわざ悪霊を街に撒いたり、『骸使い』を道端に配置したりはしないだろう。これらの行動はすべて、一つの目的に繋がっている――と、私は予想する」


 僕は、それに口を挟まなかった。肯定も否定も、何もかもが彼女には無駄なのだろうから。
 見透かすような瞳が、今は心底目障りだった。隠そうとしても、何一つとしてままならない。

「――少年。君は、奴の行動の理由を知っているんじゃないか?」

 答えることは、できなかった。

 ただ、手の中にあるロザリオに目を落とす。脳裏に浮かぶのは、これを親父から受け取ったときの、あの景色だ。

 燃える屋敷。
 斃れる家族たち。
 そして向かい合う――二人の死霊術師。

『いいか、ジェイ。そのロザリオは、儂の罪そのものだ。守り抜け、何に換えても――』


「――流石は、筆頭医療術師というところか」


 僕の思考は、突然聞こえてきた拍手に遮られた。

 見れば、エントランスのソファに、誰かが腰掛けている。その人影は、侮るようにゆっくりと立ち上がり、僕たちの方に歩いてきた。

 豪奢な装飾の施された漆黒のスータンは、まるで、僕たちを飲み込むかのような暗さで、ただ、そこに佇んでいる。

「――リトラっ!」

 思わず叫ぶ。そして、間髪入れずに懐から霊符を取り出して、それを地面に展開しようする。

 だが、僕よりも早く、エイヴァが動いた。彼女は躊躇なく小瓶の首を折り、凝固毒の狼を走らせる。その間、おおよそ一秒弱。

「おやおや、随分なご挨拶だな、坊ちゃん」

 リトラは、それでも焦る素振りすら見せなかった。迫る毒の狼を、静かに見据えている。

 そして、狼が彼に喰らいつこうという刹那――まるで、見えない壁にぶつかったかのように、その場で弾け飛んだ。

 エイヴァが不審げに眉を寄せる。自分の攻撃がどうして防がれたのか、わからなかったのだろう。恐らく、その正体がわかっていたのは、この場で僕だけだ。

「……悪霊だよ、エイヴァ。あいつ、自分の体に無数の悪霊を纏って、攻撃を防いでる」

 霊視を続けながら、僕は足の震えをどうにか堪えていた。

 リトラの周囲に纏わりつく悪霊――その数は、十や二十では効かない。怨嗟と怨念が籠もった魂は淀み、禍々しい輝きを放っていた。

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