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四章『死別という病』編
第二十二話「第三医療棟」-3
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どうして、医療棟に踏み込む前に、霊視で気が付くことができなかったのか。それが、不思議なくらいだ。
「ほう、わかるか。あの落ちこぼれの坊ちゃんが、随分と成長したものだな」
「今さら兄弟子ぶるのはやめろよ。わかるさ、それだけ臭けりゃ、嫌でもな」
「フッ、そうか、私からはそんなに、死の匂いがするかね。ならば、計画は順調ということだ」
計画。
それが何なのかというのが、先程の僕とエイヴァのやり取りだ。そして、そのやり取りを聞いたこいつは、「流石」とエイヴァのことを称した。
つまりそれは、彼女の予想が当たらずも遠からずであるということを表している。
「ふむ、そして、エイヴァ・カロライナ。君の言う通り、私はもう、この街でするべきことは果たし終えている」
「……第一医療棟の、一千の遺体は要らないというのか?」
「くれるというなら、貰っておくがね。必須ではない。そもそもの話、屍者はあくまでも手段の一つでしかないんだ――至っているのであれば、リスクを冒してまで用意するものじゃない」
奥歯に、自然と力が籠もるのがわかった。屍者は手段、そう言い切るこいつは、どこまで行っても冷徹な死霊術師だ。
けれどそれは、親父が目指したものではない。屍者という手段を用いるために、命に対する敬意を払わなければならない。それが、僕たちが負っている義務なのだというのに。
「だがね、カロライナ女史。それに、坊ちゃん。まだここは、舞台には相応しくないんだ。機も満ちていない、だから、そう遠くないうちに、私は退散する予定だったのだ」
「何を言ってやがる……こんなに、街をめちゃくちゃにしやがって!」
「ふむ、必要な犠牲だよ。大いなる目的のためには、な。君ならわかるだろう」
リトラの視線が、憤る僕を追い抜いて、エイヴァの方に向けられる。
彼女は眉一つ動かしていなかった。表情筋の全てを掌握しているかのように、微動だにせず、嘲弄するかのような言葉のすべてを受け止めた。
そして――息を吐きつつ、目を伏せた。
「……カンバール氏。貴様の言う通りだ、医療とは無数の犠牲の上に成り立っている、崇高な目的のために、犠牲を払うことの意味がわからないわけではない」
そこまでを口にした彼女が次に顔を上げたとき――その目には、凄まじい憤怒の炎が宿っていた。
普段が無表情だからこそ、より際立つその形相に、思わず僕は、肩を震わせてしまう。
「しかし、だ。我々とて手段は選ぶ。たとえ、未来の万人を救うためだとはいえ、今の千人を犠牲にしたりはしない」
その怒りに呼応するようにして、いつの間にか彼女が手にしていた薬瓶が爆ぜる。そこから沸き立つ毒液は、まるで溶岩のように煮立っていた。
青みがかった髪が逆立つほどに魔力を励起させつつ、彼女は毅然と言い放つ。
「貴様は病気だ、リトラ・カンバール。この私が執刀してやろう」
殺気、闘気、気迫。
その辺りの言葉で形容されそうな、強い意思をぶつけられつつも、リトラは余裕の笑みを崩さない。
根拠は、纏った悪霊の鎧にあるのか。
それとも、まだ何か――。
「はっはっはっは! 病気ときたか、医者風情が! この期に及んで、診察ごっことは恐れ入るね!」
「黙れ、処置室では医者が神だ。貴様は、大人しく、私の治療を――」
「君が神と言うのなら」リトラが、ゆっくりと手のひらを持ち上げる。「天網恢恢、もっと目を凝らすべきだったな」
不意に、僕とエイヴァの間に何かの影が割り込んだ。
突然の出来事に、僕の足は動かない。だって、影が向かってきた方向に立っていたのは、他の誰でもなく。
「――お師匠様、お許しください……!」
背後で守られているべき、非戦闘員のシーナ。
彼女は、短い刃物のようなものを手にして――その先を、エイヴァの背中に突き立てていた。
何が起こったのか、わからない。僕にも、恐らくエイヴァにも。見開かれた目は丸く、滲む血液は赤く、赤く、赤く。
あまりにも呆気なく、神を騙った医者が崩れ落ちる。
「くっ、ははははははははは!」
リトラの哄笑が、混凝土の内壁に反響する。耳障りなその声に、胸の中を上ってきた苛立ちは、行場を失うように食道でねじれた。
「し、シーナ、君は……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、でも、私――」
シーナは、短剣を両手で握ったまま、その場に膝を着く。そんな彼女を、エイヴァは虚ろな瞳で見つめるばかりだ。
戸惑い。
ここまで超然とした態度を崩さなかった彼女が、怒りの形相すらも人間離れしていた彼女が、始めて、人間らしい表情を浮かべている。
「その子は、私の協力者だよ」
リトラが悠然と、僕たちに接近する。逃げなければいけない、いけないのに、足が動かない。
ここにリタはいない、エイヴァは倒れた。完全な詰み、袋小路に入り込んでしまったのだ。
「達成の暁には、『例の術式』を彼女にも分け与えると、そう約束したのさ。私が入院していた、あの病室でね」
「――おい、『例の術式』って、お前……!」
僕は吠えることしかできない。
血が冷たくなる、駄目だ。現状を打破する手段が、何も思い付かない。
僕の死霊術では、リトラと一対一で相対するのは無謀もいいところだ。
今できることは、喋ることで時間を稼ぐこと。それで、どうなるとも思えないが。
「ああ、そうさ。ようやく準備が整ったのだ、君のお父上には、感謝せねばなるまいな」
「準備って、お前……『例の術式』を使うのに、どれだけの……!」
「だから、ここなのだ」
リトラは感情的に叫ぶ僕を諌めるように、一言で断じた。それだけでもう、次の言葉が紡げなくなる。
「ほう、わかるか。あの落ちこぼれの坊ちゃんが、随分と成長したものだな」
「今さら兄弟子ぶるのはやめろよ。わかるさ、それだけ臭けりゃ、嫌でもな」
「フッ、そうか、私からはそんなに、死の匂いがするかね。ならば、計画は順調ということだ」
計画。
それが何なのかというのが、先程の僕とエイヴァのやり取りだ。そして、そのやり取りを聞いたこいつは、「流石」とエイヴァのことを称した。
つまりそれは、彼女の予想が当たらずも遠からずであるということを表している。
「ふむ、そして、エイヴァ・カロライナ。君の言う通り、私はもう、この街でするべきことは果たし終えている」
「……第一医療棟の、一千の遺体は要らないというのか?」
「くれるというなら、貰っておくがね。必須ではない。そもそもの話、屍者はあくまでも手段の一つでしかないんだ――至っているのであれば、リスクを冒してまで用意するものじゃない」
奥歯に、自然と力が籠もるのがわかった。屍者は手段、そう言い切るこいつは、どこまで行っても冷徹な死霊術師だ。
けれどそれは、親父が目指したものではない。屍者という手段を用いるために、命に対する敬意を払わなければならない。それが、僕たちが負っている義務なのだというのに。
「だがね、カロライナ女史。それに、坊ちゃん。まだここは、舞台には相応しくないんだ。機も満ちていない、だから、そう遠くないうちに、私は退散する予定だったのだ」
「何を言ってやがる……こんなに、街をめちゃくちゃにしやがって!」
「ふむ、必要な犠牲だよ。大いなる目的のためには、な。君ならわかるだろう」
リトラの視線が、憤る僕を追い抜いて、エイヴァの方に向けられる。
彼女は眉一つ動かしていなかった。表情筋の全てを掌握しているかのように、微動だにせず、嘲弄するかのような言葉のすべてを受け止めた。
そして――息を吐きつつ、目を伏せた。
「……カンバール氏。貴様の言う通りだ、医療とは無数の犠牲の上に成り立っている、崇高な目的のために、犠牲を払うことの意味がわからないわけではない」
そこまでを口にした彼女が次に顔を上げたとき――その目には、凄まじい憤怒の炎が宿っていた。
普段が無表情だからこそ、より際立つその形相に、思わず僕は、肩を震わせてしまう。
「しかし、だ。我々とて手段は選ぶ。たとえ、未来の万人を救うためだとはいえ、今の千人を犠牲にしたりはしない」
その怒りに呼応するようにして、いつの間にか彼女が手にしていた薬瓶が爆ぜる。そこから沸き立つ毒液は、まるで溶岩のように煮立っていた。
青みがかった髪が逆立つほどに魔力を励起させつつ、彼女は毅然と言い放つ。
「貴様は病気だ、リトラ・カンバール。この私が執刀してやろう」
殺気、闘気、気迫。
その辺りの言葉で形容されそうな、強い意思をぶつけられつつも、リトラは余裕の笑みを崩さない。
根拠は、纏った悪霊の鎧にあるのか。
それとも、まだ何か――。
「はっはっはっは! 病気ときたか、医者風情が! この期に及んで、診察ごっことは恐れ入るね!」
「黙れ、処置室では医者が神だ。貴様は、大人しく、私の治療を――」
「君が神と言うのなら」リトラが、ゆっくりと手のひらを持ち上げる。「天網恢恢、もっと目を凝らすべきだったな」
不意に、僕とエイヴァの間に何かの影が割り込んだ。
突然の出来事に、僕の足は動かない。だって、影が向かってきた方向に立っていたのは、他の誰でもなく。
「――お師匠様、お許しください……!」
背後で守られているべき、非戦闘員のシーナ。
彼女は、短い刃物のようなものを手にして――その先を、エイヴァの背中に突き立てていた。
何が起こったのか、わからない。僕にも、恐らくエイヴァにも。見開かれた目は丸く、滲む血液は赤く、赤く、赤く。
あまりにも呆気なく、神を騙った医者が崩れ落ちる。
「くっ、ははははははははは!」
リトラの哄笑が、混凝土の内壁に反響する。耳障りなその声に、胸の中を上ってきた苛立ちは、行場を失うように食道でねじれた。
「し、シーナ、君は……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、でも、私――」
シーナは、短剣を両手で握ったまま、その場に膝を着く。そんな彼女を、エイヴァは虚ろな瞳で見つめるばかりだ。
戸惑い。
ここまで超然とした態度を崩さなかった彼女が、怒りの形相すらも人間離れしていた彼女が、始めて、人間らしい表情を浮かべている。
「その子は、私の協力者だよ」
リトラが悠然と、僕たちに接近する。逃げなければいけない、いけないのに、足が動かない。
ここにリタはいない、エイヴァは倒れた。完全な詰み、袋小路に入り込んでしまったのだ。
「達成の暁には、『例の術式』を彼女にも分け与えると、そう約束したのさ。私が入院していた、あの病室でね」
「――おい、『例の術式』って、お前……!」
僕は吠えることしかできない。
血が冷たくなる、駄目だ。現状を打破する手段が、何も思い付かない。
僕の死霊術では、リトラと一対一で相対するのは無謀もいいところだ。
今できることは、喋ることで時間を稼ぐこと。それで、どうなるとも思えないが。
「ああ、そうさ。ようやく準備が整ったのだ、君のお父上には、感謝せねばなるまいな」
「準備って、お前……『例の術式』を使うのに、どれだけの……!」
「だから、ここなのだ」
リトラは感情的に叫ぶ僕を諌めるように、一言で断じた。それだけでもう、次の言葉が紡げなくなる。
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