赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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四章『死別という病』編

第二十三話「Dance of the Necromancers」-5

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「――だって、みんな、いきかえる、んでしょ?」


 ――ぽろり、と涙を流した。

 屍者は泣かない。もはやその心も枯れ果ててしまうから。故に、それは彼女が擬似的な屍者であるからこそ、起こった出来事なのだろう。

「かんばーる、いってた。ぜぜ、ぜんぶもとどおりに、にできるって……」

 その言葉に。
 杖を持つ手が、僅かに緩む。
 まさか、彼女は。ひいては、裏切った執事衆は。

「お前たちは……取り返しがつくと思って、スペクター家を裏切ったのか……?」

 エミリーは、答えなかった。

 けれど、可能性はある。『あの術式』なら、何もかもを巻き戻すことができると。そう、リトラが吹き込んだ可能性なら。

 しかし、それは――。

「――まだだ、油断するな、少年!」

 途端、ガキン! と、硬いものがぶつかり合うような音が鳴り響いた。

 それは、射出された魔弾を、間一髪で割り込んだエイヴァが止める音だった。恐らく、はためかせた白衣に染み込ませたのであろう、凝固毒を硬化させ、彼女は僕を見下ろす。

「あはあ、だめ、かあ……」

 虚ろな顔に、笑みが浮かぶ。力無く、諦めるように、あるいはもっと、他の意味を称えながら。


「少年、どんな理由があれ、患者は患者だ。私情を書き込む余白は、カルテには存在しない。最後まで、治療をやり遂げろ」

「……わかってるさ、言われなくたってな」


 僕は改めて、杖に力を込める。

 死霊術式、『我に従え、輩よ』。リッチの主導権を得るための術は、エミリーが研鑽してきた死霊術の秘奥のひとつだ。

 彼女の言葉が本当だったのか、それとも、最後に不意を討つための嘘だったのかはわからない。

 けれど、この術式をここまで洗練させてきた彼女は、どんな形であれ――死霊術と真剣に向き合ってきたはずなのだ。

 だから。

「……少し眠れよ、エミリー。全部が悪い夢だったんだって、そう、信じながらさ」

 彼女はあっさりと、魂の主導権を手放した。
 もはや、奪い合いにすらならず。眠るようにして、エミリー・トゥームは目を閉じる。

 僕は、そんな彼女をソファまで運ぶと、そのままゆっくりと寝かせることにした。

 きっと、家族ごと家を焼き払ったあの日から、皆が悪い夢に浮かされているのだ。僕も、リトラも、執事衆たちも。

 だから、どこかで――こんな夢からは、目を覚まさなければならない。

「……やったのか」

 エイヴァが、ふらふらと近付いてくる。どうやら、背中の傷は止血程度までは終えているようだったが、それでも、痛みにその端正な顔を歪ませている。

「ああ、なんとかな。万全のこいつだったら、絶対に敵わなかったけど……」

 僕は、手の中の杖に視線を落とした。

 死霊術が、使える。今までは霊符を用いなければロクにコントロールできなかった死霊術が、今までよりもずっと自由に。

 これまでの僕なら、リッチを操るなんて術は到底、使いこなせなかったはずだ。

 或いは、その感覚は屍竜との戦いで『生者の葬列』を使った時からあったのかもしれない。あの戦いが、僕の中で噛み合わなかった歯車を噛み合わせるような――そんな作用を齎したのだろう。

 ようやっと握り込めた手応えに、浮かれる心もそこそこに、エイヴァがひとつ、手を打った。

「さて、どうあれ、一難は去ったわけだ。私たちも、本懐を遂げたいところだが……」

 彼女の視線が、僕らの遥か後方で縮こまるシーナに向けられる。

 もはやそのか細い手には、例の刃物は握られておらず。祈るようにして重ねられた両手を、力無く胸の前に置いて、こちらを見つめ返している。

「……シーナ、一体、何が君にそこまでのことをさせたんだ……?」

 エイヴァが彼女に問いかける。当然、答えない。「それは……」と口ごもり、何か言いたげに言葉を探しているようだったが、その度に、声にならない声で呻くばかりだ。

 言えるようになるまで、待ってやってもいいのかもしれない。しかし、時間は有限だ。だから、僕は敢えて先に、核心に触れることにした。

「――シーナ。君には、大切な人を亡くした経験がある。そうだな?」

 僕の言葉に、シーナの目が丸く見開かれる。
 なんと、エイヴァも同じだった。自分の言ったことで鉄面皮の彼女が表情を変えているのは、どこか優越に近い嗜虐的な感情を唆るものだったが、まあ、それは置いておいて。

「……なんだ、その質問は。もしかしてそれが、『例の術式』とやらに関りがあるのか……?」

 彼女の言葉に、僕は答え得る情報を持っていた。
 しかし、どこまで話したらいいものか。聴くことによって、彼女が敵に回ってしまう場合も考えなくてはならない。

 慎重に、慎重に、言葉を選んで――いや、もう、そんな隠し方もできない。隠すべきではない。ここまで巻き込んでしまった、彼女たちには。

 そして何よりも、そんな甘言に惑わされてしまった、シーナのためにも。

「……ああ、そうさ。スペクター家は、編み出していたんだよ――」

 観念した僕は、口を開く。力いっぱいに握り込んだロザリオが、手に食い込んで痛みを発している。
 それすらも、どこか戒めのように。静かに視線を巡らせる。

 エイヴァ。
 シーナ。
 そして、エミリー。

 全部の痛みが、全部の傷が。エイヴァ風に言うのなら、病が。こんな、こんな下らないもののために生じてしまったのだと、憤りを隠すこともできずに――。


「――死者を生き返らせる術式を、な」


 ――僕は、それを口にした。


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