赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

文字の大きさ
110 / 161
四章『死別という病』編

第二十五話「死、愛、紅蓮の炎」-2

しおりを挟む
 リタと正面から戦っても、勝ち目が薄いというのは向こうもわかっていたのだ。

 だから、連戦に継ぐ連戦で、その力を削いだ。恐らくは列車の襲撃事件、あるいはもっと前から、リタを疲弊させることにしたのだろう。

 僕が頼ることができる戦力を、確実に潰えさせるために――。

「……ダグラス、しばらくお前は、ここでじっとしていろよ」

 シャツの端を千切り、簡易的な包帯を作る。それで、彼の額の傷を押さえる。
 ひとまず、止血だ。血さえ止まれば、ある程度の猶予時間が生まれるだろう。

「僕はリタと共に襲撃者を仕留めて、戻ってくる。それまで、死ぬんじゃないぞ」

 まだ、彼には聞かなければならないことが山程ある。

 いや、死んだところで魂に聞けばいいだけなのだろうが、ある種の定型句として、そう口にしただけだ。特段、深い意味はない。深い意味なんて。

 彼が静かに頷いたのを確認してから、僕は先に進む。布陣はここまでと変わらない、大剣使いを前に、そして、魔弾の射手を後ろに。

 過去の反省もあり、二体と一人で一列になりながら――僕は、前に進む。

 気が付けば、衝突音はもう、しなくなっていた。ダグラスの血を止めていた、ほんの数分間の間に、だ。

 となれば、この先では何らかの形で、既に決着しているのだろう。

 僕は疑わない、疑いたくなどない。きっとリタが勝っていて、僕の心配は全て杞憂に終わるのだ。
 そう信じていた――信じたかった。

「――おい、おい、おい。信じるというのは、良いことだがね。けれど、それ故に、簡単なことではない」

 そして、僕はその場所へ至る。

 早朝だというのに、窓の少ないこの建物は、やけに薄暗い。恐らくは、戦闘の余波で灯りが割れてしまったのが理由だろう。

「互いの間に強い繋がりが無いのであれば、そもそも信頼など生まれない。少なくとも、俺はそう思うね」

 近付くにつれ、朧気だった輪郭が鮮明になっていく。

 誰かが倒れていて。
 誰かが、それを見下ろしている。

「利害も物理的な接続もなく、ただ、互いを想うことができる。もし、そんなことができる間柄だとするのなら」

 そして、僕はそれを、目にしてしまう――。

「――俺はそれを、愛と呼ぶがどうだね? ジェイ・スペクター」


 ――倒れたリタの頭を踏みつける、細身の男の姿を、だ。


「何やってるんだ、お前っ!」

 瞬間、脳髄が沸騰するような感覚があった。

 思考も何もかもすっ飛ばして、僕は杖を振り上げる。それに呼応するようにスリングショットを構えたリッチが、魔弾の魔法陣を展開した。

 それを目にしながら、微塵も動揺を見せない細身の男――間違いない、ラティーンを刺した、あの戦闘屋だった。

 あの時は暗く、よく見えなかったその姿も、室内、それもこの近距離であれば、はっきりと視認できる。

 まず目に入ったのは、頭に乗せた革張りのテンガロンハットだった。それに加え、ジャケットとパンツもレザー製であり、姿を明瞭に確認できる現在ですらも、黒ずくめという印象を受けた。

 目元は鋭い一重で、青白く面長の顔に裂けるようにして走った薄い唇は、不気味に引き結ばれている。
 歳の頃は三十代前半くらいだろうか。つい最近消えなくなったであろう、眉間の皺が目立っていた。

 そんな彼は、僕を侮るようにして肩を竦める。まるで、敵だとすら思っていないかのように。


「おい、おい、おい。待てよ、ジェイ・スペクター。落ち着けよ、ジェイ・スペクター。お前んちでは、話より先に相手の頬を張れと、そう教えていたのか?」

「うるさい、黙れ。まずはその汚い足を、リタから退けろ!」

「汚い? 馬鹿を言うな、俺が一日何時間かけて靴を磨いていると思っている。革製品ってのは、手入れが全てだ。大人の嗜みなんだぜ、ジェイ・スペクターよぅ」

「人のフルネームをっ」僕は、杖に力を込める。
「連呼するんじゃねえよ! 真っ黒スス野郎が!」


 怒りに任せ、僕は相手の頭部めがけて魔弾を放つ。
 殺してしまうかもとか、避けられるかもしれないとか、そんなことは何も考えていない、後先考えずの一撃だ。

 ――しかし。

「待て、待て、待てよ。ジェイ・スペクター、俺たちにはまだ、話し合う余地があると思うがどうだね?」

 おもむろに、男は額の前に拳を翳した。固く握り込み、丁度、拳闘で頭部を守るような調子で。
 そして、着弾した魔弾は――彼の手の甲に弾かれるようにして、天井に突き刺さる。

「――なっ!?」

 あり得ない。混凝土製の壁だって抉る弾丸だ。それを、人体の強度で弾き飛ばすなんて、そんなことはできるはずがない。

 しかし、男はこともなげに、それこそ欠伸でも挟みそうな様子で、さらに続ける。

「そも、そも、そもだ。俺たちはまだ、自己紹介すらもしてないだろう。相互理解から愛は始まる、少なくとも、俺はそう思うね」

 軽い調子で話しながらも、リタから足を離すことはない。つまり、明確な敵対の意思を携えたまま、彼は恭しく、正しく慇懃無礼とでも言えそうな様子で、頭を下げるのだった。

「俺は戦闘屋、【愛奴】のエリゴールだ。以後お見知り置きを、短い付き合いになりそうだがな」

 まるで、他愛もない雑談であるかのように。
 愛想もなく、そう、言い放ったのだった。


「【愛奴】のエリゴール……? なんだよそりゃ、知らないな。お前のことなんてよ!」

「そうか、なら、知らなくていい。むしろ、ゼロベースからお互いを知るほうが、愛ってのは育みやすいものだ」


 エリゴールは表情を変えず、そう、口にする。初めて目視したときから、何も変わらない。魔弾を防ぐために腕を上げたこと以外は、何も。


「愛……? 何、気色悪いこと言ってるんだよ、お前。僕とお前は敵なんだから、愛なんてあるわけないだろうが!」

「おい、おい、おい。でかい声を出すなよ、天下のスペクター家の生き残りが、聞いて呆れるぜ」


 彼は心底残念そうに溜め息を吐いた。

 その間に、僕は彼の様子を伺う。両手には武器になりそうなものは持っていない。ラティーンを貫いたあの刃も、少なくともすぐに抜ける位置には無さそうだった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

商人でいこう!

八神
ファンタジー
「ようこそ。異世界『バルガルド』へ」

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...