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四章『死別という病』編
第二十六話「燻る病歴」-2
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しかし、それはあり得ない。
僕がそれを、一番よく知っている。
「名君、スペクター卿を長きに渡って支え続けた懐刀。大陸の隅っこにいる、あたしみたいなもんの所にも、その名は届いていたさ」
「……そうか。有名人、だったんだな」
「そりゃあもう。スペクター卿お抱えの死霊術師集団、その頂点なんだから、名も知れているさね。老いてなお、その忠義にゃ頭が下がるもんだ」
忠義。
そう、ダグラスはずっと、自らの忠義を貫き通していた。
きっと、僕のことを主人と呼んだのも、冗談や皮肉ではなかったのだろう。彼が仕えていたスペクター家の、最後の生き残りである僕を、結果的に守り抜いてくれたのだから。
「……たはずなんだ」
「ん?」オレリアが、聞き返しつつ振り返る。
「もっと早く、信じてやれたはずなんだ。再会したとき、生きていてくれて嬉しいって気持ちも、無かったわけじゃない」
しかし、僕はその気持ちを表に出すことができなかった。
疑心。それに塗り潰された心が、手を取ることを拒ませてしまった。その結果、僕は伝えたいことも、伝えなければならないことも、何一つとしてままならないまま、彼を見送ってしまった。
「……死霊術を使えば、まだ、その気持ちを伝えることができるんじゃないのかい?」
「駄目だ。あいつは、生霊術式――自分の魂を焚べて、燃やし尽くした。だからもう、対話できるような霊魂は、どこにも残ってない」
正しく、全てを賭した一撃だったのだ。
自分の全存在を、死後の安寧すらも、何もかもを懸けて、僕は守られた。守ってもらった。
「なら、生きなくちゃならないね。あんたのことを生かしてくれた、誰かのためにもさ」
そう、オレリアはしみじみとした口調で言った。
それを否定するつもりもなかったが、例えそんなことを言われずとも、僕は生きるつもりだ。誰のためでも、誰かのせいでも、誰かに由来することも依存することもなく、ただ、自分のために。
「さて、とだ。それを踏まえて、あんたにゃ、この先のことを選んでもらわにゃならんね」
じろり、と彼女の視線が僕の方に向けられる。いつかのエイヴァのものを思わせる、人を見抜き、見定める目だ。
「一つは、そこのダグラス氏を埋葬し、あんた自身もここに残って弔いをする道。これが今取れる、一番安全な手段ってやつだ」
一番安全。確かに、彼女の言う通りだった。
【壁の街】に薬を届けるため、シーナが発った際に書簡を渡してある。ラティーンを救った後に、衛兵の詰所に届けてくれと。
順当に行けば、これから数時間もしないうちに、この街には衛兵たちがやってくるだろう。
大陸でも有数の手練たちが、医の拠点たるこの街を守りに来る。そうなればもう、リトラたちが付け入るような隙はない。
僕が一息入れて、ダグラスの私物を引き取り終えた頃には、ここは完全な安全地帯と化すのだ。
「もう一つは、あたしたちと一緒に【夕暮れの街】に戻る道。とはいえ、あんたの目的はどちらかといえば、その後に目指すであろう【大陵墓】なんだろうけどね」
彼女はそこまで話してから、首を振った。至極残念そうな、何かを諦めるようなジェスチャーだった。
「こっちは正直、オススメしないね。向こうにはまだ、【愛奴】がついてる。それに、この状態になったリタがいつ頃復帰できるかは、あたしにもわからないからね。あんたの身の安全は、保証できない」
戦闘屋、【愛奴】のエリゴール。
理解不能な理屈を並べる奴だったが、手練だったことは間違いない。
ただでさえ、僕よりも上手のリトラがいるのだ。そこに加えて、あんな化物まで相手にしてはいられない。
本来であれば、選ぶのはノータイムで前者。そのはずなのだが――。
「……悪い、気を遣ってもらって悪いけど、僕は【夕暮れの街】に戻るよ」
「ほう、そりゃまた、どうして? あんたにゃ、自分の身が一番大切なんじゃないのかい?」
「皮肉を言うなよ。でもまあ、そうだ。だけど、譲れないものも――ないわけじゃない」
「……もしかして、家族の魂のことかい?」
僕は静かに頷いた。
ダグラスが最期に教えてくれた、あの日の真相。それに、第三医療棟での、リトラの捨て台詞。
彼らの言葉が真実であるのなら、今も僕の家族たちは、あいつに囚われていることになる。
ならば僕に、それを見過ごすという選択肢はあり得ない。
「なるほど、泣かせるじゃないか。スペクター卿も、草葉の陰で喜んでいるだろうよ」
「自分が殺されるような目に遭って、家が滅ぶような事態になってるってのに、喜んでるのなら、来年から墓参りには行かないことにするけどな」
冗談だ、互いに。墓参りに行かない死霊術師などいないのだから。
どうあれ、どんな形であれ、僕が先に進むことを望むのなら、リトラと決着はつけなければならない。ただ、それだけの理屈だ。
僕が死ぬとしても、あいつが死ぬとしても。
それもまた、相容れぬ死霊術師同士の宿命なのだ――。
「――なんて、格好つけるのはいいがね。生き急ぐのは美徳ではないぞ、少年」
そんな声と共に、霊安室の扉が開く。
僕がそれを、一番よく知っている。
「名君、スペクター卿を長きに渡って支え続けた懐刀。大陸の隅っこにいる、あたしみたいなもんの所にも、その名は届いていたさ」
「……そうか。有名人、だったんだな」
「そりゃあもう。スペクター卿お抱えの死霊術師集団、その頂点なんだから、名も知れているさね。老いてなお、その忠義にゃ頭が下がるもんだ」
忠義。
そう、ダグラスはずっと、自らの忠義を貫き通していた。
きっと、僕のことを主人と呼んだのも、冗談や皮肉ではなかったのだろう。彼が仕えていたスペクター家の、最後の生き残りである僕を、結果的に守り抜いてくれたのだから。
「……たはずなんだ」
「ん?」オレリアが、聞き返しつつ振り返る。
「もっと早く、信じてやれたはずなんだ。再会したとき、生きていてくれて嬉しいって気持ちも、無かったわけじゃない」
しかし、僕はその気持ちを表に出すことができなかった。
疑心。それに塗り潰された心が、手を取ることを拒ませてしまった。その結果、僕は伝えたいことも、伝えなければならないことも、何一つとしてままならないまま、彼を見送ってしまった。
「……死霊術を使えば、まだ、その気持ちを伝えることができるんじゃないのかい?」
「駄目だ。あいつは、生霊術式――自分の魂を焚べて、燃やし尽くした。だからもう、対話できるような霊魂は、どこにも残ってない」
正しく、全てを賭した一撃だったのだ。
自分の全存在を、死後の安寧すらも、何もかもを懸けて、僕は守られた。守ってもらった。
「なら、生きなくちゃならないね。あんたのことを生かしてくれた、誰かのためにもさ」
そう、オレリアはしみじみとした口調で言った。
それを否定するつもりもなかったが、例えそんなことを言われずとも、僕は生きるつもりだ。誰のためでも、誰かのせいでも、誰かに由来することも依存することもなく、ただ、自分のために。
「さて、とだ。それを踏まえて、あんたにゃ、この先のことを選んでもらわにゃならんね」
じろり、と彼女の視線が僕の方に向けられる。いつかのエイヴァのものを思わせる、人を見抜き、見定める目だ。
「一つは、そこのダグラス氏を埋葬し、あんた自身もここに残って弔いをする道。これが今取れる、一番安全な手段ってやつだ」
一番安全。確かに、彼女の言う通りだった。
【壁の街】に薬を届けるため、シーナが発った際に書簡を渡してある。ラティーンを救った後に、衛兵の詰所に届けてくれと。
順当に行けば、これから数時間もしないうちに、この街には衛兵たちがやってくるだろう。
大陸でも有数の手練たちが、医の拠点たるこの街を守りに来る。そうなればもう、リトラたちが付け入るような隙はない。
僕が一息入れて、ダグラスの私物を引き取り終えた頃には、ここは完全な安全地帯と化すのだ。
「もう一つは、あたしたちと一緒に【夕暮れの街】に戻る道。とはいえ、あんたの目的はどちらかといえば、その後に目指すであろう【大陵墓】なんだろうけどね」
彼女はそこまで話してから、首を振った。至極残念そうな、何かを諦めるようなジェスチャーだった。
「こっちは正直、オススメしないね。向こうにはまだ、【愛奴】がついてる。それに、この状態になったリタがいつ頃復帰できるかは、あたしにもわからないからね。あんたの身の安全は、保証できない」
戦闘屋、【愛奴】のエリゴール。
理解不能な理屈を並べる奴だったが、手練だったことは間違いない。
ただでさえ、僕よりも上手のリトラがいるのだ。そこに加えて、あんな化物まで相手にしてはいられない。
本来であれば、選ぶのはノータイムで前者。そのはずなのだが――。
「……悪い、気を遣ってもらって悪いけど、僕は【夕暮れの街】に戻るよ」
「ほう、そりゃまた、どうして? あんたにゃ、自分の身が一番大切なんじゃないのかい?」
「皮肉を言うなよ。でもまあ、そうだ。だけど、譲れないものも――ないわけじゃない」
「……もしかして、家族の魂のことかい?」
僕は静かに頷いた。
ダグラスが最期に教えてくれた、あの日の真相。それに、第三医療棟での、リトラの捨て台詞。
彼らの言葉が真実であるのなら、今も僕の家族たちは、あいつに囚われていることになる。
ならば僕に、それを見過ごすという選択肢はあり得ない。
「なるほど、泣かせるじゃないか。スペクター卿も、草葉の陰で喜んでいるだろうよ」
「自分が殺されるような目に遭って、家が滅ぶような事態になってるってのに、喜んでるのなら、来年から墓参りには行かないことにするけどな」
冗談だ、互いに。墓参りに行かない死霊術師などいないのだから。
どうあれ、どんな形であれ、僕が先に進むことを望むのなら、リトラと決着はつけなければならない。ただ、それだけの理屈だ。
僕が死ぬとしても、あいつが死ぬとしても。
それもまた、相容れぬ死霊術師同士の宿命なのだ――。
「――なんて、格好つけるのはいいがね。生き急ぐのは美徳ではないぞ、少年」
そんな声と共に、霊安室の扉が開く。
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