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四章『死別という病』編
第二十六話「燻る病歴」-1
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結論から言えば、第一医療棟に避難していた患者と医者、そして地下に保存された一千人の遺体は無事であった。
直前で、敵襲を察したダグラスとリタが稼いだ時間は、延べ数百人の命を救うことになった――と、そう言ってしまえば、今回も【赤翼】は見事な仕事をしたと言えるのだろう。
しかし、失われてしまった命は、確かにある。
「こんな所にいたのかい、ジェイ」
地下一階、霊安室。
そこに寝かされた、一体の遺体を前に立ち尽くしていた僕に、そう、声がかけられる。
「……オレリア、か」
振り返ってみれば、腰に手を当て、仁王立ちする彼女の姿があった。いつも通りの豪快な笑みを浮かべるその様を見ていれば、何もかもが嫌な夢であったようにすら思える。
ダグラスの死も。
リタの纏う炎も。
何もかもが、僕にとっては酷くリアリティを欠いた光景だった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、彼女はいつも通りの、からりとした調子で話し始める。
「いやあ、参った参った。リタのやつ、しばらくは絶対安静だってさ! まったく、無茶するからああなるんだよ」
「無茶……って、あれは、そんなのじゃ……」
「無茶だったんだよ」ピシャリ、と彼女は、僕の言葉を止める。
「自分のキャパシティを考えずに、突っ走りすぎたのさ。全く、屍竜から戦闘屋の連戦なんて、いくらあの子でも、流石に無理だって話」
「……そんなに、単純な話なのかよ」
込み入った事情は知らない。けれど、ただ無茶をして魔力の制御を誤った、そんな簡単なものではなさそうだった。
得体の知れない――なんて言葉で括っていいとも思えない、正体不明の凄まじい力だ。
「単純な話さ。あたしもね、あの子が何日も帰らないってことは、それなりの無茶をしてるんじゃないかと思って、様子を見に来たのさ」
「……どうやって、とか、そういうことを聞くのは野暮なんだろうな。あんたは、あいつの力を知ってて――」
「力、なんて大層なものじゃないよ。ああいう魔術もある、それだけさ」
到底、納得のできる説明ではなかった。
リタが纏った炎は、何もかもを包み込んでしまいそうな熱を帯びていた。羽ばたきもそこそこに、何もかも焼き尽くしてしまいそうな。それでいて、どこか神秘的ですらある――。
「――紅蓮の天使」
ぽつりと呟けば、僅かにオレリアの眉が動くのが見えた。
「……やっぱり、知ってるじゃないか」
「はあ、なんだい、坊や。あんた、そんなことどこで聞いてきたんだい」
『紅蓮の天使』。
エリゴールが、あの状態のリタを目にした時に口にしていた言葉だ。あの時は、何を指しているのかわからなかったが、なるほど、確かに、言い得て妙であったかもしれない。
燃え広がる炎は――翼に見えないこともない。
「……まあ、ちょっとな。それよりもお前は、あの状態のリタに、そして、『紅蓮の天使』ってやつに、心当たりがあるんじゃないのか?」
僕の問いかけに、オレリアは返事をしなかった。
ただ、不敵な笑みを浮かべたまま、ゆっくりとダグラスの骸に近付く。そしえ、物言わぬそれを見下ろしながら、ぽつり。
「……紅蓮の天使は、破壊の象徴」
まるで、節歌うような調子だった。童歌か、或いは、民謡のようにも聞こえたかもしれない。
「――赤き翼は神の怒り、その羽ばたきは死滅の吐息。後には塵を、踏むばかり……ってね。私たちの故郷に伝わる、古い歌さ。知らないかい?」
「……いや、初耳だ」
赤き翼。
羽ばたき、死滅の吐息。
それは、まるで。
「リタが、あの『炎』を使うのは、これで二回目さ。世界そのものを焼き尽くす火。あの子を阻むものを、全て燃やし尽くす力」
「二回目……?」
あんな力を、以前にも行使したことがあるというのか。
いや、あるからこそ、オレリアもその存在を知っていたのだろう。彼女は、リタとは長い付き合いみたいだから――。
『――リタのルーツは、【燃える街】にある』
「……っ!」
どうして。
今、ここでそれを思い出してしまったのだろうか。今なお燃え続ける街、全てを燃やし尽くす力、そして、その力を有したリタ。
何もかもが偶然の一致とは、思えない。
「なあ、オレリア。もしかしてなんだが――」
「――そこに」僕の言葉は半ばで遮られる。
「そこに寝ているのは、ダグラス・ハウント翁かい」
何か都合の悪いことを誤魔化されたような、真相に至る一歩手前で、寸止めをされたような。そんな、気持ちの悪さがあったが、聞かれたら答えぬわけにはいかなかった。
「……ああ、そうだよ。第三医療棟から帰ってきたエイヴァが、死体保存処理をして、ここまで運んでくれた」
傷だらけだったダグラスの遺体には補修が施され、少なくとも表面上を見る分では、傷や損壊箇所は見当たらない。
深く刻まれた皺。
八割方白髪がちの髪。
からかうと、珍しく怒った鼻の形。
それらは全て、僕の知る彼のままで、ともすれば眠っているだけのようにも思えてしまう。
直前で、敵襲を察したダグラスとリタが稼いだ時間は、延べ数百人の命を救うことになった――と、そう言ってしまえば、今回も【赤翼】は見事な仕事をしたと言えるのだろう。
しかし、失われてしまった命は、確かにある。
「こんな所にいたのかい、ジェイ」
地下一階、霊安室。
そこに寝かされた、一体の遺体を前に立ち尽くしていた僕に、そう、声がかけられる。
「……オレリア、か」
振り返ってみれば、腰に手を当て、仁王立ちする彼女の姿があった。いつも通りの豪快な笑みを浮かべるその様を見ていれば、何もかもが嫌な夢であったようにすら思える。
ダグラスの死も。
リタの纏う炎も。
何もかもが、僕にとっては酷くリアリティを欠いた光景だった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、彼女はいつも通りの、からりとした調子で話し始める。
「いやあ、参った参った。リタのやつ、しばらくは絶対安静だってさ! まったく、無茶するからああなるんだよ」
「無茶……って、あれは、そんなのじゃ……」
「無茶だったんだよ」ピシャリ、と彼女は、僕の言葉を止める。
「自分のキャパシティを考えずに、突っ走りすぎたのさ。全く、屍竜から戦闘屋の連戦なんて、いくらあの子でも、流石に無理だって話」
「……そんなに、単純な話なのかよ」
込み入った事情は知らない。けれど、ただ無茶をして魔力の制御を誤った、そんな簡単なものではなさそうだった。
得体の知れない――なんて言葉で括っていいとも思えない、正体不明の凄まじい力だ。
「単純な話さ。あたしもね、あの子が何日も帰らないってことは、それなりの無茶をしてるんじゃないかと思って、様子を見に来たのさ」
「……どうやって、とか、そういうことを聞くのは野暮なんだろうな。あんたは、あいつの力を知ってて――」
「力、なんて大層なものじゃないよ。ああいう魔術もある、それだけさ」
到底、納得のできる説明ではなかった。
リタが纏った炎は、何もかもを包み込んでしまいそうな熱を帯びていた。羽ばたきもそこそこに、何もかも焼き尽くしてしまいそうな。それでいて、どこか神秘的ですらある――。
「――紅蓮の天使」
ぽつりと呟けば、僅かにオレリアの眉が動くのが見えた。
「……やっぱり、知ってるじゃないか」
「はあ、なんだい、坊や。あんた、そんなことどこで聞いてきたんだい」
『紅蓮の天使』。
エリゴールが、あの状態のリタを目にした時に口にしていた言葉だ。あの時は、何を指しているのかわからなかったが、なるほど、確かに、言い得て妙であったかもしれない。
燃え広がる炎は――翼に見えないこともない。
「……まあ、ちょっとな。それよりもお前は、あの状態のリタに、そして、『紅蓮の天使』ってやつに、心当たりがあるんじゃないのか?」
僕の問いかけに、オレリアは返事をしなかった。
ただ、不敵な笑みを浮かべたまま、ゆっくりとダグラスの骸に近付く。そしえ、物言わぬそれを見下ろしながら、ぽつり。
「……紅蓮の天使は、破壊の象徴」
まるで、節歌うような調子だった。童歌か、或いは、民謡のようにも聞こえたかもしれない。
「――赤き翼は神の怒り、その羽ばたきは死滅の吐息。後には塵を、踏むばかり……ってね。私たちの故郷に伝わる、古い歌さ。知らないかい?」
「……いや、初耳だ」
赤き翼。
羽ばたき、死滅の吐息。
それは、まるで。
「リタが、あの『炎』を使うのは、これで二回目さ。世界そのものを焼き尽くす火。あの子を阻むものを、全て燃やし尽くす力」
「二回目……?」
あんな力を、以前にも行使したことがあるというのか。
いや、あるからこそ、オレリアもその存在を知っていたのだろう。彼女は、リタとは長い付き合いみたいだから――。
『――リタのルーツは、【燃える街】にある』
「……っ!」
どうして。
今、ここでそれを思い出してしまったのだろうか。今なお燃え続ける街、全てを燃やし尽くす力、そして、その力を有したリタ。
何もかもが偶然の一致とは、思えない。
「なあ、オレリア。もしかしてなんだが――」
「――そこに」僕の言葉は半ばで遮られる。
「そこに寝ているのは、ダグラス・ハウント翁かい」
何か都合の悪いことを誤魔化されたような、真相に至る一歩手前で、寸止めをされたような。そんな、気持ちの悪さがあったが、聞かれたら答えぬわけにはいかなかった。
「……ああ、そうだよ。第三医療棟から帰ってきたエイヴァが、死体保存処理をして、ここまで運んでくれた」
傷だらけだったダグラスの遺体には補修が施され、少なくとも表面上を見る分では、傷や損壊箇所は見当たらない。
深く刻まれた皺。
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