赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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終章『赤き翼』編

第三十一話「愛奴」-1

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 戦闘屋、【愛奴】のエリゴール。
 彼の戦闘スタイルは、至極単純な肉弾戦を中心としたものである。

 賢馬者の脚による凄まじい速度と、有翼人の鋭い爪による、最速にして最鋭の一撃。
 迎撃しようにも、その身を覆う竜輪が、最強の盾として機能している。 

 混魔術式による身体強化、それによる力押し。シンプルが故に対処の難しい、真っ直ぐな戦法が、彼の強さの真髄なのだろう。

 そして、単純ということは、搦め手が効きづらいということでもある。どこか一つを崩せば隙が生まれるということもない、何か一つズラせば、付け入ることができるわけでもない。

 なるほど、死霊術師のように、斜めから相手と立ち会う使い手にしてみれば、やり辛いことこの上ない相手である。

「――ならば、お前はどうする?」

 エリゴールの初手は、正面に突っ込んでからの、大振りの右だった。辛うじて間に合った大剣使いによって、その攻撃を微かにズラす事に成功する。

 そのままの勢いで、回転しながら放たれた後ろ回し蹴り。大剣の腹で受けるも、リッチの体は大きく後方――そう、僕の立っている方に蹴り飛ばされる。

 それを間一髪で躱したところに、四指を揃えた手刀。切っ先は、僕の眉間にまで迫ったものの、寸でのところで放たれた魔弾によって弾かれた。

 その隙に、僕はバックステップを踏んで距離を取る。離れた数歩分の間合いの向こうで、エリゴールが首を傾げているのが見えた。

「ふむ、ふむ、ふむ? ジェイ・スペクター。貴様、一体何をしている……?」

 不思議そうに、何度も掌を握ったり開いたりを繰り返している彼は、僕にそう問うてきた。
 勿論、真面目に答えるはずもない。


「さあな、どうかしたのか? 調子が悪いんなら、日を改めてもらってもいいんだぜ」

「軽口を叩くな。俺の速度に、お前の目がついていけているとは思えん。一体どうやって、俺の攻撃を避けているんだ?」

「教えると思うかよ? 気になるんなら、自分で探ってみろ――!」


 彼の眉間を目がけて、魔弾を放つ。それは首の僅かな動きで避けられたものの、彼の頭からテンガロンハットを撃ち落とした。

 それが床に着くよりも早く、賢馬者の蹄が地面を叩く。
 再び、エリゴールの輪郭がブレる。爆発的な加速。瞬間最大の速度で言うのなら、恐らくリタをも軽く凌駕する初速なのだろう。

 合わせて、周囲に漂わせた火の玉を移動させる。幾つもの青白い光が、まるで夜闇に紛れる肉食獣のように、漆黒の戦闘屋を睨みつけた。

 それらの視線を掻い潜るように、賢馬者の脚が跳ね上がる。低い位置から、掬い上げるような回し蹴り。

 僕の頭があった位置を、凄まじい速度で通過しようとしていたそれを、どうにか、後ろに反って躱す。

 振り向き様、二の太刀として放たれたのは裏拳。これもまた、一撃で決着を齎すだけの力があるそれは、体を捻って横合いに避けた。

 彼はさらなる追撃を試みていたが、大剣使いを無理矢理割り込ませ、距離を取る。大振りの振り下ろしは当然のように避けられたが、一息吐けるのならば問題ない――なんてことは、考えない。

「――っ、魔弾!」

 追撃するのは、こちらだ。再び怪訝そうに眉を寄せている相手の胴を目がけて、知覚外の速度で魔弾を放つ。

 しかし、それは彼の胸元で弾けると、容易く軌道を逸らされた。微かに穴の空いたジャケットの奥に見えるのは、最硬度の竜鱗。

 やはり、一筋縄ではいかない相手だ。

「……おかしい、おかしいなあ、おかしいぞ、ジェイ・スペクター」

 魔弾が掠めた位置をさすりながら、エリゴールは顔を歪ませる。
 痛みにではない。そう、これは――苛立ちに、だ。


「初撃の爪も、そこから先の追撃も、お前ごときに回避できるような、温い技を放ったつもりはない。全てが一撃必殺の殺意を込めたつもりだ」

「そうかあ? まあ、紙一重だったもんな」

「抜かせ、それがおかしいということは、お前自身がよくわかっているだろう」


 頬を伝う汗も拭えぬまま、憤る彼に、僕は不敵な笑みを一つ、返すことにした。

 紙一重ですら、本来はあり得ないのだ。
 【愛奴】と僕では、そもそも戦いが成立しない。それだけの違いが、彼我には横たわっている。

 その共通認識に風穴が空いているからこそ、相手は戸惑っているのだ。そして何より、格下を仕留めきれないというのは、冷静さを奪うのに十分なだけの怒りを生む。

 それが僕の狙いであり、どうやら今のところ、上手く行っているようだった。

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