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終章『赤き翼』編
第三十四話「赤き翼」-4
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――魂の、奔流。
そう、先ほどリトラが骸の王を作ってみせたのと同じ。凄まじい量、凄まじい勢いの魂が、そこには渦巻いている。
「――っ、まさか、失敗したってことかよ……!」
術式がそもそも未完成だったのか。
それとも、リトラの操り方が悪かったのか。
人類の夢、死者蘇生の法は不発に終わったというわけだ。彼女、リトラの妻は一瞬起き上がったように見えたものの、それはあくまでも、悪霊が体を動かしていたに過ぎないのだろう。
皮肉なものだ――まさか、こんな結末なんて。
そう、思考する僕の目の前で、迸った魂の流れは、やがて一つの形を成してゆく。
寄り集まった霊によって形成された巨体。まるで、絵物語の巨人を思わせる、圧倒的な体躯は、ただ見上げるだけで僕を圧倒する。
纏った怨嗟は青白い炎となり、その熱量で地面を焦がす。そう、何もかもを焼き尽くすように。
骸の王――しかし、今度はリトラが作った紛い物とは違う。恐らくは、術式の失敗によって、暴走した魂たちが変性したものだ。
「……こんなもん、どうしろって言うんだよ」
先程はまだ、術者のリトラを倒せばどうにかできるのではないかという希望があった。そして、実際にその通りだった。
しかし、今回は違う。術者などいない。何かを壊せば収まるなどという、分かりやすい話でもない。
目の前に屹立するのは、死霊の頂点。正真正銘の怪物。
対するこちらは、大剣使いも魔弾の射手も失い、リタは意識を失っている。
正直、打つ手は――残っていない。
逃げる、それすらも難しい。ここは地下墓地の底も底。脱出するには、リタを背負って相当な距離を駆けることになる。
あの怪物が暴れ出すよりも早く?
それこそ、馬鹿げた話だ。
もし、ここでできることがあるとするのなら――。
「――くそっ!」
僕は懐から霊符を取り出した。『臨死の眼光』を使用するために何枚か消費したものの、手元にはまだ十分な数が残っている。
唯一、残された可能性は――『生者の葬列』による時間稼ぎ。一万の霊魂を相手にどれだけ上手くいくかは賭けにすらならないが、リタが目覚めさえしてくれれば、ここから逃げ出すことも不可能ではないだろう。
僅かでも動きを止めて、その間にリタが覚醒してくれる、その可能性に賭ける。
「術式詠唱略――『生者の葬列』!」
足下に霊符を叩きつけ、霊覚の手を伸ばす。
『生者の葬列』は単純に、その力で霊魂に直接干渉する、それだけの術ではあるが、故に、屍者たちには大きな効果を発揮する。
それこそ、屍竜にすら効いた技だ。僕の持つ術の中でも飛び切りの大技で、ある意味で奥の手的な存在でもある。
――しかし、それはあくまでも、理の中の存在に対して、だ。
「……ぐっ、ああっ!」
霊覚の手は、骸の王に容易く弾かれる。
同時に、僕の身体も大きく弾かれ、後方に倒れ込んだ。両手には、ビリビリと鈍い痛みが残っている。
曲がりなりにも肉体という器に収まっていた屍竜とは違う。今、まさに荒れ狂う魂の奔流。
嵐の中、川の流れを一人で止めようとしている――そんな例えがよく似合う。
「っ、もう一度だ!」
さらに術を放つ。意識下から伸びる、霊を知覚するための、魂の触手。
しかしそれは、凄まじい怨嗟の渦に、自分の魂を剥き出しのまま放り込むに等しい行為だ。引き回され、掻き回され、僕は再び弾き飛ばされる。
石造りの壁に打ち付けられれば、痛みよりも早く、全身に脱力感が巡っていった。痛いとか、辛いとか、もうそういう次元の話ではないのかもしれない。
【病の街】での傷も癒え切らぬまま、【愛奴】、リトラ、そして再度の骸の王。元々戦ったことなどなかった僕には、あまりに酷な連戦だ。
もう、とうに体は限界を迎えているのかもしれない。気を抜けばバラバラになりそうなほどのダメージが、柔らかく、意識を昏迷の底に誘おうとしてくる。
――それでも。
「ぐ、ちくしょぉぉぉおっ!」
僕は再び立ち上がる。
体を動かす原動力の正体はわからなかった。死への恐れか、死霊術師としての矜持か、それとも、何かを守りたいという純粋な気持ちか。
或いはそれら全てが不均等に混ざり合った感情のまま、僕はさらに霊符を構える。『生者の葬列』は解除されてしまったが、まだ、できることはある。
一分、一秒、一瞬でも長く繋げば、希望が見えてくるかもしれない。
これまでもそうだった。先の見えない、絶望的な戦い。それらを幾度となく、泥臭く乗り越えてきたのだ。
「う、おおおおおおっ! 簡易契約、ウィル――」
唱えるよりも早く、王の腕が僕を薙ぎ払う。
無力だ。策や謀を全て無に帰す、圧倒的な力。人智の及ばぬ理外の怪物。埒外の破壊力。そんなものに、僕が敵うわけがない。
――思考が諦めの色を帯び始めた、その瞬間だった。
もはや万策も尽き、五体の感覚すらも遠い浮遊感の中で、僕の視界が、あるものを捉える。
そう、先ほどリトラが骸の王を作ってみせたのと同じ。凄まじい量、凄まじい勢いの魂が、そこには渦巻いている。
「――っ、まさか、失敗したってことかよ……!」
術式がそもそも未完成だったのか。
それとも、リトラの操り方が悪かったのか。
人類の夢、死者蘇生の法は不発に終わったというわけだ。彼女、リトラの妻は一瞬起き上がったように見えたものの、それはあくまでも、悪霊が体を動かしていたに過ぎないのだろう。
皮肉なものだ――まさか、こんな結末なんて。
そう、思考する僕の目の前で、迸った魂の流れは、やがて一つの形を成してゆく。
寄り集まった霊によって形成された巨体。まるで、絵物語の巨人を思わせる、圧倒的な体躯は、ただ見上げるだけで僕を圧倒する。
纏った怨嗟は青白い炎となり、その熱量で地面を焦がす。そう、何もかもを焼き尽くすように。
骸の王――しかし、今度はリトラが作った紛い物とは違う。恐らくは、術式の失敗によって、暴走した魂たちが変性したものだ。
「……こんなもん、どうしろって言うんだよ」
先程はまだ、術者のリトラを倒せばどうにかできるのではないかという希望があった。そして、実際にその通りだった。
しかし、今回は違う。術者などいない。何かを壊せば収まるなどという、分かりやすい話でもない。
目の前に屹立するのは、死霊の頂点。正真正銘の怪物。
対するこちらは、大剣使いも魔弾の射手も失い、リタは意識を失っている。
正直、打つ手は――残っていない。
逃げる、それすらも難しい。ここは地下墓地の底も底。脱出するには、リタを背負って相当な距離を駆けることになる。
あの怪物が暴れ出すよりも早く?
それこそ、馬鹿げた話だ。
もし、ここでできることがあるとするのなら――。
「――くそっ!」
僕は懐から霊符を取り出した。『臨死の眼光』を使用するために何枚か消費したものの、手元にはまだ十分な数が残っている。
唯一、残された可能性は――『生者の葬列』による時間稼ぎ。一万の霊魂を相手にどれだけ上手くいくかは賭けにすらならないが、リタが目覚めさえしてくれれば、ここから逃げ出すことも不可能ではないだろう。
僅かでも動きを止めて、その間にリタが覚醒してくれる、その可能性に賭ける。
「術式詠唱略――『生者の葬列』!」
足下に霊符を叩きつけ、霊覚の手を伸ばす。
『生者の葬列』は単純に、その力で霊魂に直接干渉する、それだけの術ではあるが、故に、屍者たちには大きな効果を発揮する。
それこそ、屍竜にすら効いた技だ。僕の持つ術の中でも飛び切りの大技で、ある意味で奥の手的な存在でもある。
――しかし、それはあくまでも、理の中の存在に対して、だ。
「……ぐっ、ああっ!」
霊覚の手は、骸の王に容易く弾かれる。
同時に、僕の身体も大きく弾かれ、後方に倒れ込んだ。両手には、ビリビリと鈍い痛みが残っている。
曲がりなりにも肉体という器に収まっていた屍竜とは違う。今、まさに荒れ狂う魂の奔流。
嵐の中、川の流れを一人で止めようとしている――そんな例えがよく似合う。
「っ、もう一度だ!」
さらに術を放つ。意識下から伸びる、霊を知覚するための、魂の触手。
しかしそれは、凄まじい怨嗟の渦に、自分の魂を剥き出しのまま放り込むに等しい行為だ。引き回され、掻き回され、僕は再び弾き飛ばされる。
石造りの壁に打ち付けられれば、痛みよりも早く、全身に脱力感が巡っていった。痛いとか、辛いとか、もうそういう次元の話ではないのかもしれない。
【病の街】での傷も癒え切らぬまま、【愛奴】、リトラ、そして再度の骸の王。元々戦ったことなどなかった僕には、あまりに酷な連戦だ。
もう、とうに体は限界を迎えているのかもしれない。気を抜けばバラバラになりそうなほどのダメージが、柔らかく、意識を昏迷の底に誘おうとしてくる。
――それでも。
「ぐ、ちくしょぉぉぉおっ!」
僕は再び立ち上がる。
体を動かす原動力の正体はわからなかった。死への恐れか、死霊術師としての矜持か、それとも、何かを守りたいという純粋な気持ちか。
或いはそれら全てが不均等に混ざり合った感情のまま、僕はさらに霊符を構える。『生者の葬列』は解除されてしまったが、まだ、できることはある。
一分、一秒、一瞬でも長く繋げば、希望が見えてくるかもしれない。
これまでもそうだった。先の見えない、絶望的な戦い。それらを幾度となく、泥臭く乗り越えてきたのだ。
「う、おおおおおおっ! 簡易契約、ウィル――」
唱えるよりも早く、王の腕が僕を薙ぎ払う。
無力だ。策や謀を全て無に帰す、圧倒的な力。人智の及ばぬ理外の怪物。埒外の破壊力。そんなものに、僕が敵うわけがない。
――思考が諦めの色を帯び始めた、その瞬間だった。
もはや万策も尽き、五体の感覚すらも遠い浮遊感の中で、僕の視界が、あるものを捉える。
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